第7話 とてもとても昔のそれはそれは哀しい物語(後編)




 ――17歳になった時、ついに彼は行動を開始する。
夜中、いつものように外に出されて横たわりながら家を静かに見つめる彼には呪符を付けられた鎖が幾重にも巻かれ、
手足に錘をつけられていた。
そんな彼を見ているの背中に悪寒が走る。

…邪気が…彼を包んでいく…。

――違う、彼が邪気を取り込んでるの!?

黒くておどろおどろしい邪気が彼の身体を包んだ。
そしてこの小さな村を覆ってしまう程の黒い邪気の雲は次第に勢いを増し、
まるで彼がブラックホールであるかの如く、その身体へと移動していった。
すると鎖の上に貼られていた呪符が次々に燃えていき、ドロドロと鎖や足枷が黒い炎で溶かされていく。

「…力が溢れる…」

ゆっくりと立ち上がった彼の髪はあまりの邪気の強さに色素が抜かれて白くなり、
メラメラと湧き上がる憎しみで燃えるように瞳は紅く染まっていった。
そうして彼が両親の寝ている家をキッと見ると、家に向かって彼の身体から黒い炎が走り出す。

「――っあは…っ…あはははっ!!」

火に怯え苦しむ両親の姿を見ながら彼は初めて笑った。
そうしてその黒い炎は他の家へと移り、村全体に襲い掛かる。

「あはははっ!いい景色だね。――これからはボクが全てだ」

そう言う彼の邪気は数日後にはジッカラート全域を覆うことになる。



 その日を境に、ジッカラートは闇で覆われた。
至る所で怨霊や魔物が溢れ出し、心の弱い人間からその魂を邪気に奪われ正気を失っていく。
そして狂った人間に怯える者たちも次第にその心を穢し、ますます世は乱れていった。
そうして繰り返される殺戮に、更なる邪気が生まれていく。

「人間がこの世にいる限り邪気はなくならない」

いつの間にか、そんな彼には名前がつけられていた。
――邪神・サルサラ、と。


 一方で、 結界の張られた祠には15人の若者が集まっていた。

「我々の力を合わせれば、必ずやサルサラを退治できましょう」

それはサルサラのような特殊な力を持った者たちであった。
サルサラの邪気や魔物に負けない強い力を持った彼らは、同じような力を持つ者を集め、
この国を守る為に共に戦うことにしたのだ。

「あぁ。きっと全てうまく行く。我々の霊力をもってすれば、必ずな」
「…そうですね」

そうしてその若者達は来たるべき決戦に向けて家へと戻っていった。




 「――精神を統一するのだ!!」
「…うむ…」

ジッカラートが闇で包まれてから数か月後、邪気を無効化する念の込められた縄で縛り上げられたサルサラは15人の若者に取り囲まれていた。
そして間髪入れずに若者たちは経文のような言葉を唱え始める。

「…っ邪魔をするなぁっ!!」

必死に抵抗するサルサラから邪気が溢れ出すが、縄で縛られた彼には上手くコントロールができないようだ。
しかし、彼は冷静に脱出口を捜していた。

「…何という邪気の強さよ」

1人がふっと集中を解いた瞬間、サルサラの瞳がカッと開く。

「――っひぃっ!? うわあぁぁああ!!!」

その若者の足元から火が立ち上がり、瞬く間にその若者を飲み込んだ。

「…ど、どうする…!?」
「15人揃わねば奴は倒せぬ…」

あっという間に炭となってしまった仲間を見て、若者達の間に動揺が広がっていく。
その隙にサルサラはジワジワと縄を溶かしていった。

「…さぁ、次は誰が燃えたい?」

片手が自由になったサルサラが笑顔を見せた。
その目には強く殺意と憎悪の火が燃えている。

「う…」
「あ…ぁ…ひぃいっ!?」

完全に冷静さを失った者たちは彼から発せられる強い邪気に精神を侵食され、バタバタと倒れていく。

「――巫女様、このままでは…」

男は泣きつきたい思いで、この集団の長であり邪気を浄化する聖なる力を持つ巫女に助けを求めた。
彼女もサルサラの強さに恐怖を抱いていたが、穏やかな表情を作るとしっかりとした口調で言う。

「諦めてはなりません。命を取れぬなら…封印しましょう。
 いつか、サルサラをこの世から消すことのできる者が現れるまで地下深くに眠らせるのです」
「わかりました」

その巫女の言葉と態度に残った10人はもう一度戦う気力を奮い起こし、サルサラの周りを取り囲む。

「…何をする気?ボクは消せないよ」

余裕の表情を見せるサルサラとは裏腹に、静かに若者達は精神を研ぎ澄まし、言霊に思いを込めていく。

「もしかしてお前ら…。や、やめろ――っ!」
――――

巫女目掛けて地を割りながら迫る黒い炎を発したサルサラだが、彼女に封印の言葉を発された瞬間、
彼の周りにできた水晶のような結界に身体の自由と力を奪われた。
しかし、結界に捉えられる前に発せられた炎は尚、巫女に向かって勢いを増していく。

「巫女様っ!」
「岸和田殿――!?」
「っぐああぁあっ!!」

巫女を庇った青年に火が襲い掛かった。
彼の背中に火の柱が上がる。

「今、浄化します!」

急いで巫女はその燃え盛る炎の中へ両手を入れる。
するとすぐに黒い炎は彼女の手に吸われるように勢いをなくしていった。
しかし、青年の背中は邪気と炎で酷く爛れている。

「…お前達…許さない…」

結界の中のサルサラは巫女達を睨みつけた。

「その中では貴方は無力です」
「――いつか復活してやる。 そしてお前ら人間を皆殺しにしてやる…っ!
 そいつも、お前も……っっ!!!!」
「…愚かなサルサラよ。眠りなさい」

その言葉で結界内の気体は足元から液体へと変わっていき、サルサラを飲み込んでいく。

「…ちっ。――まぁいい。暫く大人しくしてあげるよ。でもね――」

フッと笑いサルサラが目を閉じると、彼の周りの液体は氷結した。



その後、その結界ごとサルサラは地下深くに埋められることになった。
…そうしてジッカラートに平和が戻ったのである。




 「…っ…ぅ…っ…」

は自分が泣いていることに気づいて目が覚めた。
凍った彼の姿が忘れられない。

「…暗い…冷たい…」

そう呟く彼の気持ちが痛い程伝わってきたのである。
そんな彼の最後の言葉を思い出す。

「…ちっ。――まぁいい。暫く大人しくしてあげるよ。でもね――」

人間がいる限り、憎しみは消えない。
だから永遠にボクは生きるよ。

全ては人間の憎しみから始まったこと。
全ては名前も貰えなかったサルサラの悲しみが引き起こしたこと。

「…なみだが……あふれる…」

身体を起こすこともできずには涙を流し続けた。






今回は回想です。分岐がなくてすみません。
話が長くなりそうだったので、前後編にしました。

分岐してそれぞれのキャラとストーリーが展開する形態をとっているので、
次回の分岐するまでの統一ストーリーが難しくて悩みます。

それでは、分岐を楽しみにしてくださっている方々には大変申し訳ありませんが
次回をお待ちくださいますよう、宜しくお願い致します。


ここまで読んでくださってありがとうございました!!

吉永裕 (2006.1.28)


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