目の前にいたのはキャスカから元の姿に戻ったレディネスだった。
そして「あー、キャスカでいいよ。別に」と子どものように目を逸らして言った。

「でも、本当の名前が……」
「いいって。あんたが名前をつけてくれたってことがオレにとっては意味があるんだよ」
「え……?」
「ま、気にするなって。呼び慣れた名前の方がいいだろ。あと変に萎縮せず普通に話してよ」
「はぁ……」

 そう言うと、彼はズカズカと部屋の中に入ってきた。
何なのこの人、と思いながらもは尋ねたいこともあったので何も言わず椅子を引いてどうぞ、と手を示した。
レディネスはその椅子に浅く座って足を組み、寝転がるような体勢で背もたれに背中を預ける。

「……ねぇ、キャスカ。前にサンティアカで会ったよね?」
「そうだね。覚えててくれたんだ」
「そりゃ、不思議な人だったから。あの時に正体を教えてくれたらよかったのに」
「んー、そりゃ無理だね。元々、正体をバラすつもりはなかったし。
 エウリードの施設を占拠して、確実に頭の中から機械を取り除けるって確証を得てから
 あんただけ連れて極秘にチップを除去して何事もなく元の生活に戻してやるつもりだったんだぜ?
 なのに暴走するから、仕方なくあいつらにも正体晒すことになっちまうし、あんたにも知られちまうし……はぁ、オレの計画が台無しだよ全く」
「……ごめんなさい」

 彼の言葉にはうな垂れた。
自分は色んな人を面倒に巻き込んでしまったのだ。今まで無自覚だったことが非常に悔やまれる。
本当なら皆の前から消えてしまった方がいいのかもしれないとも考えたが、
このまま自分の記憶の所々に穴が空いたような状況で1人で生きていくのも正直なところ怖かった。
更に、もしかすると今一番自分のことを知っているのはこのレディネスではないかとは思う。
彼の知っていることを全て教えてもらったら、時々訪れる不安な気持ちは和らぐのではないかと。

「あの、良かったら貴方が知っている私のことを話してもらえないかな?」
「……今話しても、頭も心も整理しきれないと思うんだけど」
「それでも早く知りたいから。自分が一体何者なのか……」

 彼女の今にも息が止まりそうなほどの深刻な表情を目の当たりにしたレディネスは、
ため息をついて頭をガリガリガリと数回掻き、渋々口を開く。

「じゃあ、がこの大陸に来てからのこと、話してやるよ」
「うん」

 左手で頬杖をついて頬の肉を歪めながら、彼は眠そうな表情で話し始めた。
そんな彼とは反対に、は拳を握り締めて膝の上に置き、食い入るように見つめて話を聞く。

「まず、最初に知っといて欲しいのが……あんたの記憶は殆ど改竄されてるってこと」
「改竄って……」
「これに関してはオレも謝んなきゃいけないんだがな……。
 ま、オレに会うまでの記憶がツクリモノだっていうのを踏まえて、最初から話すよ?
 あんたはサウスランドに住んでいた。が、魔力の強い者を探していたエウリードに見つかり、この島に連れてこられた。以上!」
「以上って……っ!それだけじゃ全然分からないわよ!!」

 話を短く終わらせようとした彼に、は声を荒げた。
彼女の反応が予想通りだったのか、レディネスは少しクスっと笑ってみせる。
しかしすぐにその笑みを消した。

「じゃあ、続きを話すけど。オレは実際に全部見たわけじゃないから、推測の部分もあるからね。
 ――この島に連れてこられたあんたは、まず命令を聞きやすくする為にそれまでの記憶を全て消された。
 その後、細胞を採取されて頭に催眠用の機械を埋め込まれたわけ。
 完全にあんたを機械化しなかったのは、機械化することであんたの魔力が無くなってしまうことを恐れたからだと思う。
 部下の話だと、機械化された人間は殆ど魔力を失っているそうだからね。そうなったら、あんたを攫ってきた意味が無くなる。
 それで、先に複製の方を機械化して魔力がどうなるか試すつもりだったんだろう。
 だが、オレがその隙にあんたを施設から連れ出した。
 その時はあんたの頭にそんな機械が入ってるなんて分からなかったから、
 良かれと思ってあの施設でのことを一切忘れるように催眠をかけたってわけ。
 そしたら今までの記憶が殆どなくなってるもんだから相当焦ってさ、とりあえず記憶が戻るまであんたが混乱しないように、
 この大陸に来る少し前からオレが助け出すまでの間の偽の記憶をオレが催眠で刷り込んだんだよ。
 その後、エウリードの催眠波と二重催眠の効果がバラバラに解けてきた影響で記憶が混同して、次第にあんたが情緒不安定になっちまって……。
 ――結果、最悪な状況になっちまったってなわけ。 こんなことなら全く記憶のない状態のままにしとくんだったよ」
「あ、それじゃあ、傭兵になる為にこの大陸に来たって言う記憶は……」
「オレの作った記憶」
「サウスランドで井戸を掘ったり掘削機を使ったりした記憶は?」
「それは事実」
「そう……」

