アステムさんは一体どんな傷を抱えているのかな――はアステムの背中を見つめながら今までの彼の記憶を思い返してみる。
やはりレジスタンスとして帝国軍と戦ったことが原因だろうか、と思ったが
自分はそのくらいしか彼について知らないということに気づき、その気づきはを落ち込ませる。
それでも彼はこの頭の中の機械を取り除くことが今の自分の生きる意味だと言ってくれた。
それだけでも喜ぶべきことなのに、どうして自分はそれ以上に彼に必要とされたいと求めてしまうのだろう。
欲深くなってはダメだ、とは己を戒めるように目を瞑った。
きっと求めれば求めるほど彼を困らせるだけだろうし、愛というものはきっとそういう一方的なものではないのだ。
サンティアカの家に戻ってきた一行は食事と片付けを済ませた後、を残して各人部屋へ向かった。
居間に残ったは今日手に入れた薬草や木の実を水で濡らした布で軽く拭いてストック用のビンに分けていく。
よくアステムがこの薬草を別の薬草と調合してオリジナルの薬を作るのだ。
も自分用に薬草を煎じて少量のオリーブオイルと混ぜたものを常備しているが、彼の薬の方がずっと効果が高い。
恐らく症状に合わせて材料を選んでいるのと、合わせる薬草によって相乗効果があるのを知っていて調合しているのだろう。
「……これから色んな土地に行くことになるし、疲労回復の効果が高い薬の調合を教えてもらおうかな」
なんてただの言い訳だけど――とひっそり呟き、ビンを片付けて立ち上がる。
それからアステムの部屋に向かうが、部屋に彼はいなかった。
もしかしたら庭にいるかもしれないと思い、は再び歩き出す。
庭 に出ると予想通り、切り株に座っているアステムの後姿が目に入る。
だが膝に肘をつき、頭をガクンと落とした体勢から動かない。
どうかしたのかと思い近づこうとするが、その瞬間シュッとレディネスが彼の前に現れた。
アステムはゆっくり顔を上げてレディネスを見る。
「……今でも俺は守護石に触れたことが信じられない」
「まだ自分が汚れてると思ってんの?」
「思う。かつて俺は人間を憎み、恨み、それを生きる力としていた。
その怒りを帝国軍に向け、多くの人間を傷つけもした。――なのに何故、神は俺を許す!?」
アステムが感情的に言葉を発することなど珍しい。
咄嗟には近くの木に身を隠す。
「結局、お前は人間を恨みきれなかったっていうことだよ。 リットンと同じで、最も憎むべきものは魔硝石だと分かってたのさ」
「だが俺が最も許されないのは――」
「――シェルって子の行方、まだ分からないわけ? もうあれから140年くらい経つよね」
レディネスのその言葉にの心臓は鈍い音を立てた。
初めて聞く名前。
音の響きから女性の名前だと伺い取れる。
「……ああ。だが――もう数年前に捜すのを諦めた。だから俺は許されない。
神が許しても、シェルが俺を許さない」
そう言ってアステムは自分の膝を左手で殴った。
そして悲痛な声を上げる。
「――誰よりも憎いのは、自分が楽になりたいが為に彼女のことを諦めた俺自身なんだ……っ!」
今にも泣きそうな彼の声を聞いた瞬間、は胸にぽっかりと穴が空いたような感覚に襲われた。
そのまま気付かれないようにその場を後にし、自室へ戻る。
ベッドに力なく仰向けで倒れこんだ彼女の目からは涙が溢れていた。
どうしてこんなに苦しいのだろう――は自分の胸に問いかける。
シェルという人を未だにアステムが想っているから?
今でもアステムが自分自身を憎んでいるから?
いや……それもあるけど、彼の胸の痛みに自分は介入できる存在ではないということが分かったからつらいんだ。
は目を瞑り、アステムとレディネスの話を思い出してみる。
アステムは100年以上もシェルという人を捜していた。
勿論、彼はエルフだから人間である自分の時間の概念は当てはまらないけれど、
それでもそんなに長い間、捜し続けるのだからシェルという人は余程アステムにとって大事な人なのだろうと思った。
それと同時に彼と自分の間にある種族の壁を思い知らされる。
自分はアステムと同じ時を刻み、生きていくことはできない――は涙を流したまま天井を見上げた。
人間である自分にとっては一生でも、彼にとってはほんの数年という感じ方なのだろうか。
彼にとっては当たり前なことを感覚的に分かってあげられないことが悔しい。
そしてこの生きる時間の違いにより、自分はどうやっても彼の力になれないという結論に達する。
2人の人生は決して重なることはないのだとは悟り、ベッドに突っ伏し声を殺すようにして泣いた。
えーっと、また1か月くらい更新してませんね。すみませんm(__)m
さて、漸く今回はアステムのイベントに少し踏み込みました。
それでもヒロインさんとアステムは全然接してないのですが^^;
それにしても、よく分からない単語が多数出てきたと思いますが
アステムの過去が全部分かるのは恐らくかなり後……第3章の終りら辺です。
それまでは情報不足でじれったいと感じることもあるでしょうが、のんびりと待っていただけたらと思います。
どんどん暗い内容になっていっておりますが、最終的には(各ルートで)全員救済していくつもりですので
これからもどうぞ温かく見守っていただけたらと思います。
それでは、読んでくださった皆様ありがとうございました!
吉永裕 (2008.11.13)
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