第3章 第3節



 傭兵団内の守護石3つを回収することが決まった次の日、カイトたちはアローア洞窟へ向かう。

「何だか俺たち、この洞窟に縁があるよな」
「……そうだな。この半年程の間に今回で3回目か」

 辿りついた洞窟の前で立ち止まり、カイトとアステムは奥を見据えながら呟いた。
そんな彼らの言葉を聞き、リットンは少し表情を曇らせる。

「1回目はの付添い、2回目はそのすぐ後にヒドラ退治。
 こんなに何度も紅色水晶にお目にかかっていて、不思議な力があるから触らないようにと気をつけていたのに、まさかそれを取りに行くなんてねえ。
 ……私はまだ正直、紅色水晶の存在を疑っているよ。疑っているというよりも……存在が怖いのかもしれない」
「リットン……」

 カイトとアステムも暗い表情で視線を落とした。
この島で生まれた者は、紅色水晶に触れた者は失明したり幻覚に襲われたりしたという話を子どもの頃から聞かされて育つ。
実際に彼等は数年前に、悪い噂の絶えなかった傭兵が紅色水晶に手を出して片手を失ってしまったという話を知っていた。
その者の話では石に触れた部分が熱くなり、ドロドロと溶けるように腕がなくなってしまったそうだ。
結局その傭兵は腕を失いながらも街へ戻ってきたが、暫く入院した後、気が狂って死んだ。
石の力を恐れない者の方がおかしいかもしれない。

「――大丈夫ですよ」

 不安げな表情を浮かべる3人には優しく微笑んでみせる。

「キャスカが大丈夫って言ってたじゃないですか。私は彼の言葉を信じてますよ」

 その言葉に喜んだキャスカは「うなん」と上機嫌な声を上げてに擦り寄り、
そんな彼女らの様子を見たカイトたちの表情も穏やかなものになった。

「……とりあえず、まずは石の所まで行かなきゃ話にならないか」
「ああ。行こう」
「この前よりも魔物が増えていないことを祈るよ」

 いつもの調子を取り戻してパーティは洞窟の奥へと足を踏み入れる。
1回目に来た時と違い、魔物たちの気配はするが襲い掛かってくる頻度は少なくなっていた。

もだいぶ強くなったからな。魔物たちも直観的に分かってるのかもな」
「え、ホントですか?」

 カイトの言葉を聞き、は嬉しそうに声を上げる。

「この間のことで潜在魔力が引き出されたのかもしれない」
「それは頼もしいことだね。それに魔物たちの命をむやみに奪わなくて済む」

 リットンの言葉には頷いた。
今まで自分たちの命を守る為とはいえ、どれくらいの魔物を倒して来たのだろうと、時々、罪悪感のような気持ちに襲われていたのだ。
もしかすると、その中にはエウリードに操作されて襲ってきた魔物もいるかもしれない。
そう思うと、酷く自分は自分本位な生き方をしているような気がした。

「うな」

 の肩に乗っていたキャスカが突然飛び立つ。
そしてキャスカからレディネスの姿に変わった。

「……さ、考え事はおしまい。もうすぐ目的のブツに会えるよ」
「ん……」

 彼の観察眼には本当に参ってしまう――は苦笑しながら頷く。
今まで言葉は交わせなくても一緒にいた時間が長く、何となくだが意思疎通ができる関係になったが、
きっとレディネスはちょっとしたことから相手の様子や今考えていることを察知できるのだろう。
それでもその能力は直感や感受性が豊かとかいう曖昧であやふやな根拠のないものではなく、
彼の鋭い観察により集められたデータと、論理的な思考に基づいて結論出された結果なのだと
は昨日のギルドでの一件からレディネスの本質を把握していた。

「――紅色水晶」

 洞窟の奥に辿り着いた彼らは、薄らぼんやりと光を纏って泉の上に浮かぶ紅色水晶を目の当たりにする。
泉の淵に小さな欠片が打ち寄せられている。
これが傭兵の登録試験に使われるもので、これ自体はもう光を帯びてはいない。
 けれど謎の浮力で宙に浮かぶ紅色水晶はいかにも聖なる力を持っていそうな荘厳な迫力があった。

