第2章  第11節




「――仕方ない……眠れ」

 突然、目の前に現れた男がすっと手を上げると、はバタリとその場に倒れた。
その光景をカイトたちは呆然と見つめる。

「一体、何がどうなってんだ」

 そう呟く彼はこうなった原因を探ろうと、先程の出来事を最初から辿ることにした。



 関所を越えた次の日。
目的の施設が微かに見える野原でピタリとが足を止めた。

、どうした? 具合でも悪いのか?」
「……っ……あたまが…痛い……っ――頭の中から声がする、いっ、いや!!!」

 魔王軍領に入ってから少しずつ頭が疼き始めていたが、突如、右の側頭部が波打つように激しい痛みに襲われた彼女は頭を抱える。

「大丈夫かい?少し休もうか」
「何か冷やすものを――」

 しかし、リットンとアステムが彼女に近寄った瞬間、彼女から放たれた殺気に足を止めた。
辺りにピシッピシッと草花が切り裂かれるような音が聞こえてくる。

……どうし――っ!?」

 言葉を言い終わらないうちにはカイトに向かって切りかかってきた。
突然襲ってきた彼女の刀を避けて、彼はもう一度、呼びかける。

っ! どうしたんだよ! 聞こえないのか!?」
「……コロス」
「え――」

 彼女の口から機械的に発された言葉に驚き彼女を見ると、目は焦点が定まっておらず虚ろである。
しかしそんな人形のように見える彼女からは依然殺気が発せられており、先程の太刀筋も鋭いものだった。

「おい、近くに幻術でも操る魔物がいるのか?」
「いや、魔物の気配は全く感じない」
「しかしのあの様子は――」
「っ危ねぇ!!!」

 3人に向かって放たれた炎を散り散りになって避ける。
火柱の上がった一帯の地面は深く抉れて、辺りの草も全て消し飛んでいた。

「あいつ、炎の魔法も使えるのか?」
「雷魔法が使えるのだからそのくらい容易いだろうう。
 ……が、普段はかなり力をセーブしているようだね。威力が半端ないな」
「一番敵に回したくない奴かもしれない」

 飛んでくる石や草の切れ端に顔を顰めながら3人はに目をやった。
明らかに彼女の目は、誰かに操られているか混乱魔法にでもかかっている時のものである。

「どうしたら正気に戻せると思う?」
「術者がいるならそいつを倒せば何とかなるが……」
「この野原にいるのは私たちだけだからねえ」
「かといってあいつをぶん殴るわけにもいかないし……っくそ!」

 そう言ってカイトがに目をやると、彼女の口は詠唱を始めている。
しかし――

「ぃや………傷つけたくない……」

 無表情なままは涙を流した。
彼女も何かと戦っているように見える。

――」

 皆がに駆け寄ろうとした瞬間、彼女の右手に青白い雷が召還された。
その魔力のあまりの強さに辺りが歪んで見え、バリバリと音が鳴り響く。

「…っダメ……皆、逃げて――っ」

 の声と共にカイトたちに迫り来る雷魔法。

「カイト、後ろに下がれ! アステムは補助魔法を!!」
「分かった」

 前にリットンが飛び出し前方に魔力を集中して分厚い氷の壁を作ると、アステムが3人の周りにバリアを張る。
しかし次の瞬間、雷と共に黒い影がリットンに向かってきた。

、やめろっ!」

 両手が塞がっているリットンに切りかかろうとしていたの刀を、カイトのトンファが弾く。
だがそれと同時に体に痺れるような痛みと焼けるような熱さがカイトに走った。
氷の壁とバリアによって威力を落とし直撃は免れたものの、雷魔法の衝撃で彼らは地に膝をつく。
そんな彼らに刀を向けるの目からは涙が止まらない。

「……に…げ………て」

 微かに動く唇がそう言っている。
それでも今の彼らは動ける状態ではないし、彼女をそのままにして逃げられる筈もない。

「――仕方ない、……眠れ」

 その時、音もなく彼らの前に黒いコートの男が現れる。
そうして手を上げると、は力を奪われるようにして地に倒れた。

「一体、何がどうなってんだ」

 その様子を地に伏したまま見つめていたカイトは思わず呟く。

「――っていうか、お前は誰だ?」

 倒れているを抱えあげた男に向かって尋ねても彼は黙ったままである。
しかしゆっくりと起き上ったリットンが口を開いた。

「……君、キャスカじゃないのかい?」
「え?」

 驚いたカイトがキャスカと呼ばれた彼を見ると、彼は軽く頷いてみせる。

「そういう名前もあるけどね。でも、それはが付けた名前」

 少し垂れた目尻の下に赤いラインのあるその男は、見た目よりも幼い口調だった。

「――本当の名前はレディネスだ」

 アステムがそう言うと、レディネスと呼ばれた男は彼に向かって「しっ」と人差し指を口に当てる。
どうやら謎の男とアステムは知り合いらしい。

「それはそうともこんなだし、とりあえずお前たちが目指していた施設とやらに行こうか。
 ここにいても魔物が寄ってくるだけだし」

 そうしてスタスタとレディネスとやらは歩いていく。
状況は飲み込めなかったが、とりあえず3人は彼の後について行くことにした。











急な展開で「あれ私1話、読んでないんじゃない?」と思われた方、すみません^^;
大丈夫です、話は順調に(?)進んでおります。
でも、いきなりすぎて意味不明でしょうか…。
突然のヒロインの異変の理由は次…でわかるかな(´Д`)
レディネスの正体も…いずれわかるかと。

あ、ちなみにアステムの補助魔法はドラ○エでいうところのフバーハみたいなイメージですw

まだまだ長いですが…^^;
ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました!


吉永裕 (2008.7.16)


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