第16話 血と狂気が襲う時、誰が最後の一撃を放つのか
――それは一瞬だった。
サルサラの目が大きく開いたかと思うと、一気に何かに身体を持ち上げられた。
そして壁に激しく叩きつけられる。
「っっ……っげほっ…がはっ」
壁からずるずると床に落ちた天摩の口から血が流れた。
衝撃で口の中が切れたようだ。
ドロッとした生温い鉄の味のする液体が口の中に広がり、咽へと流れ込む。
「っっ…ぁっ…はっ…っ…!!」
咽に纏わりつく感覚が気持ち悪い。
天摩は四つん這いになったまま、物凄い勢いで咳き込む。
「…あーあ。人間って脆いよね」
サルサラは冷たく笑ってみせた。
そして使い物にならなくなった自分の腕を自らの邪気の刃で焼き切り、もぎ取る。
精巧に作られたその身体からは血が流れ出した。
「――っ!」
天摩はその様子を信じられないといった風に見る。
「そんなに蒼白な顔してどうしたの?無駄なものを取っただけじゃない。
第一、邪気と念で作られた分身だから痛みなんて感じないしね」
そう言うとサルサラは床に転がっている腕を踏み潰す。
「――血が流れるように作ったのは、楽しいからさ。
それに…こういう状況で血を流して笑ってるヤツを見ると、狂気と恐怖を感じるでしょ?」
そうしてクスクスと肩を震わせて笑った。
「…君、ちょっと狂ってるんじゃない?」
「そうだね。――でも、そんな風にしたのは人間だよ?」
見下すように天摩を見ながら彼は笑う。
暗い邪気の中で浮かび上がる白い顔と髪が不気味さを更に演出していた。
静かな空間にヒタヒタと血の滴る音が響く。
「全部、消えればいいのさ。汚い下卑た人間なんて。
そしてボクにその穢れた魂を差し出すがいい――っ!」
サルサラが叫んだ次の瞬間、ゴオオっと地鳴りがしたかと思うと、天摩の周りの床から黒い手のような物が現れた。
咄嗟に天摩は横に転がってそれを避ける。
「せいぜい逃げ回ればいいよ。お前が死ねば、次は巫女の番だ」
「――何だってっ!?」
天摩は結界を張ろうと精神を集中させて無防備の状態であるを見た。
「いくら邪気を浄化する巫女でも、普通の物質的な攻撃を受ければ――死ぬ、よね?」
ドクン…と天摩の心臓は鈍い音を立てる。
呼吸は未だに整わず乱れている彼の背中に冷たい汗が流れた。
「…これ、なーんだ?」
そう言ってサルサラが取り出したのは1本の棒手裏剣だった。
「それは――」
「イロハのものさ。これで巫女を殺したら、彼女はきっと喜ぶだろうね」
「そんなこと――っ!!」
天摩は拳を構える。
「巫女の従姉の武器で巫女が死ぬって…最高の気分だね」
「最低だよっ!君の言ってること、意味わかんないね!!」
天摩の回し蹴りによって黒い邪気は消し飛んだ。
しかし床から吹き出た黒い邪気が彼の腕や足を捉える。
「――うっ!」
ジュウッと邪気に焼かれた彼の皮膚が音を上げた。
皮膚は黒く火傷を負ったように爛れている。
「もっと声上げてよ。泣き喚いてもらわなきゃ、ボクの気が済まないんだよ」
サルサラはそう言うと指をパチンパチンと鳴らした。
すると続々と床から邪気が伸びてくる。
「…ちっ!」
それを避けながらも天摩はサルサラから目を離さない。
いくらちゃんが救いたいって言ってたとしても、
人間を怨み続けてちゃんを殺そうとまでしてる彼を許すことはできない。
どんなに皮膚を焼かれても、その瞳から光が失われることはなかった。
それがサルサラには腹立たしいらしく、次第に彼の顔に浮かんでいた笑みが消える。
「…今度はその目を焼いてやる」
そう言うと、サルサラは残った右手に邪気を集め始めた。
あまりの邪気の強さに周囲が歪んで見える。
――次の攻撃は半端じゃない。
防御か?それとも避けた方がいい?
今の状態じゃ、防御したって完全には防げないし、きっと大きなダメージを受けてしまう。
でも、俺が避ければ後ろにいるちゃんに被害が及ぶ。
残る手段は……一つだけ――
「これで終わりだよ。――死ねっ!」
その言葉と同時に、サルサラの手からビームのように放たれる邪気。
それが蠢くように天摩へと向かってくる。
そんな中、彼は静かに目を瞑り息を整えた。
今までサルサラによって荒らされた心が穏やかになっていく。
『…天摩』
静かな波ひとつない湖に、水が一滴落ちたようにの声が心に響いた。
怒りで濁った感情が浄化されていくような感覚を覚える。
…そうだ。
憎しみに怒りをぶつけたって火に油を注ぐようなものだ。
――俺はちゃんみたいに彼を許すことはできない。
でも、ちゃんの為にも俺はここで倒れるわけにはいかない。
天摩の心の中にあった怒りや憤りなどの曇りが消えた。
今の彼は、愛する人を守る、ただそれだけの為に立っているのだ。
「――俺はまだ死ねないっ!」
そう小さく呟くと、天摩は邪気の塊へ向かって走り出した。
スローモーションのように時間の流れを感じながら、天摩は手を身体の前で交差して邪気の中を進んでいく。
「馬鹿だな。自分から焼かれに来るなん――っ!?」
『ドス』
鈍い音とともに、天