……」

 すると今にも消えてしまいそうな声でカイトが名を呼んだ。
彼の方を振り向くと、彼の顔は蒼白になっている。

「大丈夫ですか?」

 彼の傍へ駆け寄ると、カイトの傍らにいたアステムやリットンも表情が強張っていた。

「……ダメだ、やっぱり俺は……これ以上は近寄れねえ……」
「――俺もだ」
「私も……無理だ」
「どうして!? この石は聖なる魂を持つ人には何も――」
「――だからっ……ダメなんだ」

 目の前のカイトは泣きそうな表情で俯く。
そしてアステムは後ろを向き、リットンは俯いたまま服の胸元をギュッと握る。

「俺の魂は……汚れてる」

 には彼らの言うことが理解できない。

「そんな、だったら私だって今まで沢山の魔物を殺めてしまいましたし……汚れてます」
「違う! は違う。根本的にとは違うんだ……俺は……」

 そう言うとカイトは黙ってしまった。
辺りはシーンとして、洞窟の天井からの水滴が泉に落ちる音が時々響く程である。

「――何を心配してるの? ここにいる人間は全員触れるさ。
 ……お前たちはあの石に込められた慈悲の深さを知らない」

 暫く静観していたレディネスが面倒臭そうに口を開いた。

「あの紅色水晶の核になってる石を作った神は、それはそれはとても慈悲深く愛情豊かな奴だったよ。
 そして楽天的過ぎるくらい、未来は明るくなると信じて疑わなかった。
 その神が作ったあの石は、慈悲と慈愛、そして希望に満ちている。
 その大きな力を受け止める資格がないのは、俗に言う悪人だけさ。
 自分の為に人を傷つけても平然とできる奴、寧ろそれを快感だと思う奴だけ」

 レディネスは泉に入り、石のところまで歩いて行く。
そうしてゆっくりと石に触れて見せた。
石から発せられた光は穏やかに彼をも包み込む。

「詳しい過去は知らないけど、お前たちが何かしらの十字架を背負って生きているのは分かったよ。
 でも、お前たちは憎しみや恐怖に身を任せて魂を汚し人を傷つけるよりも、自分自身が傷を負うことを選んだ。
 お前たちは魂が汚れているから苦しいんじゃない。傷ついて十字架の重みに縛られてるから苦しむのさ。
 そうやって生きる人生を選んだ時点で、魂は聖たりうるんだよ」

 彼のその言葉にカイトら3人は目から涙を滲ませていた。

「カイトさん、アステムさん、リットンさん。 ……行きましょう、皆で一緒に」

 は3人の手を取り、全員の手を重ね合わせると笑顔で声をかける。
カイトは唇を噛みしめて頷き、アステムは袖の裾で涙を拭って、リットンは穏やかに微笑む。

「……世話の焼ける先輩方でお気の毒だね、子猫ちゃん」
「あ、あう……」
「だからその呼び方、気持ち悪いからやめろって言ってんだろ。が固まってるじゃねーか」
「ほぅ、オレを気持ち悪い笑顔で見つめてた猫好きな奴に言われたくないね」

 レディネスがカイトにそう言うと、いつもの調子に戻った全員の笑い声が洞窟内に響いた。







気がつけば10月半ばに差し掛かってる!? げはっΣ(゚Д゚|||)
10月になってからずっと更新しておらず……すみません…………。
ああもういつも謝ってばかりのあとがきをなんとかしたいです(;一_一)
謝らないような小説を書きたい&早く書きたい…………。

さて、今回は非常に曖昧な「魂の汚れ」の説明が出てきました。
すっごい考えました。だってヒロインさんも今までバリバリ魔物殺してるしー(;´▽`A``
とりあえず手が汚れるのとは微妙にニュアンスが違う、というところをご理解していただけたらと。
リットンが自分を汚れていると思っている理由は今までの流れで何となくわかっていただけると思いますが、
カイトとアステムはまだですので、今のところはご想像にお任せします。
次あたり、分岐させようと思っているのでぼちぼち皆の過去が見えてくるかも、です^^;
(予定は未定ですので……そこまで期待しないでくださいませ^^;)

というわけで、読んでくださった皆様、ありがとうございました!


吉永裕 (2008.10.13)



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