最終話 Le lieu de destin
サルサラの分身が消え、はゆっくりとクリスタルの中で眠る本体の方へ向かった。
分身は消えたけれども辺りの邪気は一向に収まらない。
は精神統一し、結界を張る準備を始める。
――今の私なら、きっと結界を張れる。
は自分の力を信じた。
そしてその力の原動力となっているアゲハへの想いも。
静かに頷き、ゆっくりと腕を真っ直ぐ上げた。
グググッと精神を集中し、全身全霊を込めて五行を切る。
指先から白く輝く霊気がほとばしっているように見えた。
それは空中に文字でも書いているかのように跡を残し、行を切るごとにその力は増加していくのを感じる。
…サルサラ、いつかきっと貴方を救ってくれる人が現れるから。
もう少し、眠って頂戴…。
「――呪――」
最後の言葉を発し、そっとクリスタルに触れた。
「…寒い。ここから出して、誰か――」
ハッとしては手を引く。
サルサラの想いが一瞬彼女の中に注ぎ込んできたのだ。
ポトリとの目から涙が零れ落ちる。
数時間後、ウメ婆たちがやって来るまで邪気の消えたその場所で静かには立ち尽くしていた。
は悲しげな表情で花を抱える。
「…救えなくてごめんなさい」
サルサラとアゲハを鎮める為に作った小さな墓の前で佇む。
ゆっくり屈み白い花を供えると、どこからかヒラヒラと揚羽蝶がやって来て花にとまった。
それを見てはアゲハのことを思い出す。
「…会いに…来てくれたの…?」
「…一緒に……生きたかった」
は神殿から持ち帰った砂の入った袋をバッグから取り出した。
そうして砂を掌の上に出すと縦に握り締め、ゆっくりと指を開いていき手の中から解放する。
そんな彼女の頬にはいくつもの涙の筋が流れていた。
「――私は…結局誰も救えなかった気がする…」
わぁっと顔を覆って泣き出す。
ポトポトと涙が砂に跡をつけていく。
するとの気持ちを察したかのように激しく雨が降り出した。
雨の音が泣き叫ぶ彼女の声を打ち消す。
「今度、人間に生まれ変われる時が来たら、一番にあんたに会いに行く」
は薄っすらと目を開けた。
髪の毛から滴る水が涙と混ざり合う。
冷たさにどこか温かさを感じては自分が紛れもなく生きていることを実感し、フッと笑った。
自分が今生きているのも、この世界を一時的に救えたのも彼のおかげなのだ。
「…待ってるからね」
立ち上がると、その場から静かに立ち去る。
空には雲の隙間から光が差していた。
幼い頃、毎日母親に話して貰った昔話。
どこからか種が飛んできたのでしょう
少女が流した涙の跡から 小さな芽が生えました
その芽はすくすくと成長し 美しい赤い花をつけました
少女は毎日毎日その花に水をやりに行きました
少女にとってその花はかつて愛した砂の少年 そのものだったのです
するとその花は少女の想いを感じたのか 枯れること無くずっと咲き続けました
ジッカラートに平和が戻って約150年後。
少女はいつもの場所へと向かっていた。 その手には一つのグラスを持って。
目的地は海の見渡せる丘に立っている古びたお墓だ。
今では大巫女様として一族の中で称えられている大お婆様の名前を貰い、私はと名づけられました。
その名前のせいか、私は周りから生まれ変わりだと言われる程に彼女と似ていたのです。
そのことには自分でも気がついていました。
それだけではありません。
大お婆様が結界を張った時と同じ年齢になった最近では、よく彼女の夢を見るのです。
彼女と、その彼女の愛した赤い髪の少年を。
彼女は彼を失った後も心から愛していました。
しかしそんな彼女を愛したのが天摩大お爺様と聞いています。
彼女も自分を愛してくれる大お爺様を愛したそうです。
それでも彼女の中で永遠に砂の少年が消えることはありませんでした。
大お爺様はそれでも彼女を愛し、生涯共にいたといいます。
そして、死ぬまで大お婆様は赤い花に水をやりに行き、彼女が息を引き取った際に揚羽蝶が彼女の周りを舞ったそうです。
そんな巫女としてではなく、女として生きた彼女の物語は代々女たちの中で伝わっています。
私はそんな物語と、夢での映像が混ざり合って、砂の少年に不思議な想いを抱いていました。
大お婆様の意思が遺伝子として私に残っているのでしょうか。
私はその砂の少年が消えてしまう夢を見ると抱き締めたい衝動に駆られてしまうのです。
そして夢の中では、お墓の前で雨に打たれて泣いている大お婆様が
いつの間にか自分へと変わっていて、涙を流しているのに気づいて目が覚めます。
そしてとても悲しい気持ちになる。
ですが彼女も私も信じています。
きっと、いつか砂の少年が目の前に現れると――
「!!」
少女は手に持っていたグラスを落とした。
昔話の通りに少女が生まれた時からずっと咲き続けていた花が枯れていたのだ。
少女に言いようもない悲しみが襲う。
そしてポトリと涙が地に落ちた時――
「あんた、泣き虫だなぁ。そんなにこの花が大切か?」
後ろから声が聞こえた。
どこかで聞いたことのある声。
少女は振り返った。
「…一番に会いに来たぜ、」
「…アゲハくん…」
初めて会ったというのに、少女の口からは彼の名前が出ていた。
そして2人はゆっくりと近づき抱き締め合う。
そっと互いの温もりを確かめるように腕に力を込めた。
「――おかえりなさい」
ついに赤い花が枯れる時がやってきました
花が枯れたその時 人間に生まれ変わった砂の少年が少女の前に現れたのです
とアゲハの物語はまだ始まったばかり――
−END−
やっと完結です!
長い間、読んでくださった皆様、本当にありがとうございました!!
アゲハや作品についてはあとがきでかいておりますので
興味のある方は是非あとがきにいらしてくださいね^^
吉永裕 (2006.5.17)
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