第3章 第14節


 はゆっくりと目を開けた。何だかこの天井も見慣れてしまったなとふと思う。
万全を期す為にもう2日マラダイに留まる事になったのだ。
 胃に負担にならないような食事をしてはいるが未だに倦怠感が抜けない。
しかしここ半年程あった覚醒後に決まって起こる白い靄がかかったような感覚が一切なくなった。
そのせいか頭の中はすっきりとしている。それでも身体は重かった。
レディネスは魔力を使い過ぎた反動だろうと言っていた。その時の記憶はにはない。
 ティン島に来るまでの記憶は戻ったけれども、あの日、レラの村でどのように事態が収拾したのか分からないことは彼女を不安にさせた。
皆が説明してくれたけれどレディネスの口から出た転送魔法というものを自分は使ったこともなければ存在すら知らなかったので余計に空恐ろしい。

、起きてるか? ギルド長が来た。俺の部屋に来てくれ」
「ギルド長がですか?すぐ身支度を整えます」

 カイトの呼びかけには慌てて上着を羽織り身形を正した。
重い身体を動かし扉を開け、カイトの部屋へと急ぐ。
そこには真剣な眼差しのデルタとレディネス以外のパーティ全員が揃っていた。
思わずは畏まって敬礼するが、彼は若干強張っていた表情を崩して我が子にするように彼女の頭をくしゃりと撫でる。

「まさかこんなことになるとは予想外だった。無理をさせてしまってすまなかったな、
「い、いえ!とんでもないことです」

 ギルド長からそんな言葉をかけてもらえるとは考えてもみなかったは慌てて首を振る。
――実際、自分は何もできなかった。
レラの村をどうすることもできなかったし、助けることもできず村人が魔獣に殺されるのを見ているだけだった。
しかもその後の肝心なところの記憶がない。
 第一、任務であったレピドライト内の守護石を回収することも失敗しているのだ。
守護石が3つ揃わねばレディネスの開発している機械兵器とやらは完成しない。
は渋い顔をして俯く。

「任務を失敗し申し訳ありません……」
「いや、気にするな。レラの状況は仕方がない。お前らのおかげで助かった村人もいるし、何よりお前らが全員無事で良かった。
 それに守護石もレディネスが代替品を用意することになってる」
「代替品、ですか?」
「ああ、元々守護石はあいつの家に伝わるモノだからな。もしもの時の予備として考えていたんだとよ。
 それでも魔王軍領や帝国軍領にも天然石はある筈なのに、神との繋がりを示す家の宝をあっさりと使うのは驚いたがな。
 石集めに時間をかけている場合ではないということだろう」

 デルタの言葉にの顔は憂色を帯びる。
以前、レディネスの家系は神と交信する役目を担っていたと言っていた。
神が消えた後、交信用の石を砕いて天然石に埋め込み各地に祀ることになったが、彼は手元にある石も手放そうとしている。
全ては暴走するエウリードを止め、の頭の中にある機械を取り出す為に、だ。
エウリードと自分のことに巻き込んだだけでなく、レディネスにとって家宝とも言える大切なものを使わせてしまうことに申し訳ないという気持ちでの胸は詰まりそうだった。

「――というわけで、任務は引き続き継続だ。
 レディネスの開発している兵器が出来上がる目途が立たない限りエウリードのところへは行けない、
 且つ、お前たちは極秘任務中だから傭兵団領でいろんな人間に姿を見られても困る。
 したがってお前らには帝国軍領のテンペに行ってもらう。
 だが手続き上、テンペの手前のクントの関所でレディネスと落ち合った方がいいかもしれんな」
「テンペか、殺風景なところだったよな」

 カイトが地図を広げてに見せる。
これまでティン島の中心部から西側しか行ったことのないにはテンペは聞き慣れない名前だった。

「ああ、そうだね。テンペはかつて農業主体の町だったが、今では帝国軍で多用されている火竜岩の採掘で成り立っている。
 現在は若者が多く勢いがある町だよ」

 リットンは地図にあるテンペ北東にある岩山を指差した。
どうやらこの山で火竜岩を採掘しているらしい。
 
「テンペからはギルドに資源採掘や運搬、護衛依頼が頻繁に来るから傭兵団の連中がうろうろしてても目立ちにくい。
 表向きはテンペから帝国軍ティン島支部にもなってるガラまで火竜岩の運搬と護衛ってことにしておけ。
 既に関所に提出する書状とメダルはパッシに用意してもらったからな。
 とちることはないだろうが、紛失しないように気をつけろよ。
 あと、ガラの方まで行くついでに帝国軍の様子も見てきてくれ。噂じゃ本土の方がごたついてるって話だ」
「本土がですか?」
「ああ。……これは一部の者しか知らないようだが、ネープル帝国は数ヶ月前に皇帝が変わったばかりなんだ。
 だから王命が行き渡っていないところもあって円滑な統治とまではいっていないらしい」
「そんな状況なら尚更ティン島のことまで手が回らないのも仕方ないかもしれねーな」
「そうですね」

