不機嫌そうな顔をしてこちらを眺めるレディネスの姿を見つけると、は花がふわりと風に揺れるように優しく微笑んだ。
そんな彼女を目にした彼は目を大きく開けて暫し固まる。

「……レディネス」

 彼女が名を呼ぶ声は明らかにのものの筈なのに、レディネスには違う人物の声に聞こえていた。
約500年の間この日を待ち望んでいたにも関わらず彼の胸は今、何故かざわついている。

「――ミーシャ、はどうしたの?」
「まだ眠っています。深く」

 自分でも驚く程の低い声が出て、レディネスは無意識に上着の内ポケットに入れていた守護石の欠片を取り出し握り締めた。
この欠片も元は神との交信用の石であり、ティン島各地にある天然石の核にした石と同じものだ。
 転生することを決めたミーシャを見送ってから、彼はその石をペンダントにして後生大事に持っていた。
その石がもう一度ミーシャに会わせてくれるような気がしたからである。
そして、その願いは叶った――筈であった。

「……そりゃそうだろうよ。魔法円も陣も使わず咄嗟に転送魔法を使ったんだからね!
 無茶をしたもんだよ、魔力が高い魔物でも転送には送受信用の道具が不可欠だっていうのに。
 もし失敗していたらどうするの?相手が元々この世界にいてはならない存在だから奴らには何が起こっても構わないにせよ、
 反動が術者に返ってくることもあるって知ってるだろ。それくらい自分の魔力に自信があったってこと?
 でも、器となってるの身体には負荷がかかり過ぎなんだよ!ただでさえ、頭の中に異物が入ってるっていうのに!!」

 通行人が驚いて振り向く程に声を荒げたレディネスを前にしてもは未だ穏やかな表情を浮かべている。
そんな彼女の姿に彼は言い知れぬ怒りを覚えた。

「――あの時、何としてでも貴方たちを守りたいというこの子の気持ちと私の気持ちが同調し、私は完全に目覚めてしまいました。
 そして、この子が力を引き出す手助けをしました。……ですが、確かに今のこの子の状態には過ぎる魔法でしたね」

 そう言うと、彼女は伏し目がちに噴水の水面に映る自分の姿を見つめる。
レディネスにはそんな彼女の姿がいっそうミーシャそのものに見えて顔を歪めた。

「……ミーシャ。オレはもう一度お前に会う為にお前を待ち続け捜し続けてきた。
 転生したお前が世界に絶望しないか、本当に生きものたちを信じられるのかどうか見届ける為に、幸せに生きていくのを見守る為に」

 ミーシャのことだけを考えて生きてきた時間はこれまでの人生の半分以上を占めるだろう。
だからミーシャが転生したことを知った時は本当に嬉しくて涙が溢れた。
 しかし、ペンダントの守護石が静かに脈打つような感覚を辿り漸く見つけ出せたと思ったらエウリードの思わぬ野望に巻き込まれ、
当初の遠くから見守る筈だった計画は崩れて深く関わることになってしまったのだ。

「最初はをただの入れ物くらいにしか思ってなかった。転生してるとはいえ魂はお前なんだからどんな姿になっていようとお前には変わりないんだと。
 だからの頭に埋め込まれたチップを取り除くのも、全部、お前の為だった。
 ――それなのに……オレは姿を晒してしまった。きっと望んでいたんだ。の中にオレの存在を刻みつけたいと」

 レディネスは掌の上の守護石を見つめる。
常に胸に下げていたこの石を自分はいつからポケットに仕舞うようになったのだろう。

「確かにの持つ慈愛や慈悲の心はお前の魂を継承してるかもしれない。でも、一緒に過ごすうちに分かった。
 は器なんかじゃない。は人間の親から人間として生まれて人間として育てられてきた。
 泣いたり笑ったり怒ったり苦しんだりするはあの両親から生まれてあの家族や村の人間たちに育てられてきた上で存在するなんだ。
 ただ全ての物を愛し微笑むだけのミーシャそのままのならオレはいらない。
 オレが愛してるのは落ち込んだり傷ついたり迷ったりしながらも必死に生きる人間臭いなんだよ」
「……レディネス」

