は生搾りオレンジジュースを買ってミュウのところへ向かう。
彼らのブースは扉がなく通路から入ってすぐに目隠し用の衝立が立っている為、は衝立の前でミュウに呼び掛けた。
すぐさま中から返事が聞こえる。

「やあ、。どうかしたの?」
「息抜きに少し寄っただけです。ミュウも少し休憩しませんか?」

 は持ってきたジュースをミュウに差し出すと、彼は嬉しそうに笑ってみせた。
そして立ちあがり彼女の手からジュースを受け取る。

「貴方、誰かと一緒でないと休憩を取らないでしょう?」
「あはは!はボクのことなら何でもお見通しってわけだね。
 いいよ、少し休もう」

 そう言うとミュウは机の後ろにあるソファを指差した。
以前はよく仮眠時にこのソファを使っていたけれど、が己のブースに仮眠用の肌触りの良いラグを持ち込んでからは
ミュウもそこで寝るようにしているらしい。
ミカサもそのラグを気に入っていて時々ミュウ、、ミカサと隣り合って寝ることもあるのだった。
そのくらい三人は仲が良い。

「ところでさ、この前のミカサの用事は何だったの?ずっと気になってたんだ」
「ああ、あれは制御プログラムの動作が安定しないので見てほしいと言われまして」
「そういえばR社から携帯端末の仕事請けてたっけ。電波送受信システム組込み型っていう」
「はい。でも、その用事が済んだら別の用事を頼まれまして。
 データカードを受付に持って行って欲しいということだったんですけど」
「うん」
「カードという媒体を使う割に他人に預けたりするから、一体どんなデータが入っているのかと思ったら
 食事会のメンバーの出欠表と連絡先のデータだったんですよ」
「あはは!ミカサが自分で持って行きたくない筈だね。多分、欠席にマルつけたんだ」
「そうですね。受付で参加を促されるのが嫌だったのでしょうね」

 ミカサの話をするとミュウは一気に研究者の真剣な顔から年相応の朗らかな顔になる。
直向きに仕事をする姿は素敵だと思うし尊敬するけれど、は昔からの無邪気で明るいミュウの方がより好ましいと思う。
 ナナミのALが完成したらミュウは今よりも少しだけ肩の力を抜いて仕事ができるかもしれないと考えたが、
ナヲミが来てからは彼女のことにも胸を痛めているようで、眉間に皺を寄せながら医学事典や治療指針大全を読むことが増えた。
いつも笑顔だった子どもの頃のミュウに戻ってもらう為にも、彼の願いを早く叶えなければとは思う。

「――そういえば、昔からミュウとミカサは仲が良いですよね。
 今も業種は違いますけど同じ職場ですし微笑ましいです」
「ミカサはいい子だからね。ボクのことを心配してくれているんだと思う。
 …だからこそ、ボクの研究にミカサを巻き込んじゃったのは申し訳ないと思ってるんだ。
 でも、ボクはハードのことは苦手だからあの子にお願いするしかないんだ」

 ミュウは少し苦しげに視線を落とす。はそんな彼の頭をそっと撫でた。
その行為は元気を与えるおまじないのようなものだと彼女は思っている。
 家族に撫でられた経験はなかったけれど、ナナミを失って憔悴していた際にミュウに撫でられたことがあり、
その時、胸が温かくなって自然と笑顔になったのだ。そこではミュウが掌から元気を分けてくれたのだと考えた。
科学的な検証は進んではいないがタッチセラピーという健康法もあると言うし、自分の身に起こった変化が何よりの証明だと思ったのである。
 それからは、自分からも進んでミュウやミカサの頭を撫でてきた為、
落ち込んでいる人や疲れている人の頭を撫でるという行為はもはや彼女の習慣になってしまっている。
但し、ミカサは心底疲れている時以外は露骨に嫌がるので最近はほぼミュウに対してのみ行われているのだが。

「ミカサはミュウの想いを分かって手伝っていると思いますよ。大丈夫です」
「…うん、ありがとう」

 の言葉とおまじないが功を奏したのかミュウはニコッと笑った。
うん、やはりミュウは笑顔がいい――とも頬を緩める。

「勿論、にも感謝してるよ。
 ナナミがいなくなってからずっとボクの傍にいてくれて、研究も手伝ってくれて……。
 本当にありがとう」
「ミュウ…」

 ミュウがそんな風に思ってくれていたことがには胸が詰まりそうな程に嬉しかった。
時折、は自分が空っぽな人間だという思考に囚われてしまうことがある。
これまで知識や技量を必要とされても人間として必要とされていないような気がしていた。
昔に比べると随分良くなったのだが、それでもの表情は硬いし感情を表現することも得意ではない。
何より自分の世界はミュウとミカサ二人の周辺でしかない非常に狭い世界だと自覚している。
外に積極的に出ていこうとしない自分のせいとはいえ、仕事中やミュウのAL研究を手伝っている間は通常以上に人と会わないし、
自分がいてもいなくても周りは何ら変わりないのではないかと思うこともあった。
そんな彼女には今のミュウの言葉は至極有難く、子どもの頃から空っぽだと思っていた胸に深く沁み入って来たのだった。




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