第3章 第11節

 
*この話は、人によってグロいと思われる表現があります



 不気味な赤黒い光で包まれるレラの村。
森に囲まれている為、たちがいる場所から内部までは見えないが
暗い空には火の粉が上がり、辺りには独特な焦げる嫌な臭いが漂う。

「――リットンさんっ」
「待て、動くな!」

 ただならぬ村の様子には一目散に駆けていこうとしたが、レディネスに制止された。
これまでに見たことがないほど彼はピリピリとした雰囲気を醸し出している。

「ここから先は魔硝石の気配が半端なく強い。どうやら魔硝石の塊を持った奴がいるんだろう。
 魔物のオレやアステムはともかく、やカイトはこの地点でも結構危ないレベルなワケ。
 オレがひとっ走りしてリットンを連れて帰ってくるから、あんたらは洞窟に戻って待機すること」

 レディネスは早口でたちに指示を出し、最後にアステムの方へ向き直った。

「アステムはこいつらの護衛ね。
 ……お前も村には近づかない方がいい」

 そう言われたアステムは苦虫を噛み潰すような表情で顔を背けて頷く。

「じゃあ、行ってくる」
「気をつけてね、キャスカ」
「無事に戻ってきたらキスの一つでも?」
「そんだけ余裕があるなら大丈夫だろ。行くならさっさと行って来い」

 の手を取り甲に口づけしようとしたレディネスの後ろ髪をカイトが引っ張る。

「ってぇ……。カイト、後で引っ掻いてやる。覚えとけよ」

 そう言い、レディネスはキャスカの姿へと変化し暗い空へ飛び立った。
彼を見届け、たちは暫しその場に立ち尽くす。

「……魔硝石って何なんでしょう」

 はこれまで何度も耳にしてきた魔硝石という単語を口にした。
多くの者の人生を狂わす程の力を持つ恐ろしい石。

「詳しくは分からないが、以前レディネスは魔物の血肉が年月をかけて結晶化した物体と言っていた。
 つまりは魔物の化石の一種だ。したがって元々魔力含有量が高い」
「それが何故魔性の力をもったんでしょう」
「自分の許容量以上の魔力を浴びれば必ずどこかに負荷がかかる。
 身体が魔力に耐えられない奴はショック死するし、身体が無事でも精神に異常をきたす奴もいる。
 どちらか片方じゃなく、両方壊れていく奴もいる――っ」

 真剣な表情で話していたカイトは突如、身体を反転させる。
は彼の見据える先を注視すると、村の方からゆっくりと歩いてくる村人らしき人影が確認できた。

「生存者です!行きましょう!!」
「おう!」

 三人はふらふらと身体を揺らしながらこちらへ歩いてくる村人の元へと駆け寄った。
しかし、彼らの異質さには思わず足を止める。

「……ぐぉ、あ……誰だ」
「部外者だ……」
「余所者は殺せ……!」
「コロセ!」

 村人たちから発せられるのは恐ろしい呪いのようにも聞こえる言葉。
煙の煤に因るものなのか、魔硝石の影響で体に変調をきたしたのかは不明だが、
彼らの皮膚は酷く黒ずみ瞳だけが不気味な紫の光を放っている。

「カイトさん、アステムさん。これは――」
「――、離れろ!」

 注意を逸らした瞬間、の身体が宙に浮かんだ。
彼女は後ろから村人に襲われたのだ。
 喉に感じる痛みと息苦しさ。
およそやせ細った村人のものとは思えない強い力で首を絞めつけられる。

「ぁ……」
っ!」
「その手を離せ!」

 カイトとアステムが彼女を助けに向かおうとするが、彼らも別の村人たちに取り囲まれていた。
身体に纏わりつく黒い手が彼らの行く手を阻み、の命を減らしていく。

「――いや、待て……こいつは女だ」
「……美しい瞳と髪、上物だぞ」
「高く売ろう……きっと高額で売れる」
「いや、売ってしまっては一度で儲けが終わってしまう………傷を付けずに殺して剥製にして見物料を取ろう」
「そうだ、剥製にしろ!」
「皮を剥げ!」
「こいつは上等の剥製になるぞ!」

 の朦朧とした頭に響くのは殺意よりも恐ろしい欲望の塊の声。
魔硝石に心を奪われた者は、どこまで堕ちてしまうのだろうか。
空気を求めるの喉からは悲痛な空音が漏れる。

「――お前ら……っお前ら人間は、何故最後の残る感情が利己心なのだ!!」

 暗くて悼ましい空気を切り裂くようにアステムの怒声が響き、次の瞬間、彼はの首を絞めていた者を殴り飛ばした。
解放されたは地に倒れて咳を繰り返す。
そんな彼女を再び捕らえようとする手が伸びてきた。

に触るなっ!
 ……お前たち、皆、殺してやる……っ!!」

 冷静さを欠いたアステムの口から発せられた声には目を見開いて身体を起こした。
なんてこと――と彼女は思わず言葉を漏らす。
美しかった彼の緑の瞳の中心には紫の火が揺らめいていたのだ。

「アステムさん、やめて! その人たちはレラの村人ですっ!!
 殺すなんて悲しいこと言わないで……っ! 魔硝石に心を呑まれてはダメっっ!!」

 は村人にレイピアを向けたアステムに抱きつき、必死になって呼び掛ける。
彼は彼女の声にピクリと反応を示した。
しかし、攻撃的な態度は少し収まったものの、その瞳には村人しか映っていない。

