キャスカなら何かアドバイスくれるかな――そう思いながらはいなくなった彼の顔を思い浮かべた。
そうして洞窟でのことを思い出すと、彼は不思議な人だという印象を抱く。
彼は今、何の迷いもないのだろうか。
何かを不安に思うことは?
どうして彼はあんなにも真っ直ぐ堂々と生きているのだろう。
心に傷を抱えるカイトら3人とレディネスとの違いの大きさには首を傾げずにはいられない。
彼はそんな大きな悩みや不安はないのだろうか。
それともそれを見せない強さをもっているのか。
レディネスという人物のことを自分は全然分かっていない、とは改めて思った。
サンティアカの家に戻ってきた一行は食事と片付けを済ませた後、を残して各人部屋へ向かった。
居間に残ったは今日手に入れた薬草や木の実を水で濡らした布で軽く拭いてストック用のビンに分けていく。
よくアステムがこの薬草を別の薬草と調合してオリジナルの薬を作るのだ。
も自分用に薬草を煎じて少量のオリーブオイルと混ぜたものを常備している。
外傷には塗って血止めすることができるし、ミルクや水に混ぜて飲むと疲労回復もできるのオリジナル薬だ。
そんな貴重な薬となる薬草や栄養の高い木の実を丁寧にビンの中へ入れ、全てを分け終わった彼女は固く蓋を閉めた。
その後、リットンがいつもの茶を飲む時間になったので、はお湯を沸かしてティーセットを用意し彼の部屋へ運ぶ。
「やぁ、。――あぁ、お茶を持ってきてくれたのかい?
ありがとう。 君も一緒にどうかな?」
穏やかな様子でリットンがドアを開け、の持っていたティーセットを受け取り彼女を部屋に誘うが、は丁重に断った。
レディネスがそろそろ戻ってくる頃だと思ったのだ。
そう話すと リットンは穏やかな表情で対応する。
「あぁ、そういえば少し前、レディネスが来たよ。アステムのところに行くと言っていたけれど……。
――そうだ。 悪いけれど、彼に会ったらありがとうと伝えてくれないかい?
本当に彼にはいくら感謝をしても足りないくらい世話になったんだ」
「え……? あ、はい。分かりました。伝えておきますね」
彼が何に感謝しているかは分からないが非常に穏やかで晴れ晴れとした様子のリットンを見て、何かとても良いことがあったのだろうとは思い、頷く。
「では頼むよ。おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
挨拶を済ませてはリットンの部屋のドアを閉めた。
レディネスはアステムのところにいるらしいし、戻って来ていることも分かったし、
すぐに会いに行かなくてもいいかと思ったは手持無沙汰になり、刀の素振りをしようと庭へ向かう。
「――アステム、お前が真面目な奴っていうのは前々から知ってたけどさ。そんなに自分を責めちゃダメでしょ」
庭に出ると同時に聞こえてきた言葉が意味深なものだったので、は咄嗟に気配を消す。
こちらに背を向けているが、アステムの様子がいつもと違うことが感じ取れた。
「500年もミーシャを探し続けたお前に言われると余計に惨めだ」
「正確には待ち続けた、ね。第一、ミーシャとお前の捜してる奴は違うよ。
ミーシャの居場所はオレの持ってる石ですぐに分かったし。シェルって奴はそんな手がかりなんてないじゃん。
それに時間が経てば経つほど、見つかる可能性も低くなる。お前が諦めたのも無理はないと思うよ」
は2人の会話の内容はよく分からないものの、言葉の響きから女性の話をしていることは察知できた。
そして彼らがその相手を探し続けていた、という過去も窺い知る。
「だが――」
「誰かを憎まないと生きていけない?」
レディネスの言葉にアステムの肩が揺れる。
「――ああ、そうだ。俺は魔硝石が憎い。人間が憎い。
だが……っカイトやリットン、そしてに出会えた。……あいつらが、人間が好きなんだ。
全ての人間を憎むことができたら……ずっと楽なのに…」
「だから自分に憎しみを向けたわけ? 子どもみたいだね」
「煩い」
「でも、人も魔物もそういうものさ。良い奴もいれば悪い奴もいる。……お前は仲間に恵まれてるよ」
「分かっている」
彼らの話を聞きながら、は気付かれないように木の根元へ座り込んだ。
込み入った話を盗み聞きするのも悪いと思ったが、もっと彼らのことを知りたいという気持ちの方が強かった。
「――でも、今はお前の為じゃなくあいつの為に生きてくれるんでしょ」
「ああ。の頭の中の機械を取り除くことが今の俺の生きる意味だ」
「OK、それでいい。きっとミーシャもそれを望んでる。 自分を傷つけながら生きるよりも、誰かを幸せにする為に生きる生き方をね。
