がいつも通りの勤務をこなしていたあるの日。
17時を回った頃にミュウが慌ただしく部屋に入ってきた。
部屋の外から「っ!っ!!」と叫んでいたので、は何事だろうかと不思議に思い
彼が部屋に入るなりどうしたのか聞こうと思ったのだが、それよりも早く彼は叫ぶ。
「ナヲミがっ、ナヲミがいなくなったって!!」
彼の言葉にの身体は凍り付いた。
いなくなったとはどういうことなのだろう。頭が正常に働かない。
「ど、どういうことですか?
外泊許可を取って帰宅しているとかでは?」
「誰もそんな話は聞いてないし、彼女に身内はいないよ!
夕食前に検温をしに行った時にはもういなかったらしいんだ」
「そんな…どうして……。
とにかく、早く見つけ出さないと。あんな状態で薬も飲まずに無理をしたら…大変なことに」
は突然のことに脱力しそうなまでに青褪めていたが、自分が倒れるどころではない緊急事態なので
何とか気力を振り絞って今後のことを考える。
「とりあえず所員が近場から捜索してるみたいだし、自治体や軍の方にも届け出はしてるらしい。
体力や筋力も落ちてるだろうからそんなに遠くには行けないだろうけど…でも…」
ミュウは額に手を当てて細かく震えているようだった。
は彼の手を強く握り、「大丈夫」と自分にも言い聞かせるように言う。
そうでもしないとも混乱して慌てふためきそうだったからだ。
「とにかく私も捜索しに行きます」
「うん、ボクも行く!」
そう言って二人は駆け出した。
はとりあえずミカサにも知らせておこうと思い、エレベータで移動する間に携帯端末からメッセージを送る。
研究所の一階に着くと医療部門がざわついているように思えた。恐らくナヲミのことだろう。
所員たちが捜している間に対策の話し合いと、もしもの時の緊急処置の準備が行われる筈だ。
は受付に外出することを伝えて携帯端末を預け、代わりの外出用携帯端末を受け取る。
ミュウはそんな時間も惜しいようだった。
そうしているうちにミカサも合流し、ミュウ、、ミカサの順で研究所を飛び出した。
その後、は研究所周辺から徒歩1時間圏内を捜して回った。
携帯端末で共有した周辺地図は所員が捜索した場所が塗り潰されていく。
他の医療機関に駆け込んだ可能性もあるので連携室に連絡もしてみたが該当する人物はいなかった。
「…それにしてもどうしてナヲミさんは突然姿を消したのでしょうか。
昨日会った時はそんな素振りはありませんでした」
ナヲミを見つけることができず無念の内に戻ってきた三人は疲れ果てた様子で食堂の椅子に座り込んだ。
食事は喉を通りそうになかったので誰も頼まなかったが、喉は乾いていたは三人分の水を用意する。
「…ボクのせいだ」
「え?」
「どういうことですか?」
ぽつりと呟いたミュウの言葉にとミカサは首を傾げた。
それには答えずミュウは立ち上がりそのままどこかへ行ってしまう。
「ミュウ…」
取り残された二人は沈痛な面持ちで遠ざかるミュウの背中を見つめた。
恐らく一番ショックを受けているのは彼だろうとは思う。
以前、手を握り合って「一緒に頑張ろう」と言っていたのに、どうしてナヲミはミュウにも何も言わずに出て行ってしまったのだろう。
には彼女の気持ちが全く分からなかった。
その後、他の所員たちの奮闘も空しくナヲミは見つからなかった。
けれど明日もまた捜索を続けることが決まり、たちも仕事の合間に捜索に協力することなったのだった。
そのことをミュウに直接伝えようと思い、は彼のブースへ向かう。
あれから彼はずっとブースに籠っていたようだった。
が衝立をノックしても返事はない。
けれど中にいる気配は感じたのでは「入りますよ」と声をかけてから中に入った。
ミュウは電気もつけない状態でコンピュータの画面と向き合っている。
何か作業でもしていなければ身悶えしそうな不安や恐怖に襲われるからだろう、とは咄嗟に考えた。
自身も何かしていないと不安感が押し寄せて来る気がして、
先程まで医療部門の所員たちにナヲミに何か変わった様子はなかったか聞いて回っていたのだった。
「…ミュウ。
明日も時間を設定してナヲミさんの捜索をするそうです。
私たちも仕事の合間に協力することになっています」
は部屋の電灯のスイッチを入れた。
ミュウは漸くキーボードを叩く手を止めるが、そのまま俯いて動かない。
もどうしたらよいのか分からずその場に立ち尽くす。
「――ナヲミね、怖いって言ってたんだ」
掠れるような声でミュウが口を開く。
膝の上に置いた彼の手は震えていた。
「もうすぐ彼女の誕生日だから欲しいものを聞いたんだよ。そしたら未来が欲しいって言うんだ。
…ナヲミはじわじわと死が近づくことが怖いって言ってた。
自分が死んだ後も世界は変わらずに続いて行くことが嫌だって言ってたんだ。
――それなのにボクは大丈夫だよって気休めしか言えなくて」
「貴方でなくても気弱になっている彼女にそれ以上のことを言える人はいません。
彼女が心身ともに苦しくて限界だったんです。ミュウのせいじゃありません」
はミュウに近寄り、顔を覆う彼の背中にそっと手を添えた。
するとミュウが彼女に縋りつくように抱き付いてくる。
はそのままゆっくりと彼の背中を優しく撫でた。
少しでもミュウの心が落ち着き、希望を抱く力を取り戻すようにと。
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