第3章  第1節




 

 魔王軍領から急いで戻ってきたカイトたちは、ギルドに直行しパッシに一通りレディネスから聞いた話をした。
その話に驚愕して暫く言葉を失ったパッシだったが、ギルド長代理という立場を思い出し、
奥の部屋からギルド長である父親に緊急時でしか使わない回線を使って伝令を打った。
あと数分程で、普段は傭兵組合の地下室で執務を行っているギルド長がやってくる。
 パッシはカイトたちを残し、他の全ての傭兵たちをギルドから立ち退かせ扉を閉めると鍵をかけた。
そして全ての窓につけられたカーテンを閉め、カウンターのランプに火をつける。

「たまにはこの通路の掃除もさせんとなぁ」

 カウンターの下の隠し扉から湿っぽい臭いと共にギルド長が出て来た。

「おお、お前たちか。話はいつも聞いてるぞ。
 ――それで、緊急の用とは何だ」

 かつてティン島一の剣士と呼ばれ、魔王軍や帝国軍にも一目置かれる存在だったギルド長――デルタは
未だに壮年期の身体とは思えない張りのある筋肉とがっしりとした体型を維持しており、腰かけた椅子がとても小さく見える程である。

「実は……」

 パッシが聞いた話を順序立てて分かりやすくデルタに話すと、彼は渋い顔をして額に手を当てて俯く。

「なんと……、こりゃ参ったな」

 言葉が見当たらずデルタはパッシに蒸留酒の瓶を持ってこさせて小さなグラスに注ぎ、ぐいっと一気に飲み干した。

「あいつがなぁ……生きてたか。だがそこまで狂っちまうなんて魔硝石ってのは本当にヤベえ代物だなぁ、おい。
 ――はぁ。パッシを見たら分かるだろうが、俺は親馬鹿なんだよなぁ」

 そうして隣に座っていたカイトの肩に厚い掌をどしりと置く。

「だが、ギルド長としてけじめはつけにゃならんな。
 ――これはSランクの任務とし、カイト・アステム・リットン、そして、お前たち4人にエウリードの捕縛と計画阻止任務を命じる。
 パッシ、ギルドは真偽が判明するまで新人傭兵の登録を中止し、
 傭兵団領以外の土地への依頼の受付不可、並びに他領地への侵入も禁ずる通達を出せ。
 証拠がない以上、魔王軍と帝国軍にはまだ公表できん。誰がどこに通じているか分からんから、ここにいる者以外は誰も信用するな。
 無論、エウリードのこととお前たちの任務について他言禁止だ」
「はっ」

 ギルド長としての威厳に満ちた表情で立ち上がり、デルタはビシリと片手を上げ指示を出した。
カイトたちも立ち上がり、式典等の際にしか見られない傭兵団特有の敬礼をする。
右手で拳を作り肘をVの字に曲げて胸の前に掲げる彼らの敬礼を見て、も真似た。

「――馬鹿息子を頼んだぞ。何としても止めてくれ。これ以上、被害が広がる前にな」
「分かりました」
「あと、危ない時は知り合いだからって手加減するなよ。――お前らも俺の子どもだと思ってるんだからな」
「……はい」

 真剣な表情を少し崩してカイトは頷く。
そんな彼を見てデルタも頷いた後、リットンの肩に手を回し、もう片方の手でカイトの頭をガシガシと掻くように撫でると、アステムを呼び寄せ腕を軽く2回叩いた。
 最後にの前にやってくる。

「巻き込んじまって悪かったなぁ、。あいつに会ったらぶん殴ってやってくれ」
「いえ、そんな……。でも、ぶん殴るのは恐らく皆さんがやってくださると思います」
「ははっそうだな。――じゃあ、頼んだぞ」
「はい」

 デルタが右手を差し出したのでは両手で握ると、彼は左手で彼女の背中をポンポンポンと叩いた。
分厚くて硬い彼の手は力強く温かい。
 するとの頭にある記憶がパッと過ぎる。
身体が覚えていた感覚の記憶――父親の手。その感触と似ていると思った。
それと同時に先程のデルタの言葉を思い出して胸が熱くなる。
“俺の子ども”という言葉はきっと彼の真実だと、この感触が信じさせてくれた。

「――ところで、兄貴……エウリードの施設の位置は分かってるのか?」
「あぁ、レディネスがくれた地図に印がつけてあった」

 カイトは鞄から地図を取り出し、カウンターに開いて×印の箇所を指さしてみせる。

「ふむ、完全に帝国軍領内か……。地下にあると言ったな。
 帝国軍領にそんな大がかりな施設があるのに無反応っていうのは……奴らのセンサーに引っかからないような装置でもつけやがったか」
「ご名答」

 突然、後ろから声がしたので全員が振り向くと、ドアの下をするりと抜けてきた影がグニャグニャと動いて立ち上がった。
そして黒い霧のようなものを出し、その中からレディネスが現れる。

