第5節


 カーテンの隙間から漏れる光では目が覚める。
自分の頭付近で寝ていたキャスカを撫でて挨拶をすると勢いよく起き上がり、支度を済ませた。

「よし!朝食作ろう!!」

 腕まくりをしては1階に下りて行く。
昨日は夕食前に少し一休みしようと思っていたら寝過ごして、夕食の準備に参加できなかったので、朝食くらいは作らねばと思っていたのだった。
 在庫の調整などが分からない為、あまり材料は使わずにパン粥を作ることにする。
固いパンをスライスして鍋に入れ、ドライトマトを刻んで煮詰める。
器に盛ったらチーズをおろして粉にしたものと、自分の持っていたセージの葉を刻んで振りかける。
 そうしていると階段を下りてくる足音が聞こえた。

「おはようございます!」

 最初にやって来たのはリットンだった。

「あぁ、おはよう。おや、が朝食を作ってくれたのかい?ありがとう」
「いえいえ!大した物は作れないんですけどね」

 朝から爽やかな彼にそう言い、は出来上がった朝食をテーブルに並べていく。

「おはよう」

 次に現れたのはアステム。

「おはようございます!アステムさんはコーヒー派ですか?紅茶派ですか?それとも緑茶派?」
「……ミネラルウォーター」
「ちょっと待っててくださいね」

 は保冷庫の中からミネラルウォーターの入ったボトルを取り出し、アステムのグラスに注ぐ。

「リットンさんは?」
「私は紅茶を頂くよ」
「わかりました。……あ、カイトさんは?」

 辺りを見回してもカイトはまだキッチンには現れない。

「あいつは朝が弱いからまだ寝ている筈だ」
「そうなんですか。じゃあ無理に起こさない方がいいですか?」
「構わないだろう」
「じゃあ起こしてきますね!」

 そう言ってはカイトを起こしに行った。
しかしながら、彼の部屋のドアを数階ノックするが反応はない。
仕方がないのでは彼の部屋に入ることにする。
 彼の傍まで来たは良いけれど、寝ているカイトは物凄く険しい表情をしている。
どうやら魘されているらしい。何か良くない夢でも見ているのだろうか。

「カイトさん、朝ですよ。食事にしましょう」

 魘されていることもあってはカイトを揺らし強引に起こそうとする。

「……っ!?」
「カイトさん?大丈夫ですか?」

 ガバリと目を覚ましたカイトに声をかけると、彼は呆然と声の方を向いた。

「……何だ、お前か」
「すみません、驚かしちゃって」

 そう言うの目線がカイトの顔から首元へと下がっていく。
いつもロングマフラーをしているカイトの首の付け根から胸にかけて大きな傷跡が残っていた。

「起こしてくれてサンキュな。すぐに行くから先に戻っててくれ」
「はい……」

 その傷のことには触れないまま、カイトに部屋を追い出されたので何も聞けず、はキッチンへと戻った。
むやみやたらと人のプライバシーに首を突っ込んではいけない、そう思いながらも彼の傷跡が頭から離れない。
それでもこれから先、ずっと一緒に仕事をしていればいつか話してくれる日が来るかもしれないと思い、気持ちを切り替えることにした。



「じゃあ、出発するか」
「はいっ!」

 朝食を取るとたちはアローア洞窟へと向かった。
前回と同じく洞窟に着くまでに多くの魔物が一行の行く手を阻む。

「……そう言えば、は俺たちとパーティ組んで良かったのか?
 何か勝手にこっちで決めちまって、お前の意見を聞いてなかった」

 カイトがトンファで魔物の攻撃をガードしながらこちらに話しかけてくる。
も攻撃を避けながら「はい」と答えた。

「勿論、私は誘っていただけて嬉しかったですよ」
「ならいいんだけどよ」
「……お前達、話をしている余裕があるならもう少し魔物を倒してくれ」
「す、すみません!」
「うるせぇなぁ。わかったっつーの」

