「やっぱり海だな。うん」

は海へ向かって歩き始めた。

海は好きだ。
チャイラでは山奥に篭って修行していたから、ずっと海を見れない生活だった。
山も雄大で静かなので好きだが、海は壮大でもっと好き。
揺れる波が、弾ける泡が、輝く光が、何もかも自由で。

「つめた…」

は海の中に入っていく。
短めのスカートを穿いてきてよかったと思った。
膝の下まで水に浸かっても気にしない。
勢いよく水を蹴り上げても、どうってことない。

「…」

でも楽しいはずなのに、どこか楽しめない。
夢の中の出来事がふと頭を過ぎった。

このまま、波に足を取られてしまうのだろうか。
このまま、海の底に引き込まれてしまうのだろうか。

――クラリとした。



 呆然と、は寝転んでいた。
胸まであった海面が、今では足の先を濡らすくらいの所まで下がっている。
空も茜色に変わり始めた。

「いつまで寝てるつもり?」

この声の主を彼女は知っている。

「呼んでないよ」
「わかってる」

そう言うと彼の足音が静かに近づいてきた。

「身体に悪いよ。ここの水は」
「貴方の邪気で満たされてるもんね」

を覗き込むのは、不快な夢を見させる張本人。

「顔色悪いんじゃない?」
「誰かさんが漏らす邪気のせいで眠れないの」
「それは悪かったね」

ニコリと笑うその顔は全く謝罪の意が込められていない。

「そろそろ起きれば?日が暮れるよ」
「いいよ、星見て帰るから。服もまだ濡れてるし」

は断固動かない。

「君、霊力が下がってるの、気づいてる?」

サルサラは傍にしゃがみ込んだ。

「ううん」
「ボクのせいだね。君は今までの巫女よりもずっとボクの気と波長が近いみたいだ」
「そうなの? …私には全然分かんない」
「あまりにも君の霊力が落ちてるから気になって会いに来たんだけど。
 …まだまだ余裕があるみたいだね」
「…」

ハイ、とサルサラが目の前に手を差し出した。
イマイチ彼が何を考えているのかわからない。
それでも出された手をそのままにしておくこともできず、はおずおずとその手を取った。

「ボクとしては、君が弱りすぎても困るんだよね」
「素直なご意見ですこと」

――どうして、さっさと私を呪い殺さないの?
どうして、ジワジワいたぶるの?
ホント、あんた悪者だよ。


「何?」
「今度一緒に星を見ようよ。今日はの体調が悪いみたいだしね」
「…考えとく」

そう言うとサルサラが優しく微笑んだ。
そんな笑い方もできるんだ、と思わず驚く。
彼の意外な表情を見て、の心も優しい気持ちになった。

…サルサラは私の一番の敵だけど、もしかしたら一番の理解者かもしれない。

歴代の巫女や一族皆から馬鹿にされるかもしれないこの思考。
それでもの中でそれは確信へと変わっていく。
目に見える絆などない。
しかし、人ならぬ力を持つ者として彼と自分は人から恐れられる存在なのは確かなのだ。
それは正反対でいて、時に共鳴し合う強い力を持つ者にしか分からない心の痛みのようなものであったり、
自分を否応なしに自分たらしめる太い鎖のようだったりもして、
彼が今まで一体どんな人生を送ってきたのかは全くわからないけれども、感覚的に“同じニオイ”を感じたのだ。
それでも外見が同い年くらいだからといって、彼の生きた年月はそうではない。
彼はもう1000年は生きていると言われている邪神。
根本的に考え方すら違うかもしれない、とも思う。

「途中まで送っていこうか」

そんなの気持ちを知ってか知らずか、サルサラは穏やかな表情を向けた。

「…うん」

――これは、きっと変な友情の始まり。

はもう少しサルサラのことを知りたいと思った。





その後(会話のみ)

「じゃあ、またね」

「うん」

「約束、覚えてる?」

「うん。星を見に行く約束でしょ」

「そうそう」

「ならいいけど。じゃあ、また今度。楽しみにしてるよ」

「うん。
――送ってくれて、ありがと…」

「ふふっ。またね、白巫女サン」




…というわけで、第4話・海(サルサラ)編でした。
さぁ、今後サルサラとはどんな関係になっていくのか。
他のメンバーよりずっと遅い展開ですけれど、お楽しみに。


では、ここまで読んでくださってありがとうございました!!

吉永裕 (2006.1.10)



次に進む     メニューに戻る