これからも傍にいます、リットンさん――そう思いながら彼の後姿を見つめていると、視線に気づいたのかリットンが振り向いて優しく笑いかける。
その笑顔にはホッとした。
紅色水晶を前にした時、彼はきっと自分の血を恐れたのだと思った。
魔硝石は理性を失わせ、大きな力を与える。
その力をコントロールできない者は悪事に手を染めてしまう。
耐性のあるリットンが暴走してしまうのは満月の夜の一時だけだが、
それでもその少しの間で誰かを傷つけてしまったという記憶は、ずっと彼に影を落とし続けるのだろう。
そしてそんな特異な体質の自分を受け入れてくれた家族や仲間に対して、彼は感謝と同時に罪悪感のようなものを背負って生きている。
にはそれがつらい。
心優しく人を想うが故に自分を憎む彼はとても痛々しい。
その痛みを少しでも自分に分けてくれたら、とは思う。
サンティアカの家に戻ってきた一行は食事と片付けを済ませた後、を残して各人部屋へ向かった。
居間に残ったは今日手に入れた薬草や木の実を水で濡らした布で軽く拭いてストック用のビンに分けていく。
よくアステムがこの薬草を別の薬草と調合してオリジナルの薬を作るのだ。
も自分用に薬草を煎じて少量のオリーブオイルと混ぜたものを常備している。
外傷には塗って血止めすることができるし、ミルクや水に混ぜて飲むと疲労回復もできるのオリジナル薬だ。
といっても、最も疲労回復に効果があるような気がするのはリットンが入れてくれるお茶である。
恐らく気の持ちようもあるだろうけど――とは思いながら仕分けを終えてビンを片付けた後、お湯を沸かし始めた。
リットンにお茶を入れて持って行ってやろうと思ったのだ。
そうしてティーセットを用意してリットンの部屋へ運んでいると、廊下でレディネスと会う。
「あ、お帰りなさい。どうだった、研究の方は?」
「うん、なかなか予想通りの反応が出て順調。残りの守護石を手に入れるのが楽しみってトコだね」
「そう。じゃあこれからも頑張らないとね」
「そうだね……」
にっこりと笑うをジーっとレディネスは見つめる。
それに気付いた彼女は彼を覗き込んだ。
「ん、どうかした?」
「ああ、ちょっと。――あのさ、リットンのことなんだけど」
言おうかどうか迷っていたようだが、彼は話を続けた。
リットンの名を聞いたは咄嗟に真剣な表情を向ける。
「……オレさ、結構あいつのこと気に入ってんだ。
魔硝石の影響もあるんだろうけど考えてることすぐ察してくれるし、何よりあいつって他人を中心として生きてるじゃん?
他人の為に自分が傷つく方を選ぶ……そういう馬鹿みたいにお人好しな奴って、何か好きなんだよね」
眠たげな顔をしていたレディネスは少年のような顔でニッと笑う。
そんな彼にはリットンを思い浮かべながら頷いた。
「でさ、魔硝石の力を完全に解毒できる治療法を見つけたんだよね」
「え、あるの!? そんな治療法が!!」
レディネスからの信じられない言葉に思わずは声を上げる。
すると彼はシーっとジェスチャーをするので、慌てて口を噤む。
「そう、あるの。でもリットンは今は治療しなくていいって言うんだよ。
オレはさっさと楽になる方がいいと思ったんだけどさ」
「え、どうして……?」
その治療でリットンが苦しみから解放される、と喜んだにはリットンの真意がよく理解できなかった。
彼女は表情を曇らせて頭を傾げる。
「今はあんたを守る力が必要だからって。
マイクロチップを取り除くまで何があるかわからないし、魔硝石の力を失うと魔力がかなり落ちるだろうから全部終わるまでこのままでいいってさ」
「リットンさん……」
はレディネスの話を聞いて言葉を失った。
リットンは今すぐに楽になれるのにもかかわらず、彼女の為に痛みを背負い続けることを選んだのだ。
「あいつの為にもあんまり無理しちゃダメだよ、子猫ちゃん」
「……うん。色々とありがとう」
そう言うと、レディネスはこれからアステムのところへ行くと言ってキャスカの姿になり、その場を去った。
その後姿を見送った後、はリットンの部屋の前に立つ。
どんな顔をして会ったらいいのだろう、と思う。
彼が自分を想ってくれているのは嬉しいが、それでも自分が原因で彼の苦しみを続けさせるのは嫌だった。
それでもお湯が冷めないうちにとはドアをノックする。
「やぁ、。――あぁ、お茶を持ってきてくれたのかい? ありがとう」
いつもの穏やかな様子でリットンがドアを開け、彼女の持っていたティーセットを受け取って中へエスコートする。
そうしては彼の引いてくれた椅子に腰かけて無言のままリットンの顔を見つめた。
「ん? どうかしたのかい?」
視線に気づいた彼は優しく微笑む。
そんな彼には首を振り、「いつもありがとうございます」と言った。
彼女の言葉にリットンは首を傾げていたが、は笑顔で立ち上がり温めていたポットにハーブを入れる。
「私のことを大切に想ってくれて……ありがとうございます」
