一番の難関は怪しまれずにブリズナー兄弟全員と付き合うことだ。
兄弟と付き合っていた女が次は自分に告白してきたなんていうのは正直不信極まりないし真面目な男なら貞操観念を疑われそうである。
とはいえ相手が遊びで付き合う人間なら、同じように軽い感覚で付き合おうとする女は気楽で好まれるかもしれない。
遊び目的の人間が恐れるのは、本気で自分を愛する相手が逆上して自分に危害を加えることだろう。
プレイボーイやプレイガールには背中を刺されるくらい愛される程の重たい恋は不要なものなのだ。
成功率を上げる為に私は長期的戦略を考えた。
現在私たちは二年生。高校生活はあと1年半ある。
なので最低でも長期休業中に一人付き合っていけばなんとか三年の始業式には間に合う。
またそのくらいの期間を空けて付き合えばそこまで怪しまれることもないだろう。
そう考えて私はまず相手にこちらに有利な印象を与える計画を立てた。
現在の私は恐らくゲームの恋愛にしか興味がない女だと思われているだろう。
そんな私が突然告白したら不思議に思い腹の内を探られ、私の本心を気取られるかもしれない。
相手は私と同じようにゲームが好きな連中なのだ。色々とあり得ないシチュエーションでの恋愛も知っている。
どこでどう計画がばれてしまうか分からない。油断大敵だ。
「今回も沢山感想言いたいからカフェに行こうよ」
「ええ、行きましょう」
彼らの事前情報として、週末は学校帰りにゲームコーナーに立ち寄るということは知っている。
私もよく立ち寄っているが週末は必ず会った。
そこで彼らは借りたゲームの感想を話すのだが長くなるのでカフェに移動することが何回かあったのだ。
勿論その間、噂で聞いたような恋の話なんて全くしないし、粉をかけられるようなこともなかった。
…もしかすると私が鈍すぎて気づかなかっただけかもしれないけれども。
私はその機会を利用することにする。
「今回のも面白かったよ。レシピを集めるのが楽しくてそっちに夢中になっちゃったけど」
「分かる。私もそうだった」
「俺が借りたやつもストーリーが良かったな。あの世界観好きだ」
「私も。冬に続編が出るらしいよ」
「僕はキャラの一人にのめり込んでキャラクターソングまでチェックするようになったよ」
「へえ、どのキャラ?」
いつものような対応をし、彼らに話を合わせその時を待つ。
あるゲームの話に持っていき、そこから恋愛話に持ち込むつもりだ。
私がごく自然に恋愛話を切り出せるのはこの時しかない。
「そう言えば、ちゃんは次どのゲーム買うの?」
多少強引ではあるがここに例の話をねじ込めないだろうかと私は閃いた。
少々乱雑で突拍子がなくても女子の会話というものはそんなものだということを私は三人娘らとの会話で知っている。
ここは強行しよう。
「うーん…実は暫くゲーム卒業するかも。
この前プレイしたゲームが凄く普通なゲームなんだけど逆にそれが新鮮で楽しくて。
独特な世界観でもないしキャラクターに特殊な設定もないし、平凡な高校生が恋愛するだけなんだけど
何気ない日常のやり取りを見てたらいいなって思ったんだ。
だから今はゲームよりも現実世界の恋にちょっと憧れてたり」
「へえ…!」
彼ら三人の表情がぱっと変わった。
猫がおもちゃや虫を見つけた瞬間にヒゲを対象物に向ける時のような興味津々の顔だ。この反応は悪くない。
恋愛に興味を持ち始めたという新たな印象を与えるという計画その1は成功したといえよう。
「こんなことなら以前告白してくれた人と付き合ってれば良かったかな。
とはいえ、振っておいて今更私から告白するのも相手が気分を害しそうだし、今はもう私のことなんて嫌ってるか。
何より興味本位で告白するのはよくないことだよね」
わざと相手に聞こえるように独りごちながら私はストローでブルーベリーソーダをかき混ぜた。
