彼女の場合 第二話


 意識を失った私はすぐさま救急外来のある病院に運ばれ、そこで採血されたり何故か頭部のCTを撮られたりした。
結果として貧血と診断され40分程点滴を受けた後、数日分の漢方薬とビタミン剤を処方されて夕方頃に漸く病院を後にしたのだった。
その私に付き添っているのは二人の男性と妹の初音。
 私を病院に運んでくれた人は楳澤清亮(うめざわきよあき)と言い、私とは高校時代からの同級生だそうだ。
背が高く筋肉も程々についていて顔は堀が深い上に無表情に近くて威圧感漂う人である。
 そしてもう一人の男性も高校時代からの同級生らしい。
名前は植松響士(うえまつきょうじ)。真っ黒な髪の清亮とは反対に響士は赤茶色に近い明るい髪色で中性的な優しい顔立ちをしている。
モノトーンのシンプルなスタイルの清亮とは対照的に響士は適度にトレンドを押さえたファッションで、
清亮程の身長があればトップモデルになれそうだ。

「…本気で言ってるの?」

 私たちは病院を出ると200m程離れたファミリーレストランに陣取っていた。
隣に座っている妹は私の顔を心配そうに覗き込む。
議題は勿論私のことだ。

「何であの時間にあの場所にいたのかも覚えていないのか?」
「うん。――そもそもいるわけないでしょ。
 私は初音と10時にソフィアで待ち合わせしてたんだもの。
 そしてそこの駐車場についてから具合が悪くなって車の中で意識を失ったのよ」
「今日はそんな約束してないよ!」
「冗談言わないでよ」
「お姉ちゃんこそやめてよ、そんなこと言うの」

 私の答えに清亮は眉間に皺を寄せて考え込み、初音は顔を青くして首を振った。
私に質問してきた目の前の響士も表情を凍らせているように見えた。
 私は彼らに気付かれないようにそっとバッグを開いて覗いてみる。
バッグの中にはカード型携帯端末、長財布、ハンカチとティッシュ、二つの鍵が収められた革のキーケース、
厚さが1cm程で犬の写真が表紙のシステム手帳。
 手帳を開けてみると、レポートの締め切りや資格試験の日程が書かれているが
プライベートの予定などは書かれていないようだ。
アドレス帳も然り。本屋やゼミ室の電話番号くらいしか書かれていない。
 財布の中は学生証と保険証、銀行のカードや大学付近にあるスーパーマーケットのポイントカードが。
その中の学生証で名前を確認してみるが、で間違いない。

「…第一、植松さんや楳澤さんを知らないってどういうことよ。
 高校の頃から仲良しでいつも一緒に遊んでるのに」
「そんなこと言っても知らないものは知らないわよ。
 それに私が通ってたのは女子高よ?男子の同級生なんているわけないじゃない」

 そう言うと私以外の三人は目を見開いた。
頭を抱えたいのは私だ。体調不良に苦しめられた後は妹と全然話が通じないのだから。
しかも知らないイメケン二人と私が仲が良かったという。
 私は特に仲の良い異性の友人はいなかった。
勿論、サークルや学科で話の合う友人はいるけれども、二人で出かけるような特別仲の良い人はおらず常に恋人募集中の身である。
とはいえこの状況で顔の整った男二人と実は仲良しでしたと言われても嬉しくない。寧ろ不気味だ。

「俺はお前が頭の左側を後ろから誰かに殴られて崩れ落ちる瞬間を見た。
 そのことが原因で記憶が混同してるなんてことはないのか?」
「病院ではそんな痕跡はないって言われたよ。
 CTも全く問題なかったって」
「そうか…そうだよな」

 清亮は難しい顔をして不穏なことを言う。
彼が言うには、彼ともう一人の私はオープンカフェで本日10時に待ち合わせをしており、
彼がそこに辿り着いて私の姿を見止めた瞬間、目深にキャップ帽を被った男と思われる何者かが金づちのようなもので私の頭を殴ったらしい。

だけど、全く別人みたいだ…」

 消え入りそうな呟きを発したのは響士だ。彼は酷く悲しそうな顔をしている。
きっと彼は殴られた方の私をとても大切に思ってくれているのだろう。

「…とにかく、今日はうちに帰ってきなよ。
 パパとママ、電話越しに凄く心配してたからさ」
「え、二人とも?
 ――まぁ、実の娘が倒れて病院に運ばれたなんて聞いたら心配くらいするか」
「何、その言い方。捻くれてるなぁ」

 私は音を立てて水っぽくなったジンジャーエールを啜った。
父親とは何年も顔を合わせていないし声も聞いていない。
 私がアーベン女子高等学校に入学してから両親の仲はこじれて卒業する頃には離婚が決まっていた。
その後私が大学に入学し、初音が高校二年生になってから正式に離婚した。
それから時は過ぎ、初音も大学生になって同じ大学に進学したのだが、
私が無理を言って独り暮らしをしているのに対し、初音は実家から通っている。
母親を独りにしておけないと思ったのだろう。妹は優しい子なのだ。

「…もう一度聞くけど、本当に何も覚えてないのか?」
「うん、悪いけど…。
 覚えてないっていうか知らないって言うの方が正しいというか」
「そう…か。
 実はさ、俺も今日、お前と11時半に待ち合わせしてたんだけどな」
「え?」
「…残念だよ、こんなことになって」
「ご、ごめん」

 10時に清亮と、11時半に響士と待ち合わせ…か。
私の知らない私は随分と積極的に男性と交際していたようだ。
もしかして二股や三股をかけていたなんて…あるのだろうか?
本当に?私が?これまで誰とも付き合ったこともないこの私が…?
 そもそも私は何者なのだろうか。
まず、目の前の彼らからと呼ばれていた私はどこにいってしまったのか。
そして妹と待ち合わせをしていた私はどこに存在していたのか。
 まるで別の世界の自分と入れ替わったみたいだ。
SF小説に出てくるパラレルワールドが実際に存在するというのか?
 ――馬鹿みたい、本の読み過ぎだわ。
そう思いながらも心のどこかではそうかもかもしれない、と私は不思議とその考えに納得していた。






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