そ う言って彼女は茶を注ぎ、彼にカップを差し出した。
そのカップを受け取ってリットンも穏やかに微笑む。
「……、私は漸く自分の存在を喜ばしいと思えたんだ。君を守る力がある今の自分をね。
だから君が自身を責める必要は全くないのだよ」
の気持ちを察したように彼は口を開く。
「君の為に強くなると言っただろう? 私は約束は守るよ。こう見えても満月の夜以外は紳士だからね」
そうしてリットンは茶目っ気溢れる顔でウインクしてみせる。
それを見た彼女は頷いて笑った。
「――ああ、でも」
彼の言葉と同時に自分の席に戻ろうとしたの腕がグッと掴まれる。
すると振り向こうとした彼女は腰を掴まれた。
そして少し抱えられた次の瞬間、自分は後ろから抱かれるようにして彼の膝の上に座っていた。
「あ、あの……っ」
思いがけない近距離に戸惑うに少し照れながら笑いかけるリットン。
「君と一緒の時は紳士でいることをやめようと思うんだ」
「……あ、はい。私はどんなリットンさんも……好き、ですから」
口から出る言葉に自分自身が恥ずかしくなりながらも、は緊張していた背中を彼に預けた。
そっと彼女の腰に回され、臍の前あたりで組んでいる彼の手は細長く綺麗だけれど大きい。
「……この任務が無事に全て終わり、君と私が不安から解放されたら、
少し傭兵の仕事を休んで、私と一緒に故郷へ行って家族に会ってくれないだろうか」
「……はい、是非ご一緒させてください」
耳元で囁くように静かに話す彼に、も穏やかな口調で言葉を返す。
「良かった。……もう戻ることはないと思っていたが――きっと皆、喜んでくれるだろう」
「はい」
はリットンにもたれるようにして彼の右頬に自分の左頬をくっつけた。
彼も彼女の方へ頭を傾ける。
「レディネスにはどれだけ感謝してもしきれないね。
それでも、今まで起こったことがなくなるわけではないけれど……」
その言葉には視線を落とす。
「たとえ魔硝石から解放されたとしても、その後も今までに人を傷つけた事実は背負っていくつもりだよ」
「でも……私も、多分カイトさんだって、自分の為に貴方が傷つくことを望んではいません」
「……君は優しい人だね。――カイトも前に同じようなことを言っていたよ」
本当に私は出会いに恵まれている、とリットンは泣きそうな顔で笑って続けた。
「大丈夫、私の心は救われているよ。これまでに出会った皆によってね。
ただ、誰かを傷つけたのにそれを忘れてしまうのは、あまりにも自分本位だと思わないかい?」
彼女が無言のまま俯くと、彼はそっと髪を撫でた。
は静かに目を閉じて彼の次の言葉を待つ。
「洞窟でのレディネスの言葉で私は心が浄化された気がするんだ。 たとえ血は魔硝石で汚れていても、精神は聖足り得ると彼が言ってくれた。
そこで漸く私は神からも存在を許されたような気がしたのだよ。
それと同時にこんな私を受け入れてくれた皆への感謝と、愛する皆が大切にしてくれる私を己自身が愛そうという気持ちが浮かんできた。
……凄いことだと思わないかい?」
頷き目を開けたの頬には涙が流れていた。
彼が自分自身を許せたことがこんなにも喜ばしいことだなんて――は彼が闇から解放されたことに心から安堵する。
「、愛しい人。……私は大丈夫。君が思う以上に私は幸せだ。
そしてこれから先、もっと幸せが訪れる……」
優しいリットンの声を聞きながらはゆっくり頷いた。
そして彼の手に触れる。
暫く無言のまま、2人は穏やかな気持ちで頬を寄せ合っていた。
えーっと、また1か月くらい更新してませんね。すみませんm(__)m
さて、リットンルートは唯一カップル成立しているので周りはどんよりしている中、いちゃいちゃ……です。
それでもmissingはシリアス+恋愛うんぬんよりも魂の救済をメインにしている部分がありますので
リットンルートは本当に休息の地のような扱いです。
本当は一番人を恨むような生い立ちにもかかわらず、全く人を憎もうとしない彼なのに
その設定が薄っぺらく感じてしまうのは私の書き方や構成力の問題です…。
もっと何としてでもリットンを救いたい、と皆様に思っていただけるような書き方ができればよかったのですが。
その辺が甘かったので、恋人同士になってから相手への想いをさらに強めるように書くようにしております。
私はリットンが好きなので…かなりリットンを贔屓して書いているのですけれどもね^^;
皆様もリットンを好きだと思っていただけたら「やったー!」という感じです^^
他のルートではどんどん暗い内容になっていっておりますが、最終的には(各ルートで)全員救済していくつもりですので
これからもどうぞ温かく見守っていただけたらと思います。
それでは、読んでくださった皆様ありがとうございました!
吉永裕 (2008.11.13)
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