アステムとの間にある大きな壁に気づいてしまったは、ここ数日の間は彼と目が会う度に胸が締め付けられるように苦しくなり、
泣き出してしまいそうになるのを堪えながら任務に就いていた。
恋が叶わないのがつらいのではなく、彼の気持ちに寄り添えないことがつらいのだ。
アステムのことを大切だと思う気持ちは変わらないし、これからも仲間でいられたらそれだけで自分は幸せである。
それでも彼の為にできることといったら彼の心の傷が早く癒されるように祈るだけだなんて――思い詰めるような瞳ではため息をつく。
とりあえず今日は一日自由行動を許されているし気分転換でもしようと思い、先程カーテンを開けた窓を全開して伸びをしながら外を眺めた。
すると微かにカイトの後姿が見える。
こんな朝早くから出掛けるなんて余程大事な用があったのだろう、と思いながらは彼から視線を逸らして天を仰いだ。
吸い込まれてしまいそうなくらいに晴れ渡った美しい青い空。
「珍しく遠出したことだし、今日は町の様子を見て回ろうかな」
気分転換を兼ねて町に出てみようと決め、は宿の食堂へ向かう。
その日はカイトを除いたメンバーで朝食を取った。
何だかカイト一人がいないだけで静かになってしまったな、と思いながらは黙々と食事を口に運ぶ。
彼の用事を他の皆は知っているのか、誰もカイトの行き先について尋ねもしないし言いもしない。
そんな中、も聞くようなことはせず、全員は静かに食事を終えた。
その後、部屋に戻って出掛ける準備を整えて窓を閉め、出発しようとした瞬間に扉がノックされる。
返事をしながら扉を開けると、そこにはアステムが立っていた。
「アステムさん。……どうかしましたか?」
思わず目をそらしてしまったは申し訳ない気持ちになりながら笑顔を作って顔を上げる。
「……出掛けるところだったか? すまない」
「いえ、全然。出掛けるといっても町の中を歩いて回るだけなので、そんな急いで出る必要はないですし。
アステムさんこそ、何か用事でも?」
「……いや、特に用という用はない。ただここ数日、少し様子がいつもと違っていたから気になっただけだ」
彼のその言葉を聞いて息が詰まりそうな程に胸が締め付けられるが、は努めて笑顔を保った。
「あ、気を遣わせてしまってすみません。ちょっと久しぶりの遠出なので、その……、ナーバスになってるみたいで。
でも、体調も全然問題ないし、大丈夫です。心配してくださってありがとうございます」
「……そうか。何かあれば言ってくれ」
「はい、ありがとうございます」
そう言うとアステムは少し穏やかな表情に変わった。
あまり表情を変えない人なのに、いつから自分は彼のこんなちょっとした変化に気づくようになったのだろうとは思う。
そんな彼女と目が合ったアステムは口を開いた。
「町に行くのだったな」
「はい」
「俺も同行していいか?」
「あ、はい。私と一緒で迷惑でなければ……是非!」
心に複雑な気持ちが入り混じる中、は笑顔で頷いた。
一緒にいられて嬉しいと思う反面、できれば傍にいたくないと思う自分もいる。
もうこれ以上彼を想ってもつらいだけなのに、何故離れることができないのだろう。
そう思いながらはアステムと一緒に宿を出た。
そうして2人で町をぶらぶらと歩いて回っていると、宝石屋の前ではふと立ち止る。
「……何か欲しいものでもあるのか?」
「あ、いえ、特にこれといって欲しいものはないんですが……紅色水晶やアクアオーラの影響か、石の持つ不思議な力というのに何だか惹かれて。
私もお守り代わりに一つ、持ちたいなと思いまして」
「そうか」
静かにそう言うとアステムは宝石屋の扉を開けた。
その体勢のまま動かないので恐らくこちらが通るのを待っていてくれているなのだろう。
慌てては頭を軽く下げて彼より先に店に入った。
店の中は間接照明で薄暗いものの、様々な石が微かな光を反射して光っているように見え、とても神秘的な雰囲気である。