 アステムに注意され、慌てて敵と真剣に対峙する2人。
は仲間になって間もないが、確実に彼らのことを好きになっていた。


「――やっと着いたな」
「思ったよりも時間がかかった」
「本当にいるんですかねぇ」
「気配は感じないが……」

 一行らは紅色水晶の浮く泉にようやくたどり着いた。
前回来た時は何も感じはしなかったけれど――と、が言おうとしたところにアステムが手で制した。

「紅色水晶が魔物の気配を消している気がするな。水の中で微かに動く音が聴こえる」

 静かにアステムは耳をそばだてる。

――散れ!」

 アステムがそう言うのと同時に物凄い勢いで泉の水面が洞窟の天井まで跳ね上がった。

「キシャアアアアア!!」

 洞窟全体が震えるような大きな雄叫びを上げて現れたのは、頭が8つもあるヒドラだった。
それぞれ長い首がうねうねと動き、全ての目が鋭く一行を捉える。

「……あんな魔物を見るのは……初めてで、私、どうしたら」
「まぁ、B級レベルの任務とは言い難いが……四対一だし、何とかやるしかねぇだろ。自信ないならあんまり前に出るなよ、
「……はい」

 を庇うようにカイト、アステム、リットンが彼女の前に立つ。
何だかそれだけでも心強い気がした。

「そういや、。お前、魔法とか使えるのか?」
「簡単なものしか……」
「おっ、新人のくせに優秀じゃねーか」

 そう言うとカイトは手にしていたトンファーを鞘に戻した。

「わりぃ、。あんまり前に出るなっつったけど、ちょっとアステムたちと一緒に時間稼いでくれ。
 でも、無理はすんじゃねーぞ」
「は、はい」

 そう言うとカイトは他のメンバーより少し下がる。
はよく分からないけれども、カイトの前に出て長い刀を抜いた。

――はぁっ!」
「ギギギィッ!!」

 リットンの放つアイスの魔法でヒドラの首の1本は凍り付き、その反動でヒドラは身体をうねらせた。
しかし残りの首が魔法詠唱後の無防備な彼を狙う。

「ボサッとするな」

 アステムの放った光を纏った矢がリットンに襲い掛かろうとしたヒドラの目に命中し、もう1本の首もうめき声を上げ、ジタバタと身悶えた。
しかし暫くすると、他の首から魔力が流れてくるのか、ヒドラの傷口は徐々に再生していくように見えた。

「……全部の首を同時に切らねば絶命しないようだな」

 そんなアステムの言葉を聞くと、は目を瞑って持っていた刀を地面に突き刺し、
右手で左手首を掴み、掌に精神を集中させた。
 ピシッピシとの周囲から何かが弾けるような音が聴こえ、少しずつ彼女の身体全体が光を帯びていく。

「……っ!」

 カッと目を開くと、彼女の身体から掌に青白い光が集まり、その左手が洞窟内で妖しく光る。

「ギャアオオゥッ!!」

 その光に気づいたヒドラの首たちがに向かって襲い掛かってきた。
それを確認し、は右手で地面に突き刺した刀を抜き両手でしっかりと柄を持つ。

「皆さん、下がってください。――斬りますっ」

 彼女の左手にあった光は刀へと移っていく。
アステムたちはから発せられるピリピリとした魔力と彼女の迫力に負け、息を呑んで行動を見つめていた。

「一振雷撃――!!」


 稲妻にも似た轟音と稲光のような一筋の光が走ったかと思うと、次の瞬間、ヒドラの頭が次々と地面に落ちていった。

「……凄い威力だな」
珍しい、雷使いか」

 リットンとアステムは地に片膝をついて肩で息をするを驚きの表情で見る。
しかし後ろで大きな影が動いたのに気づいて2人が叫んだ時には、頭を失っても尚、うめき続けるヒドラが彼女を押しつぶさんとしていた。