「――ほう、これはこれは……」
「やぁ。しばらく」

 チラッと眼を動かして手短に言葉を交わすと、彼は懐から紙を取り出してカウンターに置いた。
どうやらその紙にはエウリードの施設の見取り図のようなものが書かれている。

「残念なお知らせだけど、部下の調査によるとすんなり突撃っていうワケにはいかないみたいだよ」

そう言って、彼は施設の入口の周りに置いてある複数の装置を示す。

「どうもオレがを逃がしたことが酷くご立腹だったみたいで、その後、かなり厳重な守りを築いちゃったそうなんだよね。
 で、この機械が外部からの侵入者だけでなく電波や電磁波も受け付けない結界を発生させてるみたいでね。
 しかも、丁度この辺は帝国軍領にしては珍しく森になってるんだけど、半径数kmに渡って磁場が狂ってるのと瘴気が多すぎて手出しができないらしいんだわ。
 だから普通の人間は足を踏み入れることはできないってことで、帝国軍はその場所についてはノータッチだってさ」
「でも、その結界装置を何とかすれば……」
「それがその装置が結界の内側にあるもんだから、手が出せないんだな」

 レディネスは肩をすくめて両手を上げて見せた。

「今のところ魔王軍の魔法や帝国軍の技術でもダメらしいんだよね。
 結界を壊せるほどの莫大な魔力を何十秒も維持できる術者もいなければ、
 そんなエネルギーを放出できる兵器もここにはないし、動力源もないからね。
 最悪、機械化された人間が施設から出るところを見計らってその一瞬に侵入するしかないかも。
 とはいえ、いつ解除されるかもわからない状況でそんな瘴気の漂う森の中にずっと潜んでいるなんて人間のお前たちには無理だろうし。
 一応、魔力を取り込める機械兵器っていうのを開発させてるんだけどね……、
 結局は兵器を使う人間の魔力によって威力が変わってくるからあの結界ごと機械を吹っ飛ばす魔力持ちとなると――」

 そう言うと彼は口をつぐみを見つめる。

「わ、私……?」
「――無理だ。先日は操られていたから潜在魔力を放出できただけで、普通の状態のには負担がかかりすぎる」

 驚くとレディネスの視線を遮るようにアステムが割って入った。
リットンとカイトも頷く。

「……だったら、その機械に魔力を増大させてエネルギーに変換できる物を組み込むことはできないか?
 ――もしかすると魔硝石を使えば……バリアくらい」
「パッシ……」

 兄を失って以来、機械と魔硝石を憎んできた彼の言葉に、何としても兄を止めたいという強い決意を感じてカイトは言葉を失った。
デルタも目を閉じて俯く。

「その考えは悪くないね。でも魔硝石っていうのはそう簡単には見つからないから裏で多額に取引されてるワケで。
 それにそんな強大な魔力と一緒に魔硝石を使うとなると、周りへの悪影響が半端なく出てくる。
 ギリギリでリットンは大丈夫だろうけど、エルフのアステムでも発狂して死んじゃうかもしれないよ?
 魔硝石は血を毒に変えるようなものだからね。瘴気と魔力の塊なんだ」

 レディネスの言葉にたちは表情を固まらせた。
しかし突然、レディネスは椅子にもたれていた身体を起き上がらせてパチンと指を鳴らす。

「魔硝石とは別の魔力を持つ石を使えばいいってことか」
「――もしかしてティン島の守護石を使うつもりか?」
「そう。あれは元々神から授けられた石を核にして天然石が集まって結晶化したものだからね。
 聖なる魂を持つ者であれば、何の影響もなく魔力を増大することができる筈だよ」
「だが守護石を失えば、ティン島から魔力が失われてしまうのでは?」
「いや。あの石たちには魔力を大地に留める程の力はないよ。
 神の存在を失っても魔王軍本拠地やこの島の魔力が失われないのは、
 転生した後も神は今でもこの一帯に生きる者たちを愛してくれているからさ。
 恐らく神がこの大陸を見捨てない限り、魔力は保たれ続ける」

 レディネスとデルタの会話の意味が分からず呆然と話を聞いていたカイトたちの様子に気づき、レディネスは少し守護石について話すことにした。








何だかんだで3章突入です。
今回も説明的なセリフが多いわぁ…反省。
本当は、レディネスの守護石についての話も入れるつもりだったのですが
区切りのよいところまで書くと長くなりそうだったので、次回に回します^^;
意味不明な文章が並んでいてすみません。

私的にデルタお気に入りです。元気なおっさま万歳です。
あと、敬礼もお気に入りです。
普段、何者にも属さない傭兵がぐっと敬礼する姿…たまりません。って、完全なる自己満足です。すみません。
よろしかったら皆さんもやってみてくださいw 
腕は体と平行に、下から持ち上げるように拳が心臓のあたりに来るように曲げて、
体はあげた腕の方に少し傾けると尚恰好いいと思われます^^

というわけで、3章も始まったばかりですが、どうぞ今後もを宜しくお願いいたします!


吉永裕 (2008.9.20)


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