泣きながら彼女は持ち帰った砂の入った袋をバッグから取り出した。

「――私は…結局誰も救えなかった気がする…」

その袋を胸に抱えて、わぁっと泣き出す
ポトポトと涙が服に跡をつけていく。
するとの気持ちを察したかのように激しく雨が降り出した。
雨の音が泣き叫ぶ彼女の声を打ち消す。

 「今度、人間に生まれ変われる時が来たら、一番にあんたに会いに行く」

は目を薄っすらと開けた。
髪の毛から滴る水が涙と混ざり合う。
冷たさにどこか温かさを感じてはハッとした表情になった。
今、自分の命があるのも、この世界を一時的に救えたのも、全てアゲハのおかげなのだ。
彼と出会っていなければ、今ここに自分はいない。

「…会いたい。早く会いたい……っ!!
 一緒に生きたいよぉっ…アゲハくん……っ!」

声をかき消す程の激しい雨が彼女の肩を打った。
それでもは立ち上がらない。
そんな後姿を遠くから見つめるウメ婆は静かに彼女に歩み寄る。

……帰ろう」

優しい声でそう言うと、彼女は深く皺の刻まれた手を差し出した。
その声にゆっくりと顔を上げては静かに頷く。
そうして2人はその場から立ち去った。
空は暫く晴れそうになかった。 


 帰宅後、風呂に入らされたは湯船でもずっとアゲハのことを考えていた。
どうにかして生き返らせることはできないかと。

私にもっと力があれば…サルサラのように身体を作り、魂を呼び戻すのに。

ハッとしては慌てて風呂から上がった。
そして着の身着のまま母屋から少し離れた場所にある蔵へと急ぐ。
昔、悪さをして蔵に入れられた時に一族に伝わる術の書いた書物を何冊か見たことがあった。
その時は、ウメ婆に「術は本で学ぶものではない」とその本を取り上げられてしまったが、
もしかしたらその中に役に立つものがあるかもしれない――そう思ったのだ。

重い蔵の扉を開けて中に入ると、埃にむせながらは奥の窓を開ける。
かびたような臭いが辺りに広がるが、次第にその臭いにも慣れてきた。
古い記憶を辿って蔵の中を歩いてみる。
細い階段を上り二階に足を運ぶと、背の高い本棚が2つ壁に沿って立っていた。
そのまま窓辺に行き、二階の窓も開ける。
外はまだ雨が降っていたので光は不足していたが、冷たい空気が埃っぽさを薄めていく。
辺りを見回すと机の上にランプとマッチを見つけたので、使えるか分からなかったがマッチを擦り火を点けてみる。
なかなかうまくいかなかったが、ランプを軽く振ってみると微かに火が点いた。
煤のような黒い煙を出しつつ、次第に芯が赤く燃え始める。それでもすぐに油はなくなってしまいそうだ。
とりあえず今はこれで我慢することにして明日は懐中電灯を持ってこようと考えながら、はランプを手に持ち本棚の前に立つ。
そして霊気を使った術や巫女について書かれていそうな題名の本を数冊抜き取り、床に座り込んでざっと目を通した。
そこに載っていたのは、ウメ婆や修行した各地の師範に教えてもらった術や
陰陽道を用いて自分でアレンジした術に似ているものばかりで自分が求めているものは載っていない。
それでもは諦めきれず、本棚にある全ての本を読もうと決心して持てるだけ本を持ち自分の部屋へと戻った。



 ――それから数日後、薬草の香りが立ち込める蔵の2階では精神統一をする。
先日、特殊な札で封印されていた怪しげな本を見つけ、そこに載っていた禁忌とされる蘇生術を行うことにしたのだ。
アゲハは生身の身体は持っていなかったが魂は存在した為、
恐らくこの術でその魂をこちらに呼び戻すことは可能だと考えたのである。
そうして本に書かれていた通りに儀式を進めていった。
まずは部屋に香を焚き、床に召還の意味を持つ言葉の書かれた方陣を敷いてその四隅に蝋燭を立てる。
そして方陣の上にパラパラとアゲハの砂を落として人型に形作り、自分の手を少し切って杯に入った酒に血を落とした。
その杯を口に含むと砂に向かって勢いよく噴出し、シャンシャンと鈴を鳴らして行を切り始める。
暗い部屋に蝋燭の火が揺らめいて、そんなのシルエットを天井に映した。
術に集中している彼女の額や頬を汗が流れ落ちる。
その必死な自分をどこかで冷静に見つめている自分もいた。
こんなことをやっても無駄だと運命に失望した自分と、諦められない自分がの中で鬩ぎあっていた。
それでも目を閉じると、彼の声が姿が浮かんでくる。
そしてそんな彼にもう一度会いたいという願いが心の底から湧き上がって来た。

アゲハくんは命を失うその瞬間まで私に生きて欲しいと願ってくれた。
だから…私も諦めない。諦めちゃいけない。
まだ運命に失望するのは早すぎる――っ!