「どれにしようかな……」
は石の持つ力やその意味などは分からないが、とりあえず直感で選んでみることにした。
狭い店内をゆっくりと見て回る。
そして一つの石を手に取った。
薄いターコイズブルーのような青に白い模様のついた石。
その白い模様は海の波のようにも見えた。
優しい色合いのその石を見ていると気持ちが落ち着いていくように思える。
石は本当に不思議だな、と思っているとアステムが隣にやってきた。
「ブルー・ペクトライトか。お前らしい」
「この石、ブルー・ペクトライトって名前なんですね。私らしいって……アステムさん、この石の意味、ご存じなんですか?」
「ああ。“愛と平和”を象徴する石と言われている。また平和だけでなく自然との共生という意味もあるらしい」
「そうなんですね。……分かるなぁ、この石を見ていたら優しい気持ちになりますもん」
そう言っては丸く加工されたブルー・ペクトライトと、その石でブレスレットを作る為の革紐を選ぶ。
するとアステムが手を差し出した。
がキョトンとしていると、彼は彼女の持っていたものをそっと手に取る。
「俺が贈ろう」
「え、でも……」
「その石をお前の守護石にするのだろう。俺の想いもその石に込めたい。
俺がいなくなってもを守ってくれるように」
「――え、いなくなるって……?」
突然の言葉には驚きを隠せない。
そんな彼女に一旦背を向けて会計を済ませると、アステムは静かに店の扉を開いた。
そして2人とも店から出たところで口を開く。
「今回の任務が終わったら傭兵を辞めて旅に出るつもりだ」
「旅って……。傭兵を辞めるくらいですから、もしかしてかなり遠くの方まで……?」
「ああ。世界中を回ることになるかもしれない」
そう言って彼は先程包んでもらった袋をに渡す。
「だからこの任務が終われば、俺はもうお前を守ってやることはできない。
だが、お前の幸せは常に祈っている。いつも、どこにいても。
お前の選んだその石と共に、俺の想いだけはずっと傍に――」
淡々と話していた彼は一瞬驚いた様子で硬直し、その言葉は途中で止まった。
彼の視線の先には世界の終わりのような絶望感を滲ませた表情のが呆然と涙を流している。
「……」
「――ごめんなさいっ……アステムさんがいなくなるって思ったら……急に、寂しくなってしまって。
でも……そんなこと言われても困りますよね。きっとアステムさんは大切な理由があるから旅立つのに……」
彼に背中を向けてごしごしと目を擦りながら、はできるだけ明るい声でそう言った。
それでも涙は一向に止まる気配がない。
「……ブルー・ペクトライト、大切にしますね。今日はありがとうございました」
アステムから贈られた袋を両手で胸に抱えて勢いよく頭を下げると、は踵を返してその場から走り去った。
一秒たりとも彼の顔を見ることはできなかった。
きっと彼と目が合ったが最後、子どものように声を上げて泣いてしまう気がしたから。
アステムルートはヒロインさんが一人で悲しみに暮れすぎてちょっと微妙な感じになってきておりますが^^;
この時点ではまだアステムの設定を出せないので、非常に描くのが難しかったです。
恐らく次の分岐でアステムもカイトもレディネスもイベント終了すると思います。
レディネスはまだちょっと考え中なんですけども。
さて、今回出てきた石、ブルー・ペクトライト、通称ラリマーですが、本当に美しい石です…っ。
私の中の“いつか買いたいものリスト”に入っております^^
今までラリマーを見たことがなかった方も、もし興味を持っていただけたら、インターネットでも画像が見れますので見てくださいませ♪
ホントに癒されますよ^^
というわけで、いつも更新が不定期で心苦しいですが、読んでくださった皆様ありがとうございました^^
吉永裕 (2009.1.28)
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