「…」
道場では瞑想していた。
「」
後ろから呼ばれ、集中力は途切れる。
「…ばぁちゃん。どうしたの?」
「お前は本当に誰からも精を受けぬつもりか」
「…まだ、相手を決めてないだけだよ」
語尾が震える。
「お前の命だけではない。この国の弱き心の持ち主の命も背負っておるのじゃぞ」
「わかってるよ!!」
大きな声でそう言うとは道場から飛び出した。
静かに服を着替えたは部屋で呆然と窓の外を眺めていた。
…私は籠の中の鳥だ。
ある目的の為に生かされているに過ぎない。
「…っ」
目から涙が溢れる。
何で?
何で嫌なことをしなきゃならないの? 簡単なことじゃないのに。
もしかしたら妊娠して、子どもを宿すかもしれない。
そんなことを、どうして望まない人としなきゃならないの?
何で私が…?
人の犠牲の上に成り立つ世界なんて…っ!
「…サルサラ…」
無意識には邪神の名前を呼んでいた。
「…呼んだ?」
「…」
その声の主はすっと現れ、の前に跪く。
「哀れだね。白巫女サン」
サルサラは薄っすらと笑みを浮かべている。
そうして彼女の強く握られた手に触れると優しくその指を開いて、彼女の指一本ずつを親指で撫でるように触れた。
「どう?ボクと手を組む気になったかい?」
「…そうね」
空になった頭でが発したのは自暴自棄に近い言葉。
「いい選択だよ、」
彼女の言葉にサルサラは微笑んだ。
「ボクと一緒にいれば、君は自由になれる」
耳元で囁かれる言葉が法力のようにの中に入っていく。
「ボクにはが必要なんだよ」
「…」
悪魔の囁きにさえ心が震える自分は、本当に白巫女なのだろうか。
「…いっそのこと、貴方の手で私を殺すことはできないの?」
切実な願い。
一族や民を裏切る重責から逃げてしまいたい。
自分が殺されてしまえば、もう後のことはなにも考えずに済む。
「…君は本当に今までの巫女とは違うね」
静かに彼はの涙を拭う。
「心を切り離せば、そんなに苦しむこともないだろうに」
「…そんな器用なこと、私にはできない」
「そうだろうね」
そうしてサルサラは無邪気に笑った。
「今までの巫女は人形みたいだったよ。霊力を溜め込むだけの器って感じでさ。
…でも君は違うね。ちゃんとした人間だよ」
「…だからこうやって邪な気にやられるのよ」
落ち着きを取り戻し、はベッドに腰掛ける。
「でも君のオーラは清らかなままだ。 どんなに周りの邪気が濃くなろうとも、が周囲の邪気を浄化してる」
「…これが巫女の血ってやつなのかな」
は苦笑し、ベッドに倒れこんだ。
辺りは静かだった。
敷地内にいる葉月や天摩、真織や伊吹の話し声が聴こえてくる程までに。
…私がサルサラにつけば、葉月たちが死んでしまうんだ。
自分が死ぬのは構わないが、彼らを巻き込むのは嫌。
「――私は巫女でしか自分を保てない」
「…それは宣戦布告かな?」
「わかんない。でも、婚姻の儀をしないにしても貴方の味方にはなれない」
「それは大人しくボクの邪気に吸収されるってこと?」
「…そうだね。人を犠牲にしてまで私、生きたくない」
「犠牲にされてきた君が言うと切実だね〜」
彼はケタケタと笑う。
「でも、まだ時間はあるからね。よく考えなよ」
「…うん。多分、変わりはしないだろうけどね」
挑戦的な笑みを浮かべ、サルサラは消えていく。
それを静かに見ながら、は少し吹っ切れた表情をしていた。
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