「……はっ!」

『スパッ』

 庭にある木からはらはらと落ちる1枚の落ち葉が2枚に分かれる。
静かに刀を鞘に戻した。
そこで集中力が切れ、険しい表情が穏やかなものに変わる。

「アステムさん、どうかされました?」

 そう言っては笑顔で後ろを振り向く。
こめかみを汗が伝っているのを感じて彼女はそっと手の甲で拭った。

「……いや、只ならぬ気配を感じたので来ただけだ」

 そこにはアステムが立っていた。

「只ならぬなんて……光栄ですね!」
「どのくらい剣を習っていた?かなり扱いに慣れているようだが」
「うーん……。棒の素振りの訓練から数えたら10年くらいですかねぇ。 昔からお転婆だったので。
 でも……最近はなんだか物忘れが激しくなったみたいで、あまり昔のことを思い出せないんですけど」

 頬をぽりぽりと掻きながらは重ねられた薪の上に腰掛けた。
そして前髪をかきあげながらポケットから取り出したハンカチで額の汗を拭う。

「アステムさんは、傭兵になってどのくらいなんですか?」
「50年くらいだ」
「50……!? あ、そうか。アステムさんはエルフでしたね」

 エルフは人間よりも長生きだ。それに魔力も高い。
昼間、弓だけでなく魔法を使って魔物を撃退していたのを思い出す。

「生まれはこの島なんですか?」
「あぁ。魔王軍の敷地内にあるシレトアの森だ」
「へぇ、じゃあ、そこにご家族とかいらっしゃるんですか?」
「……そう…………だな」
「そっかぁ。皆、アステムさんみたいに美形なんでしょうね。いいなぁ」

 一瞬、アステムの表情が強張ったが、それに気付かずは首を傾けて弾けるような笑顔を見せた。
そんな彼女に少し表情の緊張を緩めるアステム。

「……お前は、どこから来たんだ?」
「私は隣のサウスランド大陸から来ました」
「傭兵になる為にか?」

 サウスランド大陸――先日、カイトたちが任務で訪れた大陸だ。
殆どが砂漠の大陸で、この大陸とは気候も文化も何もかもが違う大陸。

「はい!ずっと話は聞いていましたから。人の為に働く傭兵になるのが夢でした」

 そう言うの瞳は強く光を放っている。

「……そうか」

 静かにアステムは微笑む。
目の前の少女の瞳は、初めて出会った頃のカイトやリットンをアステムの脳裏に呼び起こした。

「今度、剣の手合わせでもするか」
「わ、私でいいんですか!? 宜しくお願いします!!」

 バッと立ち上がり、はアステムに向かって深々と頭を下げた。

「これから、宜しく頼む」

 穏やかな顔で彼はそう言うと、静かにその場から立ち去った。
何だか本格的に仲間として受け入れてもらえた気がして、は嬉しさで暫く笑っていた。






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