ひょんなことから夏休み中ブリズナー兄弟と順番に交際することになった。
これも計画通りといえばそうなのだが、上手く行き過ぎて不安もある。
順番に交際するなんていう要求を呑む時点で彼らは私のことを本気で好きというわけではないのだろう。
人を好きになると独占欲や所有欲に駆られるものだと聞いている。嫉妬心はそういう欲から生まれるのだ。
全ての人がそうというわけではないのだろうが、自分の好きな人が順番に、しかも兄弟と付き合うだなんて聞いたら
普通なら平常心ではいられないのではなかろうか、と私は思う。
となると彼らはゲームのような感覚で私と付き合うつもりだということになる。
もしかすると他の女子のようにトリガーを引いて彼らにあっさりと捨てられ私が呆然とする様を見て楽しもうという魂胆があるのかもしれないし、
私の心を奪うまでがゲームで、それが終わったらぽいと捨ててしまおうということなのかもしれない。
しかしながら彼らの見えない策を恐れ、この好機を無駄にすることはできない。
私は自然体を維持しながら、最大限このゲームを楽しむことにする。
夏休みが始まったその日から私はハリソンと付き合い始めた。
そして早速私の家の近くの公園で待ち合わせをする。
「ごめん、待たせて」
「ううん、ボクが早く来ちゃったんだ。楽しみで」
待ち合わせよりも少し早く着くように家を出たが既にハリソンは来ていた。童顔の可愛らしい顔でにこりと笑う。
スタイルはルゥが日に焼けて他の二人よりも筋肉質なところを除けば身長など体格は兄弟三人はほぼ同じである。
高身長で無駄な肉がついていない締まった身体つき。まさにゲームから出てきたかのような見た目の良さだ。
多くの女子らがときめくのも無理はない。
「今日はどこに行こうか。ちゃんはどこに行きたい?」
「うーん、図書館のカフェに行きたいけど…でも、あそこはデートには向いてないね」
「いいじゃない、行こう。市立図書館の一階にあるカフェでしょ?レナードについて行ったことあるよ。
あそこってあんまり堅苦しくないし涼しいからいいんじゃないかな」
「じゃあ行こう」
そうして私たちは市立図書館へ歩き出す。
図書館は市立のものにしては垢抜けていて一階にカフェが併設されている。
カフェというだけあってそこは図書館にしてはざわついているし、
図書館で5冊本を借りるごとに飲み物が1杯無料になるというサービスがある為、繁盛しているようだ。
カフェの売り上げの一部は図書館の維持費や本の修理費に回される仕組みらしく本好きな人間は快く利用している。
私は月に一本ゲームを買うことにしているが、早めにクリアしてしまった時や学校での暇つぶし用によく本を借りている。
なので無料券は何枚かストックがあるし、図書館の本はカフェに持ち込み可能かつ読み終わったものは一階のボックスで返却でき、
わざわざ二階に上がらなくてよいという合理的なシステムも気に入っている為、図書館は私の一番好きな場所なのだ。
「ねえちゃん、手繋いでいい?」
「…いいけど」
「付き合ってるんだから恋人らしいことしようよ」
「そうね」
ハリソンの前情報として、手を繋いだら別れを切り出されたとあったはず。
しかしながら彼の方から手を差し出してきた。
そういえば、相手の手を握ったら、だとかハリソン自身は結構手を出している、とも言っていた。
彼の方から手を出すのはOKだが、女性から手を出すのはNGということなのかもしれない。
積極的な女性が嫌い、もしくは軽率な女性が嫌いということなのだろうか…?
