――これでもう何度目だろうか。
セピア色をした夢。その夢はナナミとの出会いと別れを彼女に見せつける。
楽しさに胸躍らせ悲しみに打ち震えたあの日々の感覚は、ナナミを失って10年以上経った今でも鮮やかに思い出せるし、
その度に喉を絞められるような息苦しさに襲われる。
しかしこの感覚こそが自分とナナミを繋ぐ大切な絆なのだと思い、は目元を押さえると
自室に敷いている仮眠用の白くてふかふかしたラグからゆっくり起き上がった。

「――、大丈夫?お疲れ気味?」

 突如、二重の大きな目をしたミュウがの顔を覗き込む。
眼鏡のレンズの向こう側に見える瞳は鳶色をしていてとても綺麗だとは思った。

ミュウ――
 ナナミとミカサの幼馴染であり21歳。
 4歳児の彼を施設に入れて両親は姿を消し、その後、すぐにミカサの家に引き取られる。
 ナナミ亡き後に死に物狂いで勉強し、実力で総合科学技術研究所の科学研究部門の主任となった若き天才。
 システムエンジニアをしながら人間さながらの知能を持ったAL(人工生命)の開発に尽力している。
 それも全ては“ナナミを人工的に生き返らせる為”だ。

 ミュウは天才である。
本人は自覚しているのかいないのかは不明だが、一つのことに集中すると他のことが目に入らない程の集中力と情熱を持っている。
両親が彼を捨てたのは彼の瞳が他の人間と違って鳶色をしていたからだと本人は思っていて、
その為、表面上は明るく朗らかだが実は人に対して冷たい目線も持っているし、そのことに彼の義弟のミカサも気づいている。
 と出会う前からミュウとナナミは非常に仲が良く、彼女を心から慕っていたのは彼の現在の姿を見ていれば良く分かった。
ナナミを失ったミュウは彼女の記憶が鮮明であるうちに彼女を科学技術で生き返らせて永遠に存在を保存しようと考え、
機械工学と情報理論を学んだ後に総合科学技術研究所に入り、本職であるシステムエンジニアの仕事の傍らAL開発の研究を進めている。
 はそんな彼の考えやナナミへの想いに共感したのと、ナナミを失った悲しみを共有した同志であり大事な友達でもあるミュウの願いを
何としても叶えたいが為に彼の後を追い、プログラマとして研究所に入社した。

「私なら大丈夫です。先程、仮眠をとりましたし。
 ミュウの方こそ疲れていませんか?
 貴方はすぐ寝食を忘れて研究に没頭するから心配です」

 はミュウの顔を見ながらデータの入ったカードを渡した。
ミュウとの作業室は細い通路を挟んで並んでいる。
作業室と言っても大部屋内の奥にあって、それも白いパネルで囲むように作られた小さなブースのような空間ではあるけれども
仕事上とミュウは互いのところを行き来することが多い為に実用的な配置であった。

「ボクは平気だよ、そこまで無茶はしないさ」

 彼女と目が合った彼は眼鏡のブリッジを右手の中指で上げた後、人懐っこく微笑んで見せ、カードを受け取った。
ミュウはの一つ年上だけれども、童顔と喜怒哀楽を素直に表わす性格もあって弟のように感じる時もある。
しかし、ナナミのALを完成させる為に真剣を通り越し深刻な表情でコンピュータの画面と向き合っている彼は
声をかけるのも躊躇う程に遠く感じさせる一面も持っている。

「――そういえば、さっきミカサと食堂で会ったけど、君を捜してたよ。
 ステートテーブルで確認したら君が仮眠中になってたんで部屋に戻るって言ってたけど」
「ミカサが私を?分かりました。今からミカサのところに行ってきます」

 そう言っては自分のブースから退出し、腕時計型の携帯端末でメインサーバにログインしてステートを“移動中”に変更する。
総合科学技術研究所では大勢の人間が働いており、合理化の為に誰がどこで何をしているかを全てコンピュータで把握する必要があった。
一部の者が監視システムと呼ぶそのシステムだけれども、ステート入力は自己申告であり位置情報の発信も任意で強制ではない。
しかしながら、入社した時から何の疑問も持たずに実行している為ににとってステート入力は習慣と化しているし、
時々情報が間違っていることもあるが忙しい時に人探しする際は非常に役に立つのだった。
 ――とはいえ恐らくミカサはいつもの場所にいるのだろうけれど、と思いながらもは開発部門のステートテーブルにアクセスする。
ミカサのステートは【四階の自室で仕事中】となっている。確認を済ませ、はエレベータに乗った。
 総合科学技術研究所は大きく分けて医療部門、開発部門、研究部門、経営部門、販売部門に分かれており、
たちの勤めている建物には医療部門が展開する医療施設が一階と二階に、
四階にミカサの所属する開発部門があり、五階はたちが所属している研究部門の研究室がある。
ちなみに三階は手術室と食堂、洗濯所に浴室があり、食堂と洗濯所と浴室は既定の時間があるが所員も利用が可能である。
 エレベータの案内板に“4F”という文字が表示される。
扉が開くと、すぐ目の前に金属製のドアが見えた。そこがミカサのいる部屋だ。




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