ナヲミが行方不明になって二日目。
は午前中の仕事を済ませてから捜索へ向かった。
信じていないわけではないが、昨日、別の所員が調べた場所を捜すことにする。
けれどもナヲミの姿も痕跡も見当たらない。
は泣きたい思いを堪えながら研究所に戻った。

 重い足を引きずりながら自室に戻っていると、中からを誰かを問い詰めているような声が聞こえてきた。
声の主は恐らくミカサだ。そして彼に詰め寄られているのはミュウだろう。

「ミュウ、貴方は何をしようとしているんですか!?
 こんな状況下でナナミのAL作業を進めているなんて」
「ミカサには関係のないことだよ」

 彼らの不穏な会話が耳に入ったはドアの外で足を止めた。
二人の会話に理解が及ばなかった。
何故、ミュウはナヲミがいなくなった状況でナナミのAL作業をしているのか。
何故、ミカサに対してあんな冷たい物の言い方をするのか。
は呆然とした頭で彼らの会話の続きに耳を澄ます。

「――ずっと何かがおかしいと思っていたんです。
 僕だけナナミの記憶がないことから始まり、過去を思い出そうとすると頭痛がすること、
 ちょっとした違和感を次第に違和感だと思わなくなっていくこと。
 …これまでは全部、ボクの脳に何か異常があるのかと思っていました。でも、そうじゃない。
 昨日、ナヲミを捜しに外に出た時に気づきました。
 あんな風景はあり得ない。しかもそのことに誰一人気づいていない、ですら。
 この状況は明らかにおかしいです」
「ミカサの気のせいだよ。きっと疲れてるのさ。
 一度、休みを取って健診を受けた方がいいかもしれないよ」
「いいえ、気のせいではありません。
 ……いい加減に目を覚ましてください。
 ここに僕やを呼んでまで貴方がしたかったのはそんなことなんですか?
 貴方の子どもじみた欲求を満たす為だけに僕らを呼んで、死んだナナミまで利用して!」
「――ミカサ。君は…全部気づいてしまったんだね。
 本当に、君は僕のことをよく分かってる」
「当たり前でしょう。ずっと貴方の傍で一番貴方を見ていたんですから。
 …ミュウ、どうか彼女をむやみに傷つけないでください。
 誰よりも貴方を心配し、信じているのは彼女なんですから」
「ミカサ、君には感謝してるよ。今までずっとボクの為に傍にいてくれたから。
 ……でも、もう君の力は借りない」
「ミュウ!!」

 会話はそこで終わり、誰かの足音が近づいてくるのが聞こえた。
は慌てて向かいの休憩室へ飛び込む。
 休憩室のドアに凭れた状態では自分の胸を押さえていた。
そうしないと動悸が激しく、口から心臓が飛び出そうな程に心臓が脈を打っていたのだ。
 ――何が起こっている?二人は何の言い合いをしていたのだ?
ミカサはこの状況はおかしい、と言った。ですら気づいていないと言った“あんな風景”とは何だろうか――と
は先程歩き回った時のことを思い返してみるが、特にひっかかるところはないと思った。
 けれど、ミュウがいつもと違うということは分かった。
ミカサがあんなに声を荒げて彼を心配しているのにもかかわらず、ミュウは彼を「もう君の力は借りない」と言ったのだ。
これまでずっとミカサのことを好きだと言っていたあのミュウが、だ。
 は何が真実で何が間違っているのか分からなくなってしまった。
しかしながらミュウがあんな風になってしまったのはナヲミがいなくなってしまったことに因る動揺のせいであって、
ナヲミが戻って彼の傍で一緒に生きてくれたらきっと彼はこれまで通りのミュウに戻る筈だ、とは信じた。
そして、王様を守る愚者の出番が来たのだとは思うのだった。




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