ナナミ――
ミュウと同じ年であり、ミュウとミカサの幼馴染。
父親は数期にもわたって市長をしており裕福な家庭で育った為か自由気ままな言動でミュウやミカサを振り回していた。
明るく元気で面倒見もよくミュウ達にとっては姉のような存在であったが、彼女が9歳の時に事故死する。
ナナミは天才だった。本人は自覚していないが人を惹き付け愛される能力を持っていた。
気品がありお嬢様なところは口調に表れるものの、好奇心旺盛で行動力があり常に事の発端となる人物であった。
彼女の明るさや物怖じしない言動にたちは振り回されたりもしたけれど皆が励まされ、救われていた。
だけでなく、ミュウとミカサも彼女が大好きだった。
――そんなナナミと目の前にいる女性は姿や声がとてもよく似ている。
「…あの、お尋ねしますが、研究部門のさんという方をご存知ですか?
私、治療が難しい病気みたいで、色んな文献を調べていたんですが漸く当たりを見つけて。
その方の論文に興味深い検証が載っていたので、どうしてもお会いしたくなったんです」
彼女の言葉には頭を殴られたような衝撃を受ける。
ナナミによく似た彼女にも早すぎる死が訪れようとしているのか。
また、真実を言うことでこの可憐な女性の希望を奪ってしまうことになるのだろうか。
は瞬間的に色々と考えを巡らせたけれども正直に話すことに決めた。
ナナミに似たこの女性には真っ直ぐに向き合いたいと思ったのだ。
「私がです。
――貴女に期待を持たせて申し訳ないのですが、硬化した細胞を完全に再生させる方法にはまだ研究が行き着いていません。
私の力が及ばず、また不完全な論文を発表してしまい申し訳ありません」
「……いえ、いいんです。駄目で元々なんですから」
全く気にしていないと言いたげに女性はに穏やかに微笑んで見せた。
はもう一度頭を下げる。
「――そうだ! 今日から私、ここに入院することになったんです。
案内してもらっていいですか?」
「はい、構いませんよ」
「私、ナヲミといいます。21歳です。
さん、よろしくお願いします」
「ナヲミさん、こちらこそよろしくお願いします。
私の方が年下ですのでどうぞ気を遣わずに通常の話し方をしてください。
ちなみに私は誰に対してもこういう話し方ですので…」
「分かった。、よろしくね」
ナヲミはくすぐったいような笑みを浮かべる。
その笑顔はがナナミと初めて出会った時、ナナミに「一緒に遊ぼう」と言われたが頷いた後に彼女が見せた顔と同じものだった。
花に彩られた庭をバックにナナミが微笑んでいる姿が思い出された。
の胸は締め付けられ、そして懐かしさに涙が滲みそうになる。
けれども目の前にいるナヲミにそれを気取られるわけにはいかず、は努めて冷静に振る舞うようにした。
その後、はナヲミがこれから過ごすこととなる部屋へと連れて行き、
彼女からは見えないところで担当の看護師にくれぐれもよろしくと頼んだ。
「――では、何かあればスタッフを呼んでください。私もあなたの負担にならない程度に顔を出しますから」
「うん、ありがとう」
何という巡り合わせだろうか。
このことを早くミュウとミカサに伝えなければ――そう思ったはナヲミの病室を出ると早足でミュウの部屋に向かう。
「ミュウ!」
「あ、。ミカサの用事は終わったの?」
「はい。――それより、聞いてください!
先程出会った人がナナミにそっくりだったんです!!」
「えっ…」
部屋に置いてある小型の冷蔵庫からパックタイプのジュースを取り出し、ストローを刺そうとしていたミュウの手元が揺れた。
目標地点を外したストローの先は少し曲がってしまっている。
「名前はナヲミさんといって貴方と同い年だそうですよ。
今日から入院するそうなので会いに行かれてみてはどうですか?
彼女も初めてのところで不安でしょうし、知り合いが増えた方が喜ぶでしょう」
「…うん。ボク、ちょっと行ってくる!」
ミュウは慌てた様子で部屋から駆け出していった。
彼女の病状を聞いたら、もしかしたらミュウも彼女の身を案じて苦しむことになるかもしれない。
しかしは黙っていられなかった。
ナナミそっくりなナヲミと出会えたことは何か意味のあることのようにも思えるし、見えない縁というものの存在を感じたからだ。
ナヲミとナナミは全く違う人間だけれど、もしかしたらナナミが彼女を助けてあげて欲しいと願ってここに向かわせたのかもしれない、などと科学的根拠もないことをはふと思った。
自分の不完全な研究を完成させナヲミを救うことができればあの論文の正しさは証明され、
今度こそ本当に同じ病で苦しむ人々の希望になるかもしれない。
だが、仕事の合間にAL研究をしている現時点では臓器硬化症の研究に時間を割けないし、
一人の力だけでは不可能なので研究チームを立ち上げる必要がある。
さすがに医療部門の人間でもない自分がチームを立ち上げることはできないだろう。
今はナヲミの入院で医療部門がチームを立ち上げて研究を本格化し治療法を確立してくれることを祈るのみだ。
一通り考えを巡らせたは、次はミカサのところへ向かうことにした。
彼はナナミのことを忘れているけれども、もしかしたら似た顔のナヲミを見れば思い出すかもしれないと思ったのである。
「届けてくれたようですね、助かりました。
――ところで、どうかしたんですか?」
ミカサはの顔を見るなり何かを感じ取ったようで仕事をしていた手を止めて彼女の方へ身体を向けて座り直した。
子どもの頃よりも感情豊かにはなったものの、ミカサに劣らずは表情が硬いと周りからよく言われている。
そんな自分のちょっとした心の変化に気づくミカサはやはり聡い人だとは思う。
「さっきナナミにそっくりな人と会ったんです」
「え、あのナナミ…ですか?」
「はい。名前はナヲミさんでミュウと同じ年齢です。今日から入院するそうなので病室に会いに行ってみてはいかがですか?
もしかしたら、ナナミのことを思い出すかもしれませんよ」
「…そうですね」
そう言うとミカサは少し表情を曇らせる。
それを見たは興奮気味に掴んだ彼の腕から思わず手を離した。
「――ナナミのことは、本当に思い出してもいい記憶なのでしょうか。
元々要らないものだったとか、逆に思い出すと発狂するとか何か理由がありそうですけど」
「ミカサ…」
「…すみません。少し休憩してきます」
静かにの傍をすり抜け、ミカサは部屋を出た。
は空になった椅子を見つめながら彼の言葉を頭の中で反芻する。
脳に異常がない以上、記憶を失ってしまう程にミカサにとってナナミの死が耐え難いことだったのだろうとは考えている。
恐らく彼もそう思っているに違いない。
したがってナナミのことを思い出した時に津波のように襲いくるであろう喪失感や悲しみを彼は恐れるのだろうし、
ナナミを思い出したことで別の部分に負荷がかかり違う症状が出ないとも限らない。
思い出を共有したいが為にミカサにナナミのことを思い出してもらいたいと願うなど
なんて身勝手で自分本位なのだとは自身に毒づいた。
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