もしかしたら、まだこの辺りにイロハちゃんがいるかもしれない――そう思っては家の外に出た。

何故、私を直接狙わなかったのだろう。
どうして邪気を操れるのだろう。
サルサラの仲間なのだろうか。

いろいろな考えが頭に浮かんでは消えていく。

「そうだ、サルサラ本人に聞けばいいんだ」

そう思い立ち、 はサルサラによく出会う海へと向かった。



 「…サルサ――」

珍しくサルサラが佇んでいるのを見つけたが、彼の向こう側にもう1人いるのが見えた。

あれは…イロハちゃん…?

に気づいた伊絽波がサルサラの肩越しにニヤリと笑い、彼の首に手を回す。

…あれって…キス…してる…?

そのことに気づいた はあまりの驚きに2人から目を離せない。
そんな呆然と佇む彼女を見ながら伊絽波はサルサラから離れ、何処かへ行ってしまった。

追わなきゃと思うのに、足が動かない。
あの2人がどんな関係なのか確かめなければという気持ちがあるのに、どこかで真実を知ることに怖がっている自分がいる。

「――
「…サルサラ…」

振り向き、静かに近寄ってくるサルサラには後ずさった。

「…どうしたの?君から会いに来るなんて珍しいじゃない」
「…さっきの人…イロハちゃんでしょ?」
「そうだよ」

サルサラは表情を変えずに彼女の顔を見つめる。

「……何でイロハちゃんが…その……サルサラと…」
「キスしてたのかって?」

言葉を濁すを見ながら彼は笑顔で言う。

「…」

そんなサルサラの言葉には無言で俯いた。

「あれは作業だよ。イロハが集めた邪気をボクに移す作業」
「そんな言い方…。何か酷い」
「ロマンチストだね、君って人は。もしかしてキスとかしたことないでしょ」
「…」

そんなことを話したいわけじゃないのに。
あんな場面を見たら、いろんなことが頭から吹っ飛んでしまった。

「キス、してみる?」
「…え?」

サルサラがの肩に肘を乗せて顔を近づける。

「…な、何で敵のあんたなんかと…っ!」

は咄嗟に彼を突き放した。

「君って純情だね〜。あ、だから今までの巫女みたいに色気がないんだ。 場数踏んでない証拠だね」
「煩いわねっ!そんなことしなくたって私は…っ!!」
「…結界を張ってみせるって…?」

全てを知っているサルサラは含み笑いをして見せる。
その目は“吸収されるだけなのに馬鹿だね”という気持ちが溢れ出ているのがには見て取れた。

「ねぇ、。――ボクの所へおいでよ。ボクが君の望みを叶えてあげる」
「…」
「このままじゃ、君が吸収されるだけだよ」
「でもっ!…でも、皆を裏切れない。 ――それにイロハちゃんを貴方から解放しなきゃ」
「…その為に好きでもない他の男に抱かれて力を手に入れるの?」
「…」
「――もしそんなことするつもりなら、無理矢理にでもボクが君を穢すよ」

地を這うような低い声でサルサラが呟く。

「穢すって…」
「君が婚約者とすることと仕組みは同じだよ。
 が浄化しきれない程の大量の邪気を君の体内に入れて、君の精神ごと乗っ取る」
「…精神を乗っ取る…?」
「そう。魂が抜けた身体だけが残り、君の意思は消える。
 君の意思にかかわらず、君の身体がボクの意のまま動き世界を滅ぼす。…その方が嫌だろう?」

サルサラの考えには寒気を感じた。

「ボクは君の為を思って提案してるんだよ、
「…嘘よ。何か他に企んでるんでしょ!?」
「それはどうだろうね。…君が今の話を信じないのならそれでいい。
 大人しくボクに吸収されるんだね。
 ――でも、さっきも言ったけど、もし他の男と交わったら許さない。 ボクが君を穢すよ」

これは脅迫だ。
私が力を持って結界を張られるのがサルサラは怖いんだ。
だから私の精神の死を人質にして私を脅迫しているんだ。

「…私は負けない」
「――いい度胸だよ、。 
 そういう生きた目をしてる巫女は初めてだ。…そそるよ」

そう言ってサルサラはすぅっと消えていった。

…もし、サルサラの言っていることが本当で、私を穢すことで私の身体を奪えるのなら、何故今までそうしなかったんだろう。
そうすれば、こんな取引みたいなことをしなくてもいいはずなのに。
…もしかして、私の浄化可能域を超える程の邪気がまだ集まりきれていないのだろうか。
だから慌ててサルサラはイロハちゃんに許婚たちを襲わせた…?
イロハちゃんが私に近づいても私の霊気の方が勝ってるから恐らく私が勝つだろう。
だから仕方なく周りを潰すことにしたのかもしれない…?

は揺れる波を見ながら静かに考えをめぐらせていた。

もしそうならサルサラの言うことなんて怖くない。
私が白巫女である限り、私が屈服しない限り、彼は私に手を出せない。
…サルサラの誘惑になんて負けるもんか。

はしっかりとした足取りで家へと帰っていった。







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