 彼の言わんとしていることを察したのか、の姿をしたミーシャは相好を崩し頷いて見せた。
彼女の母親のような温かい笑顔を見たレディネスは涙を滲ませる。

「――ミーシャ、の中から消えてよ。魂ごとっていうのは無理かもしれないけど、お前の意識を全て消して欲しい。
 とオレを解放して欲しい……」

 レディネスはかつて彼女と別れた時のようにしっかりとセルリアンブルーの瞳を見つめる。
あの時は彼女が何故消えてしまうのか理解できず、もう一度会う為に決して彼女のことを忘れまいと心に最後の顔を刻みつけていたのに、
今は彼女が消えることを望んでいる己の身勝手さが許せず彼は悲痛な表情を浮かべた。

「……すまない」
「いいえ、良いのです。そろそろ消えようと思っていたところです。これ以上はこの子の自我がもたないでしょう。
 だた、最後に人々の生きる姿が見たくて身体を借りてここまで来たのです。
 その願いももう叶いました。貴方の言う通り今すぐにでも消えましょう」

 レディネスの言葉をすんなりと受け入れたミーシャは手を伸ばしそっと彼の頭を撫でる。
そして顔を綻ばせた。その表情はとても優しい。

「レディネス、私は転生できて良かったと思っています。
 結局はと意識が分かれてしまいましたが、それまでの間はの一部として様々な者たちと出会い、色々な出来事を経験できました。
 人の愚かしさも目の当たりにしました。ですが、私も貴方と同じです。私も彼らを愛しいと思います。
 未熟だからこそ人は多様な可能性を含み生きていけるのでしょう」

 彼女の言葉と穏やかな笑顔にレディネスは胸を痛めながらもどこかホッとしていた。
自分の願いは漸く叶ったのだ。転生した彼女は人の中で生き、人として生きて、そして――

「それに貴方と再び会えました。成長しましたね、レディネス。
 を通してですが貴方のおかげで私は愛し愛されることを知れました。
 ……遠い昔に知っていた感情のようにも思えますが、今となっては新鮮なものです」

 ――ミーシャは幸せになれたのだ。彼女の望みも自分の願いも全て満たされた。
だから、これは本当に最後の別れであるとレディネスは理解していた。

「ありがとう、レディネス。そしてさようなら。どうかこの子を守ってあげてください。
 私が消えた影響で暫くは魔力のコントロールが難しくなると思いますので」
「ああ、分かってる。は何が何でも守ってみせるよ。お前の分まで笑ったり泣いたりしてもらうさ」
「まぁ、悲しませて泣かせるのはいけませんよ?」
「分かってる。できるだけ嬉し泣き希望」

 最後に強がってレディネスは鼻で笑ってみせた。
ミーシャも少しおどけて「ふふふ」と笑う。その姿はやはりであってではなかった。
 の姿なのにずっと楚々として見える――なんて言ったらは頬を膨らませた上に唇を尖らせて怒るだろうなとレディネスは思った。
しかし、自分はそんな不細工な顔をしてみせるが愛らしいと思うのだから、気持ちというものは理屈では言い表せないと実感し、
科学者気質のレディネスはそのような曖昧な答えに少し不満を抱きながらもこんな自分とが好きだと思った。

「それではレディネス。これで本当にお別れです。
 もし、この子がすぐ目覚めなければ倒れたり噴水に落ちたりしないように支えてあげてください」
「ああ」

レディネスがそう言うとミーシャは噴水の縁に腰を下ろし、レディネスは彼女の隣に座って背中に手を添える。
するとミーシャは静かにゆっくりと目を閉じた。瞬間、ぐっとの身体がレディネスの方に傾く。

「……さよなら、ミーシャ」

 そう言ってレディネスはを自分の肩に凭れさせ、天を仰いだ。










まさかの約二年ぶりの更新( ・д・) も、申し訳ございません><
カイトとレディネスは書いていたのですがそこからなかなか進まず…。
アステムやリットンと少し書き方が変わってしまっているように思えます。
いやぁ、年を取ると説教臭い書き方になって嫌ですね…。気をつけなきゃ。

今回レディネスはイベント回です。
漸くヒロインさんの設定が全部出せました。まぁ、予想済みですよね?
そういえばレディネスのみ他のルートとは少し違いヒロインさんのウジウジがないのですが、いつか回収しますよ。

第3章も次の節で終わり。その次の最終章に向けてスパートかけていきたいと思いますので
どうぞこれからも宜しくお願い致します。読んでくださいましてありがとうございました!!

裕 (2013.5.2)


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