Game addict



 私は人を愛することが怖い。
身を引き裂かれるような強い想いに憧れながらも実際に引き裂かれることになったらと思うと恐ろしくて誰も愛せない。
だから私はゲームの中の男の子に恋をする。
彼らは画面を越えて来ることはないし、ゲームが終わる時が別れの時だと最初から分かっているからだ。
 彼らは甘くて切ない時間を私に与えてくれる。
恋の疑似体験をさせてくれる。しかもそれは基本的にはハッピーエンドで幕を閉じるのだ。
 実際の恋もこんなふうにうまくいくのだろうか?
ゲームシステムはそれぞれ違うけれど、結果的に相手と私の分身である主人公は恋に落ちるのはどの作品も変わらない。
 一目惚れ以外の恋に必要なのは適切なタイミングとハプニング。
厳密に言うとそれらに因るほんの僅かな心の乱れが隙を作り、二人の関係を変えてしまう。
同じような日常を繰り返すだけでは人は恋にまで発展しないのだとゲームは教えてくれた。
非日常なことが起こり、初めて物語は動き出すのだ。
ただ、現実世界で恋をしたくない私には非日常は必要ない。

 ――しかしながら、頑なに現実世界の恋を恐れる私に非日常が訪れる。
季節外れの転校生。人が作り出した物語の世界には有り触れた光景ではあるが、実際に起こり得たのだ。
しかも美形な男子生徒である。教室に思わず漏れた女子らの艶めいたざわめきが広がる。

「レナード・ブリズナーです。
 親の仕事の都合で中途半端な時期に転入することになりましたが、よろしくお願いします。
 三つ子なので兄弟も同時に転入していますが髪の色も違うし顔もそこまで似ていないので区別はつくと思います」

 教師にあれこれと自分のことを言われたくないのか、無表情に近い顔で彼は自己紹介した。
女子たちは彼の兄弟が同学年にいるということで更に高揚している様子である。
しかしながら私には非日常は必要ないし、関係ない。
非日常的な事態が起こり物語が始まるのは周りの女子らだけでいいのだ。
 私は彼の挨拶が終わると同時に授業の準備をする。
積極的な生徒らが転校生に何気ない質問を投げかける声が聞こえたが、私は気にせず窓に凭れながら外の景色を眺めた。
窓側の席は日差しが気になるけれど暇つぶしと気分転換ができるので好きだ。
授業中は基本控えているけれども目的もなく時間も気にせずぼんやりと景色を眺めるのは楽しいし得意である。
こうやって授業開始のベルが鳴るのを待つのがこの席になってからの習慣だ。

「ねえねえ、レナードくんってどうよ?」

 背中を突かれ振り向いた私にこっそりと話しかけてきた女子生徒の名はシオ・クロシェット。
誰とでも満遍なく仲の良い明るい子だ。彼女を詳しく知っているわけではないけれど裏表のないタイプだと思う。
席が近くになってからは私のお弁当仲間であり、彼女は私が女性向けの恋愛ゲームを趣味にしていると知っている。

「どうって…別に知り合いでもないし、何とも思わないけど?」
「あんな格好良い人見ても何とも思わないの?
 ホントには理想が高いねー」

 シオは肩を竦めた。しかしながら顔は笑っている。恐らく彼女の想定内の答えだったのだろう。
彼女の中で私は恋愛ゲームの男キャラに夢中になり過ぎ現実の男には見向きもしない理想の高い夢見がちな女、ということになっているのだ。
といっても別に彼女はそんな私を馬鹿にしているわけでもなく、そんなふうに見せているのも何か理由があるのだろうと察しているようで
私が本当のことを言うまで待つというスタンスである。
しかしながら一から説明するのが面倒臭いのと呆れられることが怖くて私はこれまで誰にも真実は言っていない。
真相を話しても理解される気がしないし、正直私が恋愛をここまで避けたがるのは自分でも怖がり過ぎだとも思う。
 それでも私は恐ろしくてたまらない。
もしも私が心から愛した人が愛し合うことを許されない人だったとしたら、もし真実に気付く前に関係を持ってしまったら。
私も相手も途端に穢れてこの世界から拒絶されてしまうだろう。更には私だけでなく母や相手の家族も傷つけてしまうかもしれない。
何よりその瞬間に愛する人を失うことは確実なのだ。そんな喪失感は絶対に味わいたくはない。
 だから私は人を愛したくなどないのだ。
たとえ私の不安が的中する確率がほんの砂粒程だとしても――