――誰か、には自分も含まれてるってこと忘れないでよ、アステム」
「……ふん」
そう言ってアステムは静かにその場を立ち去った。
アステムが立ち退くまで動けずにその場にずっと座り込んでいたの視界に誰かの足が入ってくる。
足から上へ視線を上げると、いつもの眠そうな顔をしたレディネスが「やぁ」と声をかけた。
「こんなトコでかくれんぼかな、子猫ちゃん」
「……ごめんなさい」
差し出された彼の手を取り立ち上がりながらは謝る。
そんな彼女にレディネスは眉を上げた。
「気にしなくていいよ。あんたも今日の件でアステムのこと、気になってたんだろ?」
「でも……」
「大丈夫だよ。そんなに深い話をしてたワケじゃないし」
そう言うと、彼は着ていた黒い革のコートをの肩にかける。
そのコートからはリットンの部屋の香りがした。
「――あ、そういえばリットンさんがありがとうって言ってたよ。
感謝してもしきれないくらい、って」
彼からの伝言を思い出してレディネスに伝えると、彼は一瞬キョトンとした表情を浮かべるがすぐに笑い出した。
理由がよくわからないは不思議そうな顔を浮かべる。
「……ったく、ホントにあいつってば何回言えば気が済むんだよ」
そうして再び笑った後、彼は穏やかに微笑んで口を開いた。
「……オレさ、結構あいつのこと気に入ってんだよね。 何ていうか人の気持ちに敏感だし、何より他人が中心の人生送ってるじゃん?
他人の為に自分が傷つく方を選ぶ……そういうのって痛々しいけどさ、そのくらい馬鹿みたいにお人好しな奴って何か呆れを通り越して愛しくなんない?」
そんな彼の言葉にはリットンを思い浮かべながら頷く。
「でも、何でリットンさんはキャスカに感謝してるの?」
「ん? ――オレ、神と交信する家業が廃れてからは魔硝石の回収やら研究の仕事しててさ、
それでリットンの症状を完全に治すような治療法っていうの? まぁ、薬療法と魔力吸収とかそういう方法なんだけど。
それを見つけたもんだからあいつに教えてやったんだよね」
再び眠そうな表情に戻った彼の腕をは思わず握り締める。
「ホントに!? 魔硝石の影響がなくなるの!?」
「ああホントだって――ってか、痛いんだけど」
「あ、ごめん」
彼の言葉に無意識に力が籠っていた手を離した。
レディネスはむくれた顔をしながら握り締められた部分を擦っている。
「でもあいつ、今すぐ治療しなくていいって。
エウリードの施設では何があるかわからないし、魔硝石の力を失うと魔力がかなり落ちるだろうから、
自分の魔力が必要とされる時が来るかもしれないし、全部終わるまではこのままでいいってさ」
「リットンさん……」
はレディネスの話を聞いて言葉を失った。
「ホント、仲間想いっていうか紳士馬鹿っていうか……。こういうトコが凄く愛おしいだろ?」
「……うん、そうだね」
眉を上げすまして笑う彼に笑顔で答えながら、後でリットンにお礼を言いに行こうとは思う。
自分が巻き込んでしまったというのに、彼は今すぐ楽になれるのにもかかわらず、任務が終わるまでは胸の痛みを背負い続けることを選んでくれたのだ。
きっと彼は笑顔で「君のせいではないから気にしなくていいよ」と言うのだろうけど、それでもこの感謝の気持ちは伝えたい。
「……あんたも仲間に恵まれたね」
「うん」
先程アステムにも言っていた彼の言葉にも頷いた。
しかしふとあることを思い立ち、顔を上げる。
「――ねぇ、キャスカってどうしてそんなに強いの? いつも貴方が答えを提示して導いてくれるじゃない。
貴方は不安になったり、気持ちがぶれたりすることはないの?」
「はぁ?」
突然このようなことを言い出す彼女が理解できなかったのか、彼は首を傾けた。
しかし首を元の位置に戻すと真っ直ぐを見て口を開く。
「オレはこう見えても500年以上は生きてるからね、あんたら人間よりは沢山引き出しを持ってると思うよ。
それにオレはこの500年ずっとある約束を果たす為に生きてきたし、これからもオレは大事なモノの為に生きるって決めてるしね。
こういう生き方がオレには合ってるし好きだから、ぶれようがないんだよね」
「……あ、大事なものってアステムさんと話してた時に出てきた“ミーシャ”って人?」
「へぇ、気になる?」
少し驚くような表情のレディネスを何だか途端に見れなくなっては視線を逸らした。
「……まぁ、貴方みたいな人が何百年も想ってきた人なんでしょ?」
「そうだね」
そんな彼女を見て彼はニヤっと口角を上げる。
「やっぱりそんなに想う人なんだから、凄く……綺麗な人とか?」
「まぁね。でも今思い出してみると、ちょっと美化しすぎてたかも」
