彼の姿を確認した瞬間、ぼんやりとしていた景色がはっきりと見えてくる。
全速力で駆け寄ってくるカイトの必死な顔を見たは泣き出しそうな顔で笑った。
そんな彼女の目の前までやって来た彼はそこが街の中心であるにもかかわらず、躊躇なく彼女の頭を抱えるようにして抱きしめる。

「急にいなくなるんじゃねーよ!心配しただろ!!」
「……ごめんなさい」

 の声は小さく、掠れて辛うじて語尾が聞き取れる程のものだった。
冷静な頭に戻ったカイトは彼女をそっと腕の中から解放すると、隣に腰掛けて彼女の顔を覗き込む。
顔色は非常に悪く、いつにも増して白い肌に大きな青い瞳が不安げに揺れており、
膝の上で組まれた彼女の小さな手は時折微かに震えていた。

「大丈夫か?」

 優しく尋ねるカイトの声に少しの顔の強張りが解けていくが、
それでも暗い表情のままの彼女に彼は何と声をかけたらよいのか分からず口を噤む。

「カイトさん。私……、記憶が戻ったんです」
「記憶が? そうか……。
 ――それでも…そんな顔してるってことはあまりいい記憶じゃなかったってことか?」

 目を伏せたはそのまま数分程黙した後、徐に立ち上がり場所を変えようとカイトに告げると先日皆で立ち入った地下水道へと向かった。
ギルドから緊急に手配された傭兵たちは馬で地上を移動したので地下水道は以前と変わりなく、レラへ続く横道も未だ通れる状態であり、
昼間だというのに薄暗いその場所には彼らの歩く音と水の音が不気味に響いている。

、あまり遠くに行くな。ずっと飯も食わずに眠ってたんだ、体力が落ちてる筈だ」
「……はい」

 カイトに腕を掴まれ、は歩みを止めた。
丁度その場所は地上から光が差し込む場所で少し明るい。
その日溜まりの中では静かにカイトの手を握る。

「――カイトさん、私は貴方に幸せになって欲しいなんて言える人間じゃなかった。
 ……ごめんなさい」
「どうした?」

 カイトは彼女の言いたいことを理解できず、彼女の顔を覗き込んだまま手を握り返した。

「――私の村は、サウスランドの南のナリス半島にありました。
 海が近かったので贅沢しなければ食料も不足することは特になく、塩や乾物の取引で比較的村人たちの生活は安定していて穏やかな気質の人が多い村でした。
 ですが……ある日、あの黒い魔獣と半身に金属が埋め込まれた異質な男の人がやってきて、
 魔獣と魔獣から漏れる魔硝石の邪気に中てられ狂気に支配された人々の手により、
 平和だった村は一気に沢山の死体が横たわり狂った人々が襲い合う恐ろしい場所と化しました。
 そんな村の状況を私は上から見ていただけだったんです。
 男の硬い金属の腕で小脇に抱えられ身動きとれなかった私の目の前で父も母も姉も、隣の優しかった老夫婦も皆……皆、魔獣に殺されてしまった。
 男は私を見て言いました。“魔硝石かと思ってわざわざ海を越えてきたが、魔硝石並みの魔力を持った人間が手に入るとは思わなかった”と――」

 そこでの声が途切れた。
口を閉ざした彼女の目からは大粒の涙が溢れ出す。

「――私が、私が皆を殺したんです……。私がいなければ……あの人は村に来ることはなかった。
 皆、今も変わらず穏やかで平和な日々を送っていた筈なのに……。
 私のせいで……皆を、死なせてしまった。
 しかも私はそのことから逃げたくて、自分で記憶を閉ざしたんです!エウリードのせいなんかじゃなかった!!」
……っ」

 カイトは教会でに話をした時のことを思い出していた。
あの時の彼との立場が今は逆転している。
 カイトはもしあの時の自分と彼女が同じように考えているなら――と考えを巡らせた。
もしも、彼女の気持ちが自分と同調するのならば、彼女が望んでいるのは“お前のせいだ”と肯定され責められること。
だが――と、カイトは小さく首を振る。
あの時、は幸せになって欲しいと言ってくれた。愛していると言ってくれた。
その言葉で少し救われたような気持ちになったのは事実なのだ――と自分の感情と真正面に向き合い真実に気づいてしまった彼は
泣きそうな顔で彼女の小さな手を両手で包み握り締める。

「――お前もあの時、こんな風に苦しかったんだろうな」

 カイトは俯いて静かに口を開く。

「好きな人が自分自身を嫌って傷つけてる姿を見ることが、こんなにつらいなんて……」

 右手は彼女の手を握ったまま、左手で彼女を抱きしめたカイトの胸には顔を埋めた。
じわじわと彼の服に涙が滲みこんでいく。

「……お前は、悪くなんてない。お前のせいじゃない。
 全てはエウリードの犯したことで、お前は巻き込まれた被害者だ。
 頼むから、自分を責めないでくれ。お前がそんな風に苦しんでる姿、耐えられねぇ……」
「カイトさん………っ…私は……っぅう……」
「……俺は幸せなんて望んじゃいけないって思ってる。……でも、お前を幸せにしてやりてぇよ」

 は空いていた方の手で彼にしがみ付く。
彼女は苦しんでいた。過去と向き合い導いた答えと、彼を前にして湧きあがってくる感情から来る願望の矛盾に。

「私は……浅ましい。貴方がこうやって傍にいてくれるから……私は、駄目だと思っても願ってしまう。
 やっぱり貴方を幸せにしたいと……。私なんかに……そんな資格はないけれど、でも……カイトさんと出会ってしまったから。
 少しでもいい、貴方の心に寄り添えるなら……私、まだ貴方の傍で生きていきたいって……罰当たりなこと考えてる……っ」
「――いい。いいんだ、それでいい。俺の傍にいてくれ。俺もこれから先ずっとの傍にいる。
 そしてお前が自分を傷つけようとしたら、何がなんでも止めてみせる。
 お前が俺と一緒にいることを望んでくれるなら、俺はお前を幸せにする為に生きるよ。
 だから、お前は俺を幸せにする為に生きてくれ」
「……っ…カイトさ……っぅう……っ」

 二人が背負う十字架は決して軽いものではない。しかしカイトには身体に食込んでいた鎖が少しだけ緩んだような気がしていた。
彼女もそうであって欲しいと願いながら、彼は彼女の手を取って地上へと戻る。
 出口が近付くにつれて明るくなる地下水道。
太陽の光があまりにも眩しくては目を閉じて涙を流した。








まさかの約二年ぶりの更新( ・д・) も、申し訳ございません><
カイトとレディネスは書いていたのですがそこからなかなか進まず…。
アステムやリットンと少し書き方が変わってしまっているように思えます。
いやぁ、年を取ると説教臭い書き方になって嫌ですね…。気をつけなきゃ。

カイトルートは以前カイトに説教した分、自分に跳ね返ってきています。
なので4人の中で一番グダグダしているかと。

さて、カイトに限らず今回は最大のヒロインイジイジ箇所ですので
正直お客様は萎えまくりだろうなと思うのですが、恐らくここが最後と思います…よ。

第3章も次の節で終わり。最終章に向けてスパートかけていきたいと思いますので
どうぞこれからも宜しくお願い致します。読んでくださいましてありがとうございました!!

裕 (2013.5.2)


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