一学期の期末試験が終了した日、私はシオに誘われエクレールの大衆的なレストランに行った。
今日はクラスの違うシオの友人ら三人も一緒だ。恐らく向こうにしてみれば私も友人の一人なのだろう。
時々一緒に学食で食事をしたり、voiceless-song booth通称vsbで流行歌を歌って騒ぐ遊び仲間だ。
私は個々人に興味はないが、人付き合いが悪いというわけではない。自分からは誘わないが誘われたら行く。
付き合いが悪すぎても注目されてしまうし良すぎても目立ってしまうからだ。
人とそれなりの距離感を保つ為にもそれなりの付き合いは必要になる。
「ねえ、ちょっと聞いた?ブリズナー兄弟のこと」
シオの友人その1、ショートカットで水泳部のイーリスが体を乗り出すようにして私たちの顔を見回す。
私ははてと首を傾げたが、シオの友人その2、ポニーテールで陸上部のアルミナが呼応するように頷く。
「聞いたも何も、私も被害者の一人よ」
急に不機嫌そうな顔をして頬杖をついたのはシオの友人その3、ワンレングスボブの帰宅部サンディ。
私たちの注目が集まると、クールで大人っぽい彼女はさらりとしたストレートの髪の毛を耳にかけた。
その耳には小さい青色の石が付いたピアスが見える。
私は興味がないのでしていないが、この程度のお洒落でも自分らしさを演出するのに必要なアイテムなのだそうだ。
自分の誕生石、もしくは恋人の誕生石をあしらったピアスが学生の中では流行っているらしい。
私にしてみたら個人情報の流出だと思うのだけれど。
「ブリズナー兄弟が転校してきて約二ヶ月経つけど、付き合っては別れるっていうのを繰り返してるらしいの。長くて2週間、短くて1日とか。
…私もそんな噂を聞いたけどすぐに別れる奴なんて沢山いるからあいつらだけが特別じゃないって思ってたし、
ルゥとは同じクラスで結構話すし、いい奴だなって思ったんだよね。
それで偶然、二人きりになった時に軽いノリで告白してみたらOKってことになって付き合い始めたんだけど、
あいつ、私と約束してても友達優先してドタキャンしたりしてさ。立て続けによ?
いい加減に頭に来て“私のことどう思ってるのよ”って聞いたら次の瞬間“別れよう”って言って一気に冷たくされたのよ。
私のこと馬鹿にしたような目で見て。…ほんっとうに腹が立つわ、何なのよあいつ」
目の前に置かれたグラスの水をぐびっと飲み、氷をがりがりと噛む。
大人びた容姿である彼女だが今の姿はとても子どもじみて見えた。
「私もその話、聞いたことあるよ。別の子も同じようなことされて“私と友達どっちが大事なの”って言ったら即捨てられたって」
「ルゥだけじゃなくてレナードも結構酷いって聞いたよ。
デートしてるのに他の女友達とメッセージやり取りしたり、化粧直しとかで席を外してる間にお店の女の人とかと楽しそうに話してたりとか。
それで“私のことだけ見てよ”ってヤキモチ妬いたら、凄い冷たい顔で“別れよう”って言われて置いて行かれたって」
「ハリソンも謎らしいの。デートの時に相手の手を握ったら別れることになったとか、
腕を組んだり抱き付いたりしたら突き飛ばされてそのまま別れたって。かといってハリソン自身は結構手出してたみたいよ」
シオの友人三人娘のブリズナー兄弟トークは止まらない。
私はあれから彼らにゲームを何度か貸しているが、そんな側面があるとは知らなかった。
彼らのことを特に意識していないので誰と付き合い別れたかは勿論興味がない。
けれどシオの友人を傷つけているというのは少々気分が悪かった。実際、シオは傷ついたサンディの話を聞いて腹を立てている。
そんな彼女の隣に座っている私も何だか怒りが湧いてきた。
ブリズナー兄弟の話を聞いていくにつれて彼らは真剣に交際をしているのだろうかという考えが浮かぶ。
付き合っている時はそれなりに恋人らしいこともするし甘い雰囲気にもなるらしいのだが、別れが唐突過ぎて原因が思い浮かばないという女子ばかりなのだそうだ。
なので問いただしてまた付き合おうとするのだが、彼らは付き合っていたことを一切忘れたかのように付き合う前と同じ態度をとるらしい。
そこで女子らは自分が遊ばれていたのだと思い至り、泣き寝入りするのだそうだ。
「――、気を付けなさいよ。今でもゲーム貸してるんでしょ?」
「ええ」
vsbへ向かう三人娘と別れて私とシオは一緒に帰っていた。
自称お節介なシオは私のことを心配してくれている。
「それにしても転入してきてすぐにこんな噂が立つなんて、あの兄弟も派手なことやるわよね」
「その噂のことも気にしてないみたい。被害者が出続けてるらしいし」
「遊びでもいいから付き合ってみたいって子も多いらしいわよ。ステータス化してるみたいね。
あの兄弟と一番長く付き合えたのは私だ、みたいな。
勿論、真剣に相手を好きになって告白した子もいるんだろうけど。
…サンディもノリなんて言ってたけど、本気だったと思う」
「……そうだね」
「私、あの兄弟のこと理解できないよ。
話し合ったりもしないし相手の話も聞こうともせずに一方的に別れを告げて、しかも付き合ってたのをなかったことみたいにしてさ」
「うん」
「本気で人を好きになったことないのかな…」
「そうかもしれない。だから遊び感覚で付き合うのかも」
彼らにどんな事情があるのかなどは関係ない。けれどゲーム好きな私だからかゲーム的な引っかかりを感じた。
私が気になるのは別れる直前の女子らの行動である。そこに何か鍵がありそうだ。
