は隣のブースで時間を気にせず仕事をしているであろうミュウの姿を思い浮かべる。
彼は気をつけていないと倒れるまで作業をし続ける可能性があるのだ。
彼の休息の為に食事に誘ってみよう、とは思う。
こちらが気づかない間に簡単に食べられるものを購入していて作業しながら食べている時もあるが、今日はどうだろうか。
 はブースの壁をノックしてからミュウに声をかけてみた。
すると中から「はーい」と返事が聞こえる。どうやら今日はヘッドフォンはしていなかったらしい。

「ミュウ、よければ一緒に食事をしませんか?」
「あれーもうそんな時間?
 じゃあ、ご飯食べよう。いつもテイクアウトだし、たまには食堂で食べる?」
「いいですね、そうしましょう」

 二人は食堂に行き、注文口に置かれている小さな看板に書かれたメニュー表を見る。
既定の帰宅時間を過ぎた為、ランチタイムのような混雑はないが、元々昼食用の食堂なので17時以降は時間外料金が加算されるらしい。
それでも社員割引があるので外で食事する金額と比べると微々たるものであろうが。
そして夜はメニューも二種類だけとなる。
 本日のAメニューはミネストローネ、かぼちゃといんげんのサラダ、鶏肉のトマト煮、ホタテチーズクリームのパスタ、オリーブとリンゴのケーキ。
Bメニューはカブのポタージュ、アボカドとマグロのサラダ、スズキの海鮮と香草の包み焼き、リガトーニのカルボナーラ、パンナコッタ。
 今日は両方ティン島料理のようだ。
はBメニューを、ミュウはAメニューを頼んでトレイをそれぞれ運び着席する。
それぞれ出来立ての料理の美味しい香りがの鼻先をくすぐり、食欲が一気に掻き立てられた。

「久しぶりに豪勢な夕食食べるなぁ」
「そうですね。これなら栄養もしっかり摂れそうです」

 そう言って二人は和やかな雰囲気で食事を始めた。
は何か共通の話題はないものかと思いながらポタージュスープを口に運ぶ。
優しい甘さが口に広がり温もりと共に安堵感に満たされていく。
するとミュウの方が先に口を開いた。

「そういえば、この前ミカサとALが出来上がった時のビジュアルを話し合ったんだけど」
「ほう」
「ミカサはぬいぐるみに機械を埋め込んだらどうだって言うんだ」
「それは可愛いですね。私は好みですが」
「でもそうなるとALをかなり小型化させなきゃいけなくなるんだよね。
 そしたらミカサの仕事が更に増えちゃうことになるでしょ」
「ああ、ミュウはミカサのことを心配しているのですね」
「うん、まあね。いつも無理言ってるからさ」

 ミュウはスープをすくっていたスプーンを顔の前に掲げてぺろりと舌を出した。
その表情は悪戯が見つかったした少年のようで一つ年上の筈なのにには愛らしく思える。

「――ミカサは良い子だよ。そして天才。
 目的の為に力を尽くして決して妥協しない努力の天才なんだ。
 ポーカーフェイスで辛辣なことも時には言うけど、本当に優しい子だよ」

 だから倒れやしないかいつも心配なんだ、と自分のことは棚に置いてミュウはミカサの心配をする。
は彼らの兄弟仲が良いことを自分のことのように嬉しく思った。

「ふふふ、貴方はミカサのことをよく知っているし、ちゃんと良いところを褒めるのですね」
「それはそうだよ。ミカサはずっとボクの傍にいてくれるし、自慢の弟だからね」

 は家族間で褒め合うことなど大人になるにつれてなくなるものかと思っていたが、
ミュウとミカサはきちんと相手の良いところを認めている。
それは人として当然のことかもしれないけれど、家族という概念だけでなく一人の個人として見ているというスタンスは
どこか家族である祖母に対して遠慮があるには見習いたいことだと思うのだった。

「…でも、急に怖くなったんだ」
「怖い、ですか?」
「うん、ミカサがここからいなくなる時のことを考えてね」
「ですがミカサは望んでここに勤めていますし、今取り組んでいるAL研究が成功しても変わらず一緒に働くことになると思いますが?」