「――私の力、全てをもって貴方を呼び戻す!」

最後の行を切り終わり、は叫んだ。
すると彼女の身体の周りを包んでいた白い霊気は無数の光の珠になって空間に漂い始める。

――戻って来て、アゲハくんっ!!

もう一度、彼女は心から強く願った。

『バンっ』

突然、閉めていた窓が開き強い風が吹き込んでくる。
蝋燭の火は一斉に消えてバタバタと床に倒れていき、砂は辺りに飛び散った。

「ダメっ…!その砂がなくなったらアゲハくんは――っ!!」

慌てては手を伸ばすが、その瞬間、空間に漂っていた珠が流れ星のように砂に次々と入っていく。
そしてその光を帯びた砂は一箇所に集まり始めた。

「……アゲハくん……」

は彼の名を呼んだ。
すると砂は爆発するように弾け飛び、思わず目を閉じる。
その後、風は止み、がゆっくりと目を開けると――

「…よぉ」

会いたいと思っていた人がこちらに向けて手を上げていた。

「……う…そ…」

再び会えることを切望していたにもかかわらず、はこの状況が信じられない。

「…アゲハくんなの……?」
「おう。…また会えたな」

その言葉の終わらないうちに彼女は彼に向かって駆け出した。
そしてその勢いのまま彼の胸に飛び込む。

ってやっぱりすげぇ巫女だったんだな」
「――っ…アゲハくん…っアゲハくん…!!」

この手に感じるのは本物の彼の感触。

彼が生きていると実感できることがこんなに嬉しいことだなんて。

喜びの涙を浮かべながら彼女はアゲハの顔を見上げた。

「…の声、聞こえたぜ。オレの為に…ありがとな」
「ん…」

涙を拭う彼の指も愛しく思える。
その瞬間、もう以前のように彼が砂に戻ることはないのだとは悟った。
何故なら彼の身体から規則正しい鼓動を感じたからである。

「……人間になれたのね? もう砂の身体じゃないのね?」
「そうみたいだな……。だが――」

そう言うと、アゲハは表情をふっと曇らせる。

「――から霊気を感じねぇ。
 …オレの為にお前の力を引き換えにしたのか?」

その言葉にはこくりと頷く。
この蘇生法が禁忌とされていた理由は、術が人為を超えている内容であることと、
術後は霊気を失って二度と霊気を帯びることはできない“普通の”身体になるからだった。
それでもは構わないと思った。
霊力を必要とする臨邪期も過ぎたし、今後、自分は巫女としての力を出すことはないと考えたのだ。
それ以上に、アゲハが戻ってくるなら何でもしたいと思った。
彼は怒るだろうけど、命ですら――

「――禁呪を使ったのじゃな、

その時、後から声をかけられる。
振り向くとそこにはウメ婆が立っていた。

「……ごめんなさい」

は頭を下げた。それでも後悔はしていない。
目の前にアゲハがいる。彼が今、息をして瞬きをしている。
それだけで自分は救われ、こんなにも満たされているのだから。

「――罰は受けます。幽閉でも何でもしてください」
「おいっ…!」
「いいの」

飛び掛りそうな勢いの彼の前に手を出して制止する。
これは自分の問題なのだ。
白巫女である自分はその強い力の責任をとる必要がある。
たとえ幽閉されたとしても、腕を切られて口を封じられたとしても、その処罰は甘んじて受けるつもりだ。
ただの人間が人の生死を左右してはいけない、とは思ったのだ。
それほど人の命は重いものだと臨邪期に実感した。
しかしその禁忌を犯しても彼を復活させたかったのは事実。
もう自分は清らかな巫女ではないのだ、と自覚している。
そんなをジッと見ると、ウメ婆は重々しく口を開いた。

「…禁呪を用い、更に霊力を失ったお前はもう巫女としての資格はない。その証拠に瞳の色が変わってしまった。
 もはやお前は神の加護も受けられぬ」

その厳しい言葉には頷く。
しかし――

「――お前は破門じゃ。この国から出て行け」

思いがけない言葉に驚いて言葉が出てこない。

「ばぁちゃん……それって……」

一族の者は皆、口を揃えて臨邪期が終わったら国主になれと言っていた。
自分は本気にはしていなかったけれど、だが、破門ということは――

――私の好きなように生きていいってこと?

