第3節
アローア洞窟の中から冷たい空気が漏れている。
アローア洞窟の奥には、紅色水晶という一般的に売られている天然石の大きな原石が不思議な力で浮いている泉がある。
その泉に紅色水晶の小さな欠片が落ちているのだ。
そこで、いつの頃からかそれを取って戻ってくるのが傭兵の採用試験とされてきた。
更に、比較的大人しい魔物たちが生息しており、洞窟内もそこまで迷うこともない程の道のりなので、大抵の者が楽々とクリアしていた。
勿論、カイトたちも途中に出会う魔物をあっけなく倒し、洞窟の奥の泉まで到達していた。
「――これが紅色水晶」
「あぁ。いいか、浮いてる石に触ろうなんて思うなよ」
「はい、わかりました」
は泉の中央に浮いてひっそりと輝いている紅色水晶を見つめる。
今まで何度も盗人達がこの石を盗みに来たが、悉く失敗していた。
石に触れたある者は失明し、ある者は幻覚に襲われ、またある者は手を失った。
そうして今では、誰もこの不思議な宙に浮く石に触れる者はいなくなった――リットンは静かに傭兵たちの間では誰もが知っている話をする。
「泉の淵に紅色水晶の欠片が落ちてるだろ?それを1つ持って帰るんだ」
「はい」
そうしては小さな欠片を拾い、袋の中に入れた。
「傭兵登録ですか?」
「はい」
紅色水晶の欠片を手に入れたたちはサンティアカに戻り、傭兵組合にやってきていた。
傭兵組合には3つの窓口がある。
1つは「傭兵登録窓口」、2つめは「苦情・相談窓口」、3つめは「登録削除窓口」だ。
その中のひとつ、登録窓口に立っているは緊張気味である。
「傭兵認定の証をお持ちですか?」
「はい」
そう言って袋から紅色水晶の欠片を取り出し、窓口の男性に渡す。
「確かに、アローア洞窟の紅水晶ですね。では、登録を承ります。 登録者のお名前をこの名簿にお書きください」
「はい」
そうしては名簿に自分の名を書き込んだ。
緊張を抑える為かそれとも綺麗に書きたいからか、ゆっくりと確実に書いているように見える。
「これで登録は完了です。これから頑張ってくださいね」
「はいっ!」
彼女は心から喜びの笑顔を浮かべている。
こうしては晴れて傭兵の1人となった。
「皆さん、本当にありがとうございました!! おかげでスムーズに傭兵になることができました!」
「よかったな。お前、頑張ってたし……きっといい傭兵になれるぜ」
「ありがとうございます!」
深々とお辞儀をする彼女をアステムやリットンも穏やかな表情で見つめた。
「ま、ギルドまで一緒に行こうぜ。 どうせそこで今回の報酬も払われるし、ついでにお前に仕事の請け方を教えてやるよ」
「はい!お願いします!!」
そして傭兵4人はギルドへ向かう。
「よぉ、カイト。任務終わったか?」
いつものようにカウンターの向こうのパッシが声をかける。
「おう。思ってたより魔物が多くて往生したがな」
「そうか。やっぱり魔物が増えてるのか。ついに魔王軍が動き出したのかもな」
「そうだな。でもそれだったら次は帝国軍も動くだろ。 そしたら何かスゲー兵器とか作ってこの騒ぎもすぐ収まるよ」
「……兵器ねぇ。そんなモンがあるのが良いのか悪いのかよくはわかんねぇけどな」
パッシは奥に掛けられた古びた写真を眺めた。
その中にはパッシの兄が写っていた。
彼は魔硝石の研究をする為に設備のある帝国軍に入った。
しかし人手不足で兵器の研究に回され、そこで実験中に機械が暴走し、彼は死んでしまった。
それ以来、パッシは機械が苦手だ。
ギルド長で滅多に家にいない父親の変わりに自分を育ててくれた兄を機械に奪われたショックは幼いパッシに重い影を落とすこととなった。
「まぁ、そのことはいいや。……ほらよ、報酬と補助金だ。 ちなみに補助金は1度きりの支給だからな」
「何だ、1度だけかよ。まぁ、いっか」
パッシから1750リーンを受け取る。
金額を確認したカイトの手からリットンがお金の入った袋を取り上げた。
「で・も・な。新人をパーティに入れて仕事をすると、報酬が2割増額されるって制度もあるんだが」
の顔とカイトたちを見ながらパッシはニヤッと笑って見せた。
「ほぅ。……なあ、折角の縁だしをパーティに入れたらどうだい?」
「「え?」」
リットンの言葉にとカイトは驚きの声を上げた。
「俺は別に構わないが……でも、結構、俺たち危ない仕事もするぜ? この前は違う大陸に行ったし」
「まぁ、暫くは普通のレベルの仕事で我慢するんだな。ほら、若い傭兵の育成もお前らの仕事のうちってことだよ」
「……それもそうだな」
パッシの言葉に頷き、アステムはを見る。
新たな傭兵の確保と、その傭兵の育成。それが今のギルドに課せられた課題なのだろう。
「じゃあ、お前がよければ俺たちのパーティに入ってくれるか? 今回の仕事でお前の実力とか戦い方も何となく分かったし、やりやすいと思うんだ」
「はっ、はい!私でよければ、よろしくお願いします!!!」
そう言い、は勢いよく一礼した。
「というわけで、一件落着だな。 そうだ、新しい仕事来てたぞ。 またアローア洞窟の依頼なんだけどさ。
向こうの机に台帳置いてるから、その仕事で良ければサインして俺に見せろよ」
「おう」
そうしてカイトたちは依頼書を見に行く。
『依頼人:サンティアカ住人
依頼内容:アローア洞窟内に突如現れた魔物の退治
報酬:1700R』
「……ま、この仕事しかねーし、文句はいえねーな」
新たに4人のパーティとなったカイトたちはその依頼書に名前を記入していく。
正式に傭兵となり、更に仲間に入れてもらえて早速仕事に取り掛かることになったの胸は期待と不安で心拍数を増していた。
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