 は地図上のネープル帝国を見た。
ネープル帝国はティン島を東側から囲むような位置にあり角ばった三日月型をしている。
もしかするとティン島や周辺の小さな島々も元々はネープル帝国本土と繋がっていたのかもしれない。
地殻や海面の変動によって現在のような地形に変わった可能性もある。
実際、ネープル帝国がティン島に足を踏み入れたのはティン島もネープル帝国領の一部だと言い張ったことに因ると聞いたことがあった。
 一方、魔王軍はネープル帝国東部にあるブルー諸島までミーシャの加護を受けていた地域だった為にその一帯は魔王軍領であると反論しており、
かたや傭兵団は元よりティン島に住んでいた先住民が自治すべきだと主張しているという。
 しかしながら、傭兵団はその集団の特異性により先住民とは関係のない者たちまで集っているのが現状であり、
勿論、アステムのように魔物であっても中立の立場をとり傭兵団に所属する者もいるけれども
自分たち人間とは違う存在である魔物とその集団である魔王軍は畏怖の対象となっており、どちらかというと魔王軍をよく思っていない者が多数いる。
 そのせいでサンティアカに来た当初、キャスカを連れていたには暫く仲間が見つからなかったのだが、今では傭兵たちが敬遠してくれて良かったと思っている。
そうでなければカイトらと出会うこともなかっただろうし、エウリードの計画通りに脳内の機械に操られて仲間を殺していたかもしれない。
彼らと出会えたから辛くても苦しくても生きていける強さを自分は持ち続けていられるのだとは思う。

「――皆さん、行きましょう。まずはクントへ!」

 は力強く地図上の小さな町を押さえた。
その声にカイト、アステム、リットンが「ああ」と応える。

「サンティアカからクントまでは約4日、つまりここからだと10日近くかかる。
 途中でサンティアカに寄ってギルドでパッシから必要な物を受け取るが、あまり長居はしない方が良いだろう。
 家に立ち寄ってもアイテムの整理をする程度だな。
 あ、装備品や消耗品なんかはクントで揃えられるから心配はいらないぜ」
「分かりました」

 カイトから説明を受け、はクントまでの道筋を思い描く。
――恐らくクントはティン島で初めて目覚めた場所の近くにあった筈だ。
その時には既に記憶を失い、レディネスから偽の記憶を刷り込まれていたのでこれまで意識したことがなかったけれど、今ははっきりと思い出した。
偽の記憶ではサンティアカの北にあるマニャという港町からこの島に来て、帝国軍領を通り修行をしつつサンティアカに来たということになっていたけれども、
真実はレディネスによってエウリードの施設から連れ出されクント周辺で目が覚めたのだ。
その後、は通行人に道を聞いてサンティアカのギルドを目指したのである。


 「それでは、失礼します」

 話し合いが終わり、皆はそれぞれの部屋へと戻っていく。
――ここまで長かったな、と自室に戻ってきたは思った。
今から事を始めようとしているのに、不思議と戻って来たような感覚に陥る。

「そう、取り戻すんだ」

 は覚悟を決めた。
エウリードを止めてティン島に平穏な日々を取り戻す。
そして己の意思と自由を取り戻す。
死んでいった家族や村人たちの為にも、自分は最期が訪れるその時まで生きようとすることを放棄してはならないと心に誓った。










〜missing  第3章 終〜



(勿論のこと第4章もしくは最終章へと続きます)

うおーーー第2章が終わったのが、2008年9月ですか!?
てか、missing書き始めたのいつ?最初の方は後書きを書いていなかったので詳しくは分からないのですが、
多分2005年には書き始めてると思うので……どんだけかかってんだ!?
本当にすみません、すみません〜(´д`、)
ところで、何故か第3章も第14節で終わりましたよ。
第2章の時も書きましたが、全然計算してないんですけどもね。
内容見ていたら分かるでしょ…?

さて、今回はレディネスの姿がないまま終了となりましたが、
第4章で最後のレディネスイベントがあるか…な?
イベントって呼べるほどではないのですけれどもね。
最後の章となる第4章は14節も使わずにあっさりと終わりたいと思っておりますので、ご安心を(?)

ちなみに超余談ですが、読んでくださった方がいらっしゃるかわかりませぬが、
前回の13節と今回の14節の間に 〜回帰世界〜 の話が入るつもりで書いております。
なので当時の話の内容的にはそこまでカップルがいなかった割に、結構近い距離で書いたつもりです。
レディネスはあれでもまだお互いに気持ち知らない状態っていうのが可笑しいですが。
よろしければ回帰世界の方も覘いてみてくださいませ〜。

さあ、第4章はすぐにクントに向かうよ。
クントまでで1話使う可能性が大ですけど、恐らくクントでレディネスイベントです。
あーホント早く終わらせなきゃな。さすがに完結までに10年かけるのはヤバイや。
もしや最初からずっと読んでくださっている方、いらっしゃるのでしょうか?
もしいらっしゃったら完結した暁には謝罪と感謝の土下座をして回りたいです。マジで。

残念ながらまだ続きますが、最後までmissingを宜しくお願いいたします!!!


裕 (2013.6.19)


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