呆然としているを見たウメ婆はふっと優しい表情になる。

「…今までお前を血と掟で縛り続けたこと、悪かったと思っておる。
 臨邪期の過ぎた今、お前はもうただの人間じゃ。
 好きな者と好きな場所で好きなように生きなさい」

そう言って彼女はそっと手を握った。
そんなウメ婆は、この町や一族の長ではない優しい祖母の顔をしていた。

「ばぁちゃん……っ」

は目の前の祖母に飛びつきギュッと力を込めて抱き締める。
両親がいなくなってからは彼女が後見人となり今まで育ててくれ、導いてくれた。
こんなに愛してもらえて自分は幸せだ、と心から思う。

「さぁ、旅立つ支度をしなさい。他の人間に真実を知られる前に。
 数日の内にこの国を出た方が良い」
「…うん」

そう言うとウメ婆は踵を返してその場を後にする。
その後姿には一礼した。


「次期国主はどうするの?」

蔵の入り口付近の壁に背をもたれていた男が静かに口を開く。

「何も心配は要らぬよ。とは別に国主になるべく育てられた者がいるからの。
 元々、は結界を張った時点で巫女の役目から解放することになっていた。
 ――それを知っているのはごく一部の者じゃがな。
 どちらにせよ国主に就くのはその次の国主が決まるまでの短い間の予定じゃ。
 恐らく国主にはお前が適任じゃろう。
 …ここ数年は臨邪期が近づいていたこともあってごたごたしていたからの。
 そこからがこの国の本格的な建て直しの始まりじゃ。頼むぞ、葉月」
「…了解」

そう言うと立ち止まり、2人は蔵の方を振り返って微笑んだ。

「お前は良かったのか?」
「いいよ。の幸せが俺の望みだから。
 それにに拾われた俺の命をこの国の為に使うことが俺にできる恩の返し方だと思うしね。
 …いつか彼女が戻って来た時に誇りに思えるような国にしなきゃ」

そして再び歩き出す。
2人はこれから始まるの人生を心から祝福していた。


一方、蔵に残されたとアゲハは暫く沈黙したまま突っ立っていた。
しかし彼が沈黙を破る。

「…いいのか? その……オレのせいで国、追われちまって…」

その言葉には穏やかな表情を見せた。

「いいの。あんな言い方だったけど、ばぁちゃんは私を思ってああ言ってくれたんだから。
 それに、アゲハくんと一緒に生きたいっていうのがホントの願いだったんだよ。
 …いいでしょ? 一緒にいても」
「――おう。当たり前だろ、に会う為に生き返ったんだぜ? 
 それにもしがどっかに閉じ込められたとしても連れ去ってやるつもりだったし」

そう言うアゲハには笑顔で抱きついた。
彼もニカッと笑って彼女を抱き返す。

「これからはいつでも触れられるんだよな。その白い肌にも長い髪にも…」
「うん……」

アゲハの顔を見上げながら、は彼の手を取って自分の頬にそっと当てた。
彼の手は柔らかく、温かい。

「これからはいろんな所に行こうね。
 沢山いろんなものを見たり聞いたり、美味しいもの食べたり飲んだり、2人で楽しいこといっぱいするの」
「おう、それいいな。その度には笑うんだろ?」

嬉しそうにアゲハは笑った。
しかし、ふと物思いにふける。

「どうしたの?」
「ん? あぁ、あのさ――」

そう言うと、彼はすっと顔を近づけての唇にキスを落とした。
驚き照れる彼女にアゲハは無邪気に笑ってみせる。

の唇って柔らかくて気持ち良いな。オレ、これ気に入ったぜ」
「…っ……アゲハくんっ!!!」

人に見られるような場所でしちゃダメ!と言おうとして再び唇を重ねられた。
恥ずかしさもあるが、心の底からホッとしている自分がいる。
前は目を開けた時に彼は消えていたが、今はここにいる。確かに存在しているのだ。

「…こういうのは……人に見られないトコで…するものだよ」
「誰もいないからいいだろ?」
「今はそうだけど……、と、とにかく気をつけて!」
「はいはい。でもって赤い顔もいいな。もっと見たいぜ。
 …じゃあ、周りに誰もいないことだし、もう1回」
「もぉ…」

すっかり彼のペースに巻き込まれて困惑しながらも、は笑って目を閉じた。
そんな彼女にアゲハは長めのキスをする。


とアゲハの物語はまだ始まったばかり――









−END−

…というわけで、ゲーム化する際に追加しようと思っていた新しい“一緒に生きようED”でした!
思った以上に長くなってしまい…すみません。

さて、アゲハは設定から有り得ない存在ですので最後まで無理やりな展開ですが、それでも気に入ってるキャラです。
もろスランプ中の文章なのが残念ですが…愛はたくさん込めました。

こちらを読んで、やっぱり転生EDの方が好きだと思ってくださった方も、こちらの方がいいやと思ってくださった方も、
アゲハを愛してくださいましてありがとうございました!

またいつかアゲハを書く日がくるといいのですが…^^


吉永裕 (2008.6.12)


あとがき 兼 解説はこちら(取説に飛びます)      メニューに戻る