「カイトさん、アステムさんが――っ!!」

 このままではアステムを止められないと思ったは、カイトに助けを求めた。
だが、村人に囲まれたカイトは腰が抜けたように地に尻をついていた。
彼の瞳もまた紫色の火が点っている。

「……父さん、俺は……俺は、サーシャや母さんを殺したかったわけじゃない!
 俺はっ……いや、俺が……二人を……」
「カイトさん!?」

 彼は幻覚を見ているようだった。
自分を取り囲んでいる村人たちが父親に見えるのか、カイトは怯えた様子で頭を抱えている。
そんなカイトとアステムの様子を見たは自分が襲われた時よりも激しい恐怖に怯えた。
このままでは全滅してしまう――と彼女は直感的に思う。

「――誰かっ……誰か二人を助けてっ!! 」

 目から涙を零し、は辺りを見回しながら叫ぶ。
それでもその場にいるものは彼女以外、誰も正気を保つ者はいない。
 アステムは今にもの腕を振りほどきそうであり、カイトは肩を震わせて頭を抱えたまま。
そんな彼らを目前にした村人たちは地面に落ちている木の枝や石を拾いながらじわじわと近づいてくる。

「誰か、カイトさんとアステムさんを助けて……っ!
 ――リットンさんっ……キャスカぁっ!!」

 は悲痛な叫び声を上げ天を仰ぐ。
すると彼女の声に応えたように辺りに幻想的な光が広がった。

「……無事か?」
「待たせたね、子猫ちゃん」

 見慣れた二人の背中が目の前に現れたのを見て、は全身の力を奪われるように地面にへたり込んだ。
それと同時に今まさに襲いかかろうとしていた村人たちが地に倒れていく。

「リットンさん、キャスカ……ありがとう」
「なんとか間に合ったようだな」

 振り向いたリットンの瞳は紫色をしていた。
その姿と口調で魔物化しているとは悟る。

「リットンさん、その姿……」
「ああ。予想していた通り魔硝石の塊を食らった魔獣が村で暴れまわっていてな。
 森を抜けた途端に魔物化した。こんなに早く魔物化したのは初めてだ。
 魔獣から漏れる魔硝石の魔力が半端なく強い証だろう」
「その魔獣は?」
「オレとリットンの二人でも相手をするだけで精一杯だった。やっぱりギルドに要請して隊列を組んで戦った方が良い」
「そう」
「……ともかくあいつらと眠らせた村人たちも連れてここから離れるよ」
「うん」

 そうしてはカイトとアステムを背負って引きずるように移動させ、リットンとレディネスは数回に渡って村人たちを移動させた。
苦しそうに眉間に皺を入れて朦朧とした状態の二人を地面に横たえる。
 先程の状況が目の前にちらついた。
紅色水晶の所へ行った時に見せた弱々しい表情で怯えるカイト。
魔硝石で理性を失った人間へ怒りを向けたアステム。
二人とも普段は表に見せないから忘れてしまいがちだが、心に癒えない傷を抱えているのだ。
その傷がある為に魔硝石の影響を受けてしまったのだろう。

「――私が様子を見に行こうなんて言わなければ……」

 水筒の水で濡らした布でカイトとアステムの顔を拭いてやるの目から涙が零れる。
その涙は彼らの顔に跡をつけ、意識を取り戻させた。
目覚めた彼らは正気を取り戻し始めたようで瞳の色が元へと戻っていく。

「……う」
「大丈夫か?」

 レディネスがアステムの傍らにしゃがみ込む。
アステムはそんな彼から目を逸らした。

「……魔硝石のせいだよ。気にするな」

 いつになく優しい口調のレディネスの言葉が沁み入ったのかアステムは静かに涙を流す。
そして一言、すまないと小さく呟いた。
 一方、カイトの方はリットンに乱暴に起こされ、背中を叩かれていた。
彼らの心に縛り付けられた十字架を下ろしてやることはできはしないと誰もが分かっている。
けれどそんな心に寄り添いたいと思う気持ちは皆が持っていた。

「――早くギルドに知らせないと」

 は未だに赤黒く燃えている空を見つめる。
今から至急マラダイに戻りギルドに連絡して、馬車を使ったとしても3日はかかるだろう。
特にレラ付近は整った道はないので結局馬車を降りての移動になってしまう。
その間に残りの村人たちは全滅しているかもしれないし、更に被害が広がるかもしれない。

「オレが行く方が早い。お前たちはとりあえず来た道を――」

 レディネスは話の途中で口を噤んだ。
も只ならぬ気配を感じて身を固くする。
身体が引きつけられるような妙な感覚。
そしてモヤモヤとした気持ち悪さを感じる。

「――石は外れだったが……良い土産を見つけた」

 その場にいたメンバー全員はゾッとした。
何故なら背後から聞こえてきた声は、そのものだったからである。







たはは…本当に久しぶりの更新で……すみません(´д`、)
文章の書き方が変わってそうです。
さて、ぼちぼちアステムとレディネスのイベントがやってきます。
それで皆の秘密は解放ということになります。そしたら三章は終わりです。
四章はもう即行エウリード城(笑)に乗り込んであとはエンディングなので……
よし、頑張って今年中には終わらせたい!てか最低サイト6周年(11月)には終わりたいです。

…というわけで、次回は分岐…するかもしれません。
一ヶ月一回更新目指してなんとか励みますので是非また遊びにいらしてくださいね^^

吉永裕 (2011.5.15)


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