「へぇ」
女性を口説く時はキリっとした表情に切り替わるレディネスを思い浮かべながら、
そんな彼が想い続ける人はどれほどまでに魅力的な女性なのだろう、とは想像してみる。
「オレに興味を持ってもらえて光栄だよ、子猫ちゃん」
相変わらずな呼び名に後ずさるも、はジッとレディネスの顔を見つめた。
軽そうに見えて、実は一途な彼を意外に思うとともに何だか興味が湧いてきたのだ。
すると視線に気づいた彼がそっと頬に触れる。
「……どうか、した?」
その表情は今までの眠そうなものでも調子の良さそうなものでもなく、真剣そのもの。
は彼に触れられている部分から一気に熱が顔全体に広がっていくような感覚を覚える。
「……いや」
そう言って彼は手を下ろす。
「せめて髪か瞳の色が違えば……」
「え? 何て言った?」
ぼそりと呟いた彼の声が聞こえなかったのでは聞き返したが、彼は「別に」ととぼけた。
「あんたを前にしてもガツガツした気分になれないんだよね、何故か……」
「……それって遠回しに私が女性的な魅力を全く持たないって言ってる?」
「んー、全くってわけでもないと思うけど」
「あぅ……」
彼の言葉にガクンとはうな垂れた。
そりゃ傭兵として激しく戦ってる場面を傍から見たら性別なんて分からなそうだし、
皆に比べたら体力や筋力が劣るのは自分が女だから、ということに少し申し訳なさを抱いたりもするけれど、
女性であることを放棄したわけじゃないわっ――と、は心の中で叫んだ。
彼女の拳はプルプルと震えている。
「あれ、オレに手出されたいの?」
「ちがっ……そういうことじゃないでしょ――――っ」
素っ頓狂なレディネスの言葉を聞いて顔を上げて反論しようとした瞬間、その顔を彼が両手で包むように掴んだ。
そしてゆっくり彼の顔が近づく。
「な、なに……?」
思いがけず近距離にある彼の顔に動揺が隠せない。
次第に顔だけでなく体全体も熱くなってきたように思える。
「――大切に思ってる」
「え……」
がまばたきした瞬間、眉間の少し下の鼻のつけ根あたりに彼が軽くキスを落として彼女の顔を解放した。
突然のことにはポカーンと口を開けて突っ立っている。
「ココって急所なんだって。あんた、オレが敵だったら死んでたかもよ」
そう言って彼は先程キスした位置を指差してふふんと笑った。
は赤い顔のままバッとその部分を抑える。
「そういえば、前に会った時は頬にキスしたんだっけ?」
「そう……だった」
最初に出会った時のことを思い出し、今度は頬を抑える。
「あんたって意外と隙が多いね。他の男には気を付けなよ」
「他の人はいきなりこんなことしないよっ!」
顔を真っ赤にして叫ぶと、レディネスは「あはは」と笑ってキャスカの姿に変身した。
そうして彼女の肩へ飛び乗る。
「もう……、猫の姿になったら何でも許されると思ってるんでしょ」
「うーな」
キャスカは声高に鳴くと頬に頭を擦り付けてきた。
反射的に彼を撫でてしまったは、何だかんだ言っても許してしまう自分に呆れて苦笑する。
「でもさ、今日はキャスカのことちょっと知れたから良かった」
そう言って彼女はそっと彼の背中を撫でた。
「良かったらまた教えてくれる? 今までどんなことしてたかとか、例のミーシャさんのこととか」
「なぅ……」
静かにそう言うと、キャスカはゴロゴロと喉を鳴らして彼女の頬に擦り寄る。
は穏やかな表情でレディネスにかけられたコートを両手で押さえながら部屋へと戻って行った。
えーっと、また1か月くらい更新してませんね。すみませんm(__)m
さて、今回はレディネスイベントと思いきや、アステムのイベントに近いですね^^;
でもこのルートを見なくてもアステムさんは攻略できますので(笑)
レディネスは基本的に暗い過去はありません^^; が、過去が全くないわけではないのでご安心を^^
皆を引っ張っていく船頭役です。
見た目や普段の行動は幼くても、
一番長生きしているのでいざという時は頼りがいがある兄貴っぽい部分を持たせるようにしております。
それにしても、よく分からない単語が多数出てきたと思いますが
レディネスの過去が全部分かるのは恐らくかなり後…第3章の終りら辺です。
それまでは情報不足でじれったいと感じることもあるでしょうが、のんびりと待っていただけたらと思います。
どんどん暗い内容になっていっておりますが、最終的には(各ルートで)全員救済していくつもりですので
これからもどうぞ温かく見守っていただけたらと思います。
それでは、読んでくださった皆様ありがとうございました!
吉永裕 (2008.11.13)
次に進む メニューに戻る