「…嫌だ。こんな異常な一族の言いなりになるなんて」
は最悪な選択をしようとしていた。
もういい、私の命も、世界の平穏も。
「夜風に当たってこよう」
傾きかけた心を戻すべく、海へと向かうことにする。
「…さむ」
夏といえども夜の海辺の空気は冷たかった。
サルサラの邪気の影響で気候が最近おかしいとウメ婆が言っていた。
サルサラの封印場所から数キロメートルしか離れていないこの町は直にその影響を受けてきている。
ウメ婆の祈祷で町の人の混乱は今の所避けられているが、今後もっと邪気が強まればどうなるかはわからない。
「…でも、もう関係ない。世界がどうなろうと、私がこの世界からいなくなろうと」
「賢明な判断だね」
「誰!?」
振り向くとそこには同い年くらいの男が立っていた。
「貴方…」
耳の奥を引っ張られるような違和感。
肌に纏わりつく暗くて重い空気。
「…サルサラ…?」
「こんばんは、白巫女サン」
目の前の男は静かに笑う。
「何でこんな所に…!?」
突然のラスボス登場では混乱状態だ。
「…神と呼ばれたボクが分身を作ることなんて造作もないよ」
「じゃあ、封印なんて全然意味ないじゃない!」
「そうでもないよ。分身は作れても、強い力を吹き込むことはできないんだ。
忌々しい巫女の封印のせいでね」
「…意外に正直者ね」
は早まった鼓動を必死に抑える。
そして相手に気づかれないように、深く息を吸った。
「白巫女サン。取引しない?」
「…取引?」
そう言ってサルサラはに一歩近づく。
「君が結界を張らない代わりに、ボクは君の命を取らない。
臨邪期が過ぎた後、ボクの力は少しずつ解放される。
そして、いずれ完全態になった時、ボクが君の一族を消してやる。
そうすれば一族やしきたりに縛られることなく、君は自由になれるだろ?」
「…自由に…なる」
「君にとってはいい条件だと思うけど?」
自分だけが幸せになれば、なんて考えたことは今まで1度もない。
でも、“自由”と聞いた瞬間、の心は大きく揺れた。
「…でも、そんなこと、私には決められない」
「…よく考えなよ。白巫女サン。
今後、ボクは君が望めばどこにでも現れるから。 いい返事を期待してるよ」
そう言うと彼は上着をの肩にかけ、姿を消した。
「…あれが…サルサラ…?」
普通の人だった。
力を封印されてるからかもしれないけど、そこまで邪悪な感じもしなかったし。
寧ろ、口調だけを取り上げると、無邪気な子どもみたいだ。
しかし表情や態度を見ていると、どこか冷静で、一段も二段も上から見下ろされているような落ち着き様。
「…私が望めば現れるって…、どういうことなんだろ」
は先ほどのサルサラの言葉が引っかかった。
なので色々考えた挙句、彼のことを思い浮かべて「出て来い〜・出て来い〜」 と念じてみた。
勿論、冗談のつもりでだ。
「はい、そこ、試さない」
真後ろからサルサラの声がする。
「え!? ホントに!?」
が慌てて振り返るとサルサラが立っていた。
「君、本当に白巫女?」
サルサラは苦笑している。
…敵に笑われてるし、私。
「今までの巫女とは違っていろんな意味で子どもだね〜」
「すみませんね!」
サルサラに馬鹿にされていることを情けなく思いながらも、普通の人と接するような感覚になり少しだけ親近感が湧いた。
そんなの気持ちを汲み取ったのか、彼はニッと微笑む。
「じゃあ、また会いたくなったら呼んで、白巫女サン」
「…」
「ん?何?」
「だもん、名前」
「…っふふっ、了解。だね。覚えたよ」
そうしてサルサラはスゥッと消えていく。
「…上着、ありがと!今度、返す!!」
「楽しみにしてる」
サルサラは微笑んだまま消えていった。
「…私、何コミュニケーションとってんだろ」
は不思議な気持ちになりながら、ふわふわとした足取りで家に戻った。
あんなに気持ちが暗くなっていて、更に敵と会ったというのに、何故か気持ちは穏やかになっていた。
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