、あぶな
――

 我が身を庇うようにして身を縮めたは思わず目を閉じる。
だが「パァン!」と突如、洞窟内に響いた銃声に彼女は顔を上げた。
 すると目の前のヒドラは業火に包まれていた。
その身体がぐらりと揺れ、そのまま泉のほとりに崩れ落ちる。

「……カイトさん?」
「わりぃ。久しぶりだったんで銃の組み立てと弾の充填に時間がかかっちまった」

 そう言ってカイトは構えていた大型の銃を下ろした。

「……どうせ整理整頓してなくて火炎弾を捜すのに時間がかかったんだろう」
「う……」

 アステムの言葉にカイトは固まる。

「でも、カイトさん。どうしていつも銃を使わないんですか? トンファーよりもずっと強力なのに……」

銃 から使っていない弾をさっさと取り出し腰の小さいバッグに入れ、分解した銃をヒップバッグにしまう彼には素朴な疑問を投げかけた。

「……んー……。俺的には殴る感覚が好きなんだよな。こう、相手へのダメージとかが感触でわかるし。
 でも、あんなデカイ獲物相手にチマチマ殴ったってどうってことねーだろ?だからこういう時だけ、銃使ってんだよ」
「ふーん。殴る感覚が好きだなんて……結構野蛮ですね」
「うるせ。っていうか、お前の魔法すげーな。雷の魔法、こんなに近くで見るのは初めてだぜ」
「そうなんですか?最近、習得したんですよね。でも、アレを使うと物凄く疲れます……」
「うにゃ」

 急に眠たそうな顔をするの肩に、今まで空を飛んで戦いを傍観していたキャスカが乗り、ゴロゴロと喉を鳴らして甘えてきた。

「……キャスカ。お前も少しは戦えよな。何か、お前強そうな気がするし。何か魔法出してみろよ」
「うなー!」
「いてっ!」

 カイトに肉球を握られたキャスカがカイトの手に噛み付いた。
そしてパタパタと再びキャスカは空へと舞い上がり、カイトはそんなキャスカを追いかける。

「……それくらいにしろ。魔物退治は終わった。サンティアカに戻るぞ」
「そうだな。今日は疲れたよ。早くラベンダーの香りのするお風呂に浸かりたいね」
「リットン。何度も言うが、俺より先に風呂に入るなら、花を風呂に浮かべるのはやめてくれ。
 ベタベタ身体に花弁がくっついて気持ちわりぃんだよ!」
「何故だ、カイトよ。花の香りは心も身体も癒す。こういう魔物を殺めた時こそ必要なのだぞ!」
「……だから早く帰るぞ」

 そんなこんなで真剣な雰囲気からいつもの調子に戻った彼らは、任務終了の証としてその場に落ちていたヒドラの爪を袋に入れると洞窟を後にした。





今回もmissingは分岐ナシです。すみません。
前回、分岐したので期待して読んで下さった方にはもう、大変申し訳ありませんでした!!

しかもやたら擬態語や擬音語、「!」が多くて意味不明ですみません。

さて、魔法唱える時って「ファイア!!」とか言うんですかねぇ。
……そういうのってゲームとか漫画じゃ許せるんですけど、小説という字だけで表現する場合は
何か物凄く情けなく感じるというか……。私だけでしょうか……?

でも、さすがに全部「はあぁっ」とかでも暑苦しいと思ってそれらしい単語を言わせてみました。
主人公は日本刀のようなものを持っているつもり。だから魔法というよりも剣技って感じで和風な名前にしてみました。

雷は大嫌いなのですが、雷のように青白く素早い、という設定は結構好きなので、
三国無双夢でも使っている表現です。使いまわしてすみませんでした……。

それでは、分岐を楽しみにしてくださっている方々には大変申し訳ありませんが
次回こそは分岐するようにしますので、どうぞ、またいらしてください。


ここまで読んでくださってありがとうございました!!


吉永裕 (2006.1.27)




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