 この国は昔、人工細胞を使い優生保護に力を入れていた。
しかし優生処理された人類は精神が不安定になりやすく、出生率が極端に落ちる。
原因は未だ不明であるが優生同士が交配すると高確率で受精卵の時点で染色体に異常が発生したらしい。
更に遺伝子工学によって作りだされた人類たちは自然交配で生まれた者を軽視し始め、社会は優生人類から牛耳られることになった。
 そんな社会に革命を起こしたのは鉄の女神と呼ばれた女性が率いるメンバーだったと教科書には載っている。
但し彼女らは社会を変える為に科学文明を破壊してしまった。だから鉄の女神は国家転覆の大罪を犯した犯罪者でもあるのだ。
けれども彼女は人は傷つけずに革命を起こした。これは近世最大の謎とも言われている。
ロストテクノロジーに陥った我が国がここまで復興したのは人類には危害が加えられなかったことが大きい。
取り残された人類は何とか以前の技術を取り戻そうと努力し現在に至る、というのが教科書で習う大まかなこの国の近世史だ。
先天性の病や難病の治療目的以外での人工細胞の作製は禁止されたけれど、相も変わらずこの国では人身売買と命の選別が行われている。
 そんな状況下に生きていると、鉄の女神は何のために大罪を犯したのか、と考えずにいられない。
けれど、革命後にアレルギー疾患に苦しんでいた患者が劇的に少なくなったことから
鉄の女神のおかげで我が国は自然環境の大切さに気付き、昔に比べて自然が増えたのと同時に施設基準も厳しくなった。
この点だけは政府も鉄の女神に感謝している。


 ――私は父親の顔を知らない。私は自然交配で生まれた子どもではないのだ。
母親は大学病院に勤めていて遺伝子治療の研究をしており、恋愛よりも仕事や研究を生きがいにしていて婚期を逃してしまったのか、
それとも結婚したいと思う男と出会わずに年を重ねたのかは分からないが、結婚していない。
しかしながら子どもを望んだ。もしかすると子どもを産み育てるということ自体が彼女の研究の一貫だったかもしれない。
だからこそ彼女は民間企業が管理する優良な精子の中から一つを選んで購入し、
忙しいと言いながらも子どもを産み育てることにしたのだと私は思っている。
 彼女にとっては胎内で命が育ち、生まれ成長していく過程は興味深いものだったに違いない。
所謂、優生を期待させる遺伝子と交配された自分の遺伝子がどのように娘に反映されるか、
遺伝子の研究をしている彼女にとっては非常に気になるところだと思う。
 とはいえ、提供された精子は提供者の学歴やスポーツの成績、体格や容姿で分類されており、
高水準のものはそれだけ高い金額で購入することになるし、
有料の精子の希望者は身分を検められ企業の厳しい審査をパスした者だけが購入を認められる。
 もしかすると母親は社会から認められた自分のことが何より誇らしいのかもしれない。
私からしてみればそんな自尊心は愚かしいことであると思うが。

 自分の出生の経緯を母親から教えてもらった時から私の恋愛恐怖症は始まった。
基本的に精子の提供者については遺伝子レベルで予測できる病の有無などの遺伝子情報と学歴は知ることができるが、
本名やどんな環境で育ち生きているのかは公表されない決まりである。
私が移植が必要になる病気を患った際は第三者を通して連絡を取れるようだが、そのような場合は人工細胞の作製を認めているので原則として提供者との接触は許されない。
世論では子どもの知る権利を尊重せよという声もあるが、識者は総じてトラブルの方が多くなるだろうから現状維持で、というスタンスだった。
 父親の情報が公開されないことを知った私は周囲の人間がもしかすると自分の血縁者なのかもしれない、と考えるようになった。
母親の同僚のおじさんや近所のお兄さんがもしかすると父親かもしれない、同じ初等学校に通う子どもたちの中にきょうだいがいるかもしれない、と。
見えない縁者に恐怖するのは自分でも馬鹿げているとは思っている。
しかし、提供された精子は一人分だけだったのかは不明であるし、
また精子を提供する前後で提供者がパートナーと子どもを成している可能性だってあるのだ。
そんなことを考えると男性を愛することが恐ろしくてたまらなくなる。
 こんな私の恐怖心を人に理解してもらえるとは思っていない。
もしかしたら私と同じように精子や卵子提供によって生まれた人間は私と同じ悩みを抱えるのかもしれないが、
たとえそんな人たちと出会えたところで、きっと私たちは互いの性格や状況よりも遺伝情報を気にするのだろう。
貴方は私と共通の遺伝子を持っていないよね、と。

 私はため息を吐いて再び窓の外を眺める。
そうなのだ。私は人を愛することを恐れると同時に相手の遺伝情報を気にしている。
だから基本的に個人の人となりには興味を持たない。
相手がどんな人間なのかは関係ない。血縁者かどうかだけが私のすべてなのだ。
かといって付き合う相手にいちいち遺伝情報を確認するなんてできやしないし、第一そんなことを気に懸ける者もいない。
だから私は自分から相手との距離を置く。相手に興味を持たないことで壁を作っているのだ。







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