そうなるとこちらからはあまり働きかけない方が良さそうだ。
「二週間って結構短いよね」
「そうかもしれないね」
「できれば毎日会いたいんだけどいいかな?」
「うん、特に用事はないからいいよ」
彼のトリガーが完全に分からない以上、能動的に動くのは避けた方がいいだろう。
私は彼の言葉に静かに頷く。
元々受け身型な性格をしているので無理する必要がないのは助かる。
相手に余計な詮索をされない為にも私らしく接するのが効果的だろう。
「じゃあ色んな所に行こうよ。あ、午前中は課題一緒にしようか」
「うん。いいね、それ」
暑い中わざわざ手を繋ぐということに違和感を覚えたが、人と手を繋ぐことが初めてというのもあって少しわくわくする。
これまで彼と付き合ってきた女子らはもっと心が弾んだことだろう。好きな人が傍にいるということは乙女にとっては幸せで楽しいことなのだ。
なのに自分から手を握った瞬間、相手に冷たくされて別れを切り出されるというのは酷くショックなことに違いない。
天にも昇る気持ちのところを奈落に叩き落される女の子らの心の傷の深さを思うと、隣で上機嫌に笑っているハリソンが憎らしく思えてくる。
だが、そんな心持ちを表に出すわけにはいかない。
今は純粋に恋人としてこの状況を楽しまなければ――
トリガーを引かないように気を付けはしつつも状況を楽しもうと心がけたのが良かったのか、
初デートである図書館のカフェデートは楽しいものだった。
好きな本やゲームの話をしたり、この街のおすすめスポットの話などもした。
彼は遊園地やvsbなどの騒がしい場所が好きらしい。
そんな話と借りる本を選んでいたら夕方になっていた。
家まで送ると言って彼は図書館を出たところで再び手を差し出す。
「ねえ、ちゃんはどこまで想定してる?」
「想定って何?」
「恋人らしいことってどんなことだと思う?」
「んー、今みたいに手を繋ぐとか」
「それだけ?」
「ゲームだったらキスはするね」
「うん、ボクもそのくらいは想定してる」
待ち合わせをした公園に寄り道した私たちはベンチに座って話をしていた。
日は完全に暮れてはいないが辺りは薄暗くなってきている。
母親の帰りが遅い、もしくは帰ってこない我が家には門限などはないので時間を気にすることはないが、
夕暮れ時の公園のベンチでお話、というシチュエーションはゲーム内のイベントのように思えてなんだかそわそわとしてしまう。
「ちゃんは大丈夫なの?キスしても」
「…分からない。実際まだ怖いかもしれない。
でも、付き合ってみたいって言った時からそのくらいの覚悟はしてるつもり」
私がそう言うと彼は私の肩に手をのせ、そのまま顔を近づけてきた。
反射的に私は目を閉じるがつい無意識に後ずさってしまう。
――しまった。
キスまでは覚悟していたつもりだったが、彼がきょうだいかもしれないという潜在的な恐怖が勝ってしまったらしい。
そんな私の反応に気付いたのか、ハリソンは私にキスをしなかった。
「…ごめんなさい。やっぱり今はまだ怖いみたい」
「いや、全然気にしないでよ。今のボクは最低だった。
二週間って期限付きだから焦ってるみたいだ」
「付き合う期間が終わってからもハリソンくんを好きになる可能性はあるよ。
ハリソンくんは…その、優しくて楽しいし素敵だから、焦ることなんてないと思う」
――それとも二週間以内に私を手に入れないといけないような何か理由があるのかしら?
そんな言葉は飲み込み、私は少しクサい台詞だっただろうかと思いながらもできるだけにこやかに笑いかけた。
「ホントに?
…へへっ、ちゃんにそう言われるとなんかすっごい嬉しい」
顔を見合わせた私たちは笑った。夕日のせいか実際に紅潮していたのかはわからないがハリソンの頬は少し赤く見える。
彼の目にも私も同じように見えていたらいいなと思った。夕日がうまく私の頬を染めてくれていたらいいのに。
「そろそろ日が暮れるね。完全に暗くなる前に送るよ」
「ありがとう」
そう言うとハリソンはベンチから立ち上がり、すっとこちらへ手を差し出す。
もしかしてこれはトラップかもしれないという考えが頭を過った。
私の手の動きが一瞬止まる。
「恥ずかしい?」
「ええ、少し。人と距離が近いのにまだ慣れてなくて」
「今まで付き合ったことないの?」
「そうね。初恋もまだ」
「そうなんだ。それは手強そうだな」
「また焦っちゃいそう?」
「うん、かなり。でも、君に嫌な思いはさせたくないから突っ走らないように気を付けるね」
「…ありがとう」
ゆっくり伸ばした私の手をハリソンは優しく握った。
彼に促されたし、握る行為も彼からだから恐らくこのくらいの行動はセーフだろう。
多くの女性と付き合って百戦錬磨と思われるハリソンでも焦ることがあるのだろうか。
それともこれも私を籠絡させる為の作戦のうちなのだろうか。
これまで考えたこともなかったのに人を信じられないというのは悲しいことだと私は思った。
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