 浮かんでは消えていく曖昧な記憶の欠片が必ずしも確かなものではない――これまで薄々感じていた予感が当たり、は力なくうな垂れた。

「あー、あのさ、操作された記憶は全部片付いたら戻してやるし、
 それに人為的に戻す前に自力で戻ることもあるんだから、そんな落ち込まなくてもいいと思うよ。
 それよりも、深層心理に働きかけるその機械の方がよっぽど厄介だね。
 あんたが普段無意識のうちにセーブしてる力を使ったら、潜在魔力の桁が半端ないあんたにはそこら辺の奴じゃ敵いっこないんだから。
 それに操られてる状態じゃ身体能力もぐっと上がるしね。ホント、オレが止めてなかったらあの3人死んでたよ。
 全然反撃するつもりも逃げるつもりもなかったし、ひたすら防御して呼びかけてばっかで」
「え、そうなの? 皆、私のこと最後まで止めようとしてくれたんだ……」

 仲間たちの優しさにジーンと胸を打たれながらも自分がいかに彼らを危ないことに巻き込んでしまったかを知り、再び落ち込む。
しかしはパッと顔を上げた。

「でも、キャスカは私を止めれたのよね? だったらもし今後、こういうことがあったら何をしてもいいから止めて頂戴」
「何をしてもって……殺してもいいってこと?」
「うん。皆を傷つけるのだけは絶対に嫌――」
「ふざけんなよ」
「え?」

 ガンと彼がテーブルを蹴飛ばす。
それに驚いては思わず体を仰け反らせた。

「あんたの為にあいつらはエウリードの施設まで行くって言ってんだよ。
 殺されかけてもあんたに傷ひとつつけようとしなかった奴らの気持ちを無視して、あんたを殺せって?
 それに今までオレのしてきたこと全部、無駄にしろって言うわけ?」
「あ……、ごめん」

 彼の言葉にどれほど自分が自分本位の考え方しかできないかを悟った。
そして今まで彼らがどんなにか自分を大切にしてくれたかを思い出す。

「そう、だね。うん、じゃあ殺さない程度に止めて」
「……ふん。分かったならいいけど」

 そう言い、彼は立ち上がり窓辺へ歩を進める。

「でもまぁ、オレを頼ったことは褒めてやる。
 ――安心しなよ。も、ついでにあいつらも本気で危ない時は守ってやるさ」

 月を背に振り向いたレディネスの赤い瞳はとても妖しく神秘的だったが、彼の目に嘘はないと確信した。
今までキャスカとして一緒に過ごしてきたという信頼感もあるかもしれないが、それ以外にも彼には安心できるだけのオーラを感じるのだ。
普段はだらしのない態度だけれど、恐らく実際は巨大な力を持つ者なのだ、という直感があった。

「でも、どうして貴方は私の為に色々なことをしてくれるの? 私が思い出せていないだけで、昔からの知り合い……とか?」

 がそう言うと、彼は複雑そうな表情で首を振った。

「いや……まぁ、なんていうか。たまたま放蕩旅行してたらあんたが攫われてく現場を目撃しちゃってね。
 あんたがオレのモロ好みの顔だったし、暇だったから追跡して、んで今まで傍にいたわけ」
「は……? どこまでが本当で、どこからが冗談なの?」
「んー、半分は冗談」

 それでは半分は本当ということなのかな、それにしてもどこが本当なんだろう――と思っていると、彼は窓の外を見てビクッと身体を揺らす。

「どうしたの!? 何かあった?」
「――というわけで話は終わったし、失礼するよ」

 の問いかけには答えず、突然、ピシッと姿勢を正してキリッとした表情になった彼はそう言って、
二階であるにもかかわらず勢いよく窓から飛び降りた。
驚いては窓辺に駆け寄る。すると――

「やぁ、そこの美しい君。オレと一緒に夜明けの空を眺めない?」

 キリッとした表情のまま、レディネスは道を歩く女性に声をかけていた。
そんな活き活きとした彼を見て、それまで瞼も目尻も垂れてやる気のない表情をしていたのが嘘のようだ、とは思う。
もしかすると、今まで時々キャスカがフッといなくなっていたのは女性をナンパする為だったのだろうか、という考えが浮かんで、
は緊張していた糸がプツリと切れたように窓辺に手を置いたままへなへなと床に座り込んだ。

「今まで誰よりも一緒にいたし、自他共に認める仲良しコンビだと思ってたのに……なんか寂しいなぁ」

 そう呟き、床に座ったまま窓の外を見上げる。
サンティアカを出た時は満月に近かった月が、今は下限の月に変化していた。
 それでも、記憶のことが分かって良かった。
自分の本当の記憶……いつか……必ず取り戻してみせる。
 小さく頷くと立ち上がり、は最後までエウリードや作られた自分と戦う覚悟を決めた。










〜missing  第2章 終〜



(当たり前ですが、第3章へと続きます^^;)

第1章が終わってから1年と少し経ってやっと第2章終了です……^^;
今回も終わりらしくない終わりです。
丁度1章と同じく14節で終わりました。全然計算してなかったんですけど何かこういうピッタリなのって嬉しいです。
A型だからでしょうか(;´▽`A``

まぁ、長くなるから分けただけで話はずっと続きます。
タイトルをつけるとすれば、

第1章 はじまり
第2章 疑惑
第3章 ヒトの脆さ、ヒトの強さ
第4章 終幕、そして未来へ

こんな感じっすね……。


さて、今回初めてと言っていいのかはちょっと微妙ですが、まぁ初のレディネスとしてのルートです。
レディネスイベントは第3章の最後の予定なので、まだまだぎこちない関係ですが
少しずつ近づいております。

第3章はこのすぐ後の出来事から始まります。
また第1章のようにどこかへ出かけることが多くなると思います。
内容が単調にならないように、所々で設定を出しつつ、第4章に向けて走り続けたいと思います!

まだまだ続きますが、今後もmissingを宜しくお願いいたします☆


吉永裕 (2008.9.7)


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