「伊吹兄〜、いる?」
はドアからヒョイと中を覗く。
「おう、どうした?」
中で本を読んでいた伊吹は立ち上がりこっちへやってきた。
「暇だから遊びに来た」
「お前は子どもか」
そう言いながらも笑うと、伊吹はの頭にポンと手を置く。
そんな彼の行動に胸が少しくすぐったい。
「ねぇ、ちょっと散歩しない?」
「そうだな。お前、久しぶりに戻ってきたんだし町の様子でも見て回るか」
「うん!!」
そうして2人は屋敷の外へ出た。
数年ぶりの故郷の町は懐かしさでいっぱいだった。
「やっぱり田舎だね。でもホッとする」
「そうだな。俺もこの町には年に1回は来るけど全然変わらないな。
首都はこことは違って凄いぞ、一度行ってみたらどうだ?」
ジッカラート国の首都は都市化が進み、機械的な街へと変貌したと聞いている。
この町はサルサラの封印地ということで、環境を大きく変えてはならないという特例がある為に
昔ながらの町並みを国ぐるみで保っているのだ。
町を一通り歩き回った後、2人は裏山にやって来た。
空は曇って夕日のオレンジが濁っている。
「あ、伊吹兄!この木、覚えてる?」
そんな空の様子も構わず、は足元の切り株を指差した。
「忘れもしないよ。お前が3つの時に霊波動でブッ倒した可哀想な木だろ」
「…そんないい方しなくても…」
私も忘れはしない。
小さい頃、霊力をコントロールする修行がうまくいかなくて悔しくて悔しくて、
たまたま遊びに来ていた伊吹兄に見てもらって訓練していた時、霊力が暴走して木の枝と葉の部分をぶっ飛ばす程の波動が溢れ出したのだ。
「怒られたな、あの時は」
「うん。敷地外で力を使うな、ってウメ婆に3日間、蔵に入れられたもん」
あの時は、こんな運命を背負っていたなんて全然知らなかった。
ただ私には特別な力があって、周りの大人も私のことを可愛がってくれて、
そんな皆の期待に応えたいが為に私は修行することに何の疑問も持っていなかった。
まぁ、3、4歳の子どもは皆そうなのだろうけど。
『ポツポツ…』
頬に冷たいものを感じる。
「雨?」
「そうみたいだ――」
『…ザー!!』
伊吹の言葉が終わらないうちに、激しい雨が2人を打ちつける。
「わ、一気に振り出してきた!!」
「早く帰るぞ。お前が風邪でも引いたら大変だからな」
そう言って伊吹はの手を引き、足早に山の麓へ向かった。
「…止まないね、雨」
「そうだな…」
雨があまりにも激しかったので、たちは裏山の麓にあった電話ボックスで雨宿りをしていた。
辺りはもう薄暗い。
「…寒いね」
滴る水が温かいと思える程、の身体は冷えていた。
「寒いのか?…ちょっとこっちに寄れ」
「でも伊吹兄が濡れちゃう」
「充分濡れてるよ」
そう言って伊吹はを抱き締めた。
「…伊吹兄…」
「もう少し我慢しろよ。俺の熱がお前に移るまで」
「ん…」
触れている所から伊吹の温もりを感じ始めた。
次第にその熱はどちらのものか分からなくなり、は彼と混ざり合ってしまったかような感覚を抱く。
「…いつの間にこんなに小さくなったんだよ、」
静かな伊吹の声が頭の上から聞こえてきた。
「昔から伊吹兄より小さかったよ」
「そりゃそうだけどさ。
昔はもっと男っぽくて筋肉質だったし、こんなに華奢じゃなかった気がする」
伊吹はの腰を強く抱く。
「あの頃は兄貴分の俺が守ってやらなきゃって思ったけど、今は…」
「何?守ってもらいたい、とか」
「馬鹿、違うよ。 ……男としてを守りたいって思う。 この役は、誰にも渡したくない」
「伊吹兄…」
早まる鼓動とは反対に、は静かに彼の背に手を回した。
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