相手が恋愛に対して真面目であればこの独り言に対して何らかのアクションがあるだろう。
興味本位というところで嫌悪感を露わにしたり、私の最後の言葉に同意したり、だ。
相手の情報を少しでも多く集めておくのは重要なことである。
しかしながら彼らは私が想定したような態度はとらなかった。
逆にハリソンは食いつくように私を見つめる。
「――だったらさ、ボクと付き合おうよ」
「えっ?」
私は純粋に驚く。まさかこんなにも簡単に食いついてくれるとは思わなかったのだ。
逆に私の魂胆を既に見抜いているのでは、と心配になる。
とはいえ、彼の方から交際を申し出てくれたのはありがたい。
「あんな奴と付き合うくらいならボクと付き合おうよ」
「うーん…。ハリソンくん、今好きな人とか付き合ってる人いないの?」
「いない…っていうよりもちゃんが好きだからこんなこと言ってるんだけどな」
「え――」
「ストップ。ハリソン、抜け駆け禁止って言っただろ」
「同じく」
「付き合うなら俺にしろよ、」
「僕がおススメ」
「えっと……三人ともどうしたの?」
「――俺たち、全員お前が好きなんだ」
「はい…?」
想像していなかった展開になってしまった。
これは私を籠絡して弄ぼうという彼らの作戦なのだろうか。
もしかすると彼らには別れのルール以外にも別の遊びが存在するのかもしれない。
ターゲットを一人に絞り、兄弟のうち誰が最初に攻略するかというようなゲームだ。
彼らの想いが真剣だとしたら失礼な思考だけれど、いきなり三人が一度に私に告白してくるというのはいかにも怪しい。
しかしながら、彼らをゲーム対象にした私には願ってもないことだった。
たとえ彼らが私を籠絡しようとしているとしても私は簡単に人を好きにならない。
だとしたら私の方がずっと有利なのだ。この機会を是非とも利用しよう。
「えっと…ちょっとこの場ですぐに誰か一人っていうのは決められないな」
そう言って私は頬に手を当てる。演技っぽくならないように気を付けながら。
あくまでも私は素のままで彼らに接しなくてはならない。
「……じゃあ、その、我儘な注文だとは思うけど、もし三人が良ければ一人と二週間ずつ付き合っていくっていうのはどう?
性格とか女の子の接し方とかも違うだろうから三人とお付き合いしてみたい」
「いいじゃないか、そうしようぜ」
「うん、ボクも了解。
それで、その二週間の間にちゃんを本気にさせたらずっと付き合ってくれるんでしょ?」
「ええ、そうね。でももし本気で好きになったらその時は私の方から改めて告白する」
「…楽しみにしてる」
流石に三人の中の一人くらいはこの発言に否定的な感情を持つ者がいそうだと思ったけれど、驚くほどに提案はすんなりと通った。
やはり何か裏で示し合わせているのかと疑いたくなるくらいに彼らは簡単に私の計画に乗ってくれる。
もしかすると彼らもゲーム好きなだけあって、この状況をゲームのように感じたのかもしれない。それはそれで結構だ。
ゲームをするからには楽しまなければ。そして相手にも楽しんでもらおうではないか。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。相手が何か策を巡らせていようとも私は自分のゲーム目的を達成するだけだ。
「じゃあ、区切りが良いように夏休みになってから開始しよう。
最初は一番に名乗りを上げてくれたハリソンくん…でいいかな?」
「やった!」
「それならハリソンの次は僕がいい」
「俺は最後か。構わないぜ」
「…ということで決定だね。
急な展開で驚いたけど、私の我儘を聞いてくれてありがとう。夏休みの間、よろしく」
そうして友人シオにはとても言えないゲームが始まる。
ゲームに勝つのは私か彼らか――それはまだ分からない。
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