…昨日は勢いあまって葉月の前で泣いてしまったけれど、いつだって葉月は私よりも1つも2つも大人だった。
大人というか、冷めているというか…。
でも彼は私をいつも保護者のように見守ってくれた人。
いつも凍ったように無表情な彼が、私の前では笑ってくれた。
それが私にとっては嬉しくて、温かくて。
「葉月、今暇?」
は葉月の部屋の扉を開ける。
「うん、暇だよ」
そう言う葉月の机には沢山の書類が重ねられていた。
「…仕事…中だった?」
「いや、休憩しようと思ってた。入りなよ」
「じゃあ、お邪魔します」
そう言ってはソファに座る。
「はもう修行しないの?」
「チャイラで充分してきたよ。この10日間はお休み」
「そう。ゆっくり休むんだね。今まで常に鍛えてきたんだから」
「うん」
高い霊力を放出する為には精神力と共に、強靭な肉体も必要な為、は常に修行を欠かさなかった。
別に筋肉ムキムキというわけではないが、しなやかな筋肉がの身体と霊力を守っている。
「…ねぇ、はさ。結界を張ったらどうするの?」
「ん?」
「結界を張ったら、の役割は終わりでしょ。 その後はどうするわけ?」
“役割が終わる=私の存在価値がなくなる”
一瞬にしての中に薄暗い闇が広がっていく。
「やっぱりこの町で暮らす?」
「…わからない」
役目を失った私はどうしたらいいのだろう。
学校にも行っていない。
友達もいない。
そんな私がどうやって生きていくの…?
「…俺とは一緒にいてくれるの?」
「え?それは勿論!」
心の闇を一瞬にして払ったのは葉月の温もりだった。
彼がそっと手に触れる。
「――ねぇ、ギュってしていい?」
「え…?」
「予行練習だよ。少しずつ慣らしていかないとは反射的に手や足で反撃しそうだからね」
「そ、そんなことないもん!! さ、抱きなさいよ!!」
恥ずかしさを隠しながらそう言っては葉月との距離を縮める。
「じゃあお言葉に甘えて」
ふっと笑うと、葉月はそっと抱き寄せて背中に手を回した。
「…」
「な、何?」
自分の鼓動が早まるのを感じながら、は冷静さを保とうとする。
「俺はずっと昔からを見てた。の苦しみも、悲しみも、全部」
「…うん」
穏やかな葉月の声が、身体に染みるように入っていく。
「俺にとってお前は必要な人間だよ。 巫女としてじゃない、1人の女として、ね」
「…葉月…」
葉月は私の気持ちの動きなんて全てお見通しだ。
存在価値を失うことへの不安も、誰かに必要として欲しがっているのも、全部。
――だから抱き締めてくれたんだね。
「…傍にいてね、葉月」
そう言っては強張っていた身体の力を抜いた。
次に進む メニューに戻る