 が不思議そうにそう言うと、ミュウは視線を下げて静かにフォークから手を離した。
その表情は微笑んでいるようで悲しげでもある。 

「…うん、多分ミカサもそう言うと思う。だけど、きっといつか別れの時が来るんだ。
 兄弟だからといっていつまでも一緒にいられないし、ボクもずっとミカサに頼り続けるわけにもいかないからね。
 怖いけど、いつかは離れなきゃって思うんだ」

 ミュウが何故それほどまでにミカサがいなくなることを今から不安に思うのか、
また、世帯を同じくしている家族が同じ会社で働くことなど他の家庭でもあり得る話なのに、
どうしてそこまでしてミカサ離れの覚悟をしなければならないのか、今のには分からなかった。

「ミュウ、貴方は頭が良い人なので先のことを考えすぎているのかもしれませんが、あまり思い詰めてはいけませんよ?
 貴方が自立しなければと思っていてもミカサが貴方と離れたがらないことだってあるかもしれませんし。
 …仕事のことだってそうです。それぞれ得意分野があるのですから、貴方が全て背負い込むことはないんです。
 頼れるところは頼っていいと思います。貴方が頼る以上に、私やミカサは貴方に助けられているのですから」
「ありがとう、
 仕事のことは適材適所って言うし、ボク一人で全てをどうにかしようとは思っていないさ。
 ――ただ、さっき君と未来のことを話しただろう?
 その後、うっすらと自分の望むことが見えてきたんだ。
 ALの完成とナヲミの救命を果たせた先にあるボクの望み…。
 その望みは自分の力で叶えなきゃと思うんだよ」
「ミュウ…?」

 真剣な眼差しでミュウに見つめられたは戸惑いながら小首を傾げた。
先程の将来の展望の話がそんなに彼にとっては重大な内容だったのだろうか。
これまで何でも分かったように思えていたミュウの心が今は全く理解できそうにない。
もしかするとこれまでずっと分かったつもりだっただけかもしれない、とは途端に不安になる。
 そんな不安な気持ちを悟られぬようには別の話題を投げかけようと考えを巡らせる。
今、無難な共通の話題になりそうなのはやはりALのことだろう。

「――そういえば、ミュウ。
 先ほど言っていたALの小型化の件ですが、IDタグを実用化できればぬいぐるみに埋め込むことも可能です。
 ナナミの情報はデータベースで制御してIDで管理し、ぬいぐるみにはIDタグと連動した携帯端末を埋め込むんです」
「なるほど、IDタグかぁ。携帯端末とは相性がよさそうだね。それなら、携帯端末にIDタグを組み込んで…」
「とはいえ、ナナミのALは次世代AIのプロトタイプになりますので携帯端末は間に合わせで利用するだけです。
 もし、今後ALを量産化することになれば携帯端末より最適なハードウェアを制作する必要があるかと思いますが」
「…量産化の方はねぇ、どうだろう。一応、上からはそれとなく勧告されているんだけど。
 医療や介護分野で使われる分にはいいと思うんだ。
 コミュニケーションが取れて自己学習していくALの存在は看護・介護者の負担が減るし、
 何より家族や身寄りのいない孤独な人にとっては唯一の支えになれるかもしれない。
 けれど、便利で快適に過ごすために何もかもオートメーション化するのはボクは反対なんだ。
 人はいつまでも自分で考えて行動することこそが生きている証だと思うから。
 それがスイッチ一つ押すだけ、声で命令するだけなんて行動のみしか必要としないなんて悲しいことだろう?
 …それにね、ボクは見えない力を信じてるんだ。
 物語の世界に出てくるような不思議な力が本来人には備わっているんだって信じていたいんだよ」
「ミュウのその考えはとても素敵だと思います。
 私も全てがプログラムで動く世界というのは気味が悪い気がしますし」
「そうでしょ?良かった、も同じ考えで」

 ミュウはにこりと笑ってリンゴのケーキを頬張った。
も微笑んで頷きながら最後のパスタを口に運ぶ。
その後は再びAL開発についての話や、依頼中の仕事の話などであっという間に時間は過ぎていき、
にとって有意義な夕食となったのだった。




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