彼らはもしかすると自分の中で何かルールを設けていて、そのルールを相手が破った時に関係を終わりにしているのではないだろうか。
…まるでゲームのように。ゲームには条件を満たしているかどうか判断する為の変数や文字列などが存在する。
例えばハッピーエンドを迎えるためにはAというイベントとBというイベントをクリアした上で相手の好感度をCまで上げないとけない、という隠された条件があるのが基本だ。
なのでイベントAを済ませると“イベントA済”というフラグがONになる。
また逆にバッドエンドになるフラグというものもある。
そうやって考えるとブリズナー兄弟における交際終了がバッドエンドとすると、そこに到達する為のフラグが存在するのだ。
とはいえ、どちらかというと相手の行動後すぐにバッドエンドへ突入という流れで考えると、
バッドエンドフラグというよりも相手に“別れる”という行動を起こさせるトリガーのようなものではあるが。
もしそれを見つけ出せたら、交際は続きハッピーエンドが訪れるかもしれない。
そんなことを黙思していた私の中にある考えが浮かんだ。
それはとてもシオには言えないようなことだった。
もしかすると私は変わらぬ日常に飽きてきたのかもしれない。
或いはゲームが好きすぎて現実と虚構の境が曖昧になっている可能性もある。
「それじゃあね、また明日」
「また明日」
シオと別れ、私は帰宅する。白くて無機質なマンションの一室が我が家だ。
いつものようにうがい手洗い、着替えを済ませるが私はどことなく興奮していた。
自室でコンピュータを起動させシンプルなノートパッドのプログラムを開く。
普段はアナログ派で紙をよく使用する私だが今回は証拠を残せないし、
機械操作に詳しい者なら操作履歴や使用キーを順に辿ることもできるので携帯端末も使えない。
コンピュータのノートパッドを開いたのは考えをまとめる為と私の計画を羅列していく為であり、内容は暗記して保存せずに破棄する予定だ。
――ブリズナー兄弟に別れを切り出させるトリガーを見つけ出す。
遊びで女子と付き合う彼らで私が遊ぶのだ。付き合いながら確実に彼らのルールを探っていく。
これはゲームだ。私の勝利条件は相手のルールを看破すること。そして敗北した際は相手に全てを話すこと。
その際、相手が怒り狂って乱暴したり殺そうとしても私はそれを受け入れなければならない。
私は最初から遊びで付き合うのだから彼らに振られたところで痛くも痒くもないのだ。このくらいの制約がなければバッドエンドにならない。
そしてもし私が彼ら全員のルールを看破できたら、その時は悩める女子たちにこっそりと攻略法を授けよう。
攻略が分かっていれば交際は続く。続いている間に彼らも遊びを捨て本気になるかもしれない。
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*勝利条件:ブリズナー兄弟それぞれのルール看破
*敗北条件:ルール看破失敗、ブリズナー兄弟に計画露見、もしくは相手側に何のルールも存在しなかった場合
→敗北した場合:計画を暴露すること、その際相手に何をされても恨まないこと
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ひとまず大まかなルールはできた。
しかし実行は彼らが私の誘いに乗ってくれるかどうかにかかっている。
それでも遊びで付き合っては別れを繰り返しているという噂が本当なら私が相手でも付き合ってくれるはずだ。
そう考えた私はふと初めて彼らと話した日のことを思い出した。
第一あの捨て台詞は何だよ。今までに振られた連中が作ったような噂を鵜呑みにして暴言吐いてさ。
君の言葉の真意もろくに考えようとしなかった。
僕は今後あいつと同じクラスになったとしても友情は育めないな。
レナードの言葉が頭を過る。
彼が罵ったあの男子生徒のように私は噂を信じ、彼らでゲームをしようとしている。
だが、ゲームのルールを考えるうちに次第にわくわくと胸が高鳴っていることに気がついた。
認めたくはないが私の中で眠っていた残忍性が目覚めたようだ。
――何故これまで気づかなかったのだろう。
人を愛さなくても遊ぶことはできる。愛さないように恋愛ごっこをすればいいのだ。
きょうだいかもしれない相手とセックスするのは流石に無理だと思うが、キスくらいまでなら我慢できなくもないだろう。
これまで近づけば惚れてしまうかもしれないと必要以上に臆病になり過ぎていた。
近づいてすぐ好きになるようなら熱烈な恋愛をテーマにした物語はこんなにもメディアに取り上げられないだろう。
たまにあるから、そんな状況に憧れるからこそドラマや映画などでテーマにされるのだ。
恋愛初心者の私がいきなり激しい恋心を抱く確率は低いに違いない。
このことにもっと早く気付いていたら、あの日告白してくれた彼とも付き合っていたかもしれない。
その際は私がブリズナー兄弟のように遊びで付き合う女と噂されることになっていたのだろうが。
「…これでよし」
私は自分に言い聞かせるように「大丈夫」と繰り返した。
そして画面に映されたルールを確認して消そうとするが思い止まり、
“恋心を抱くこと”という一文を敗北条件に付け加え暗記した上で内容を破棄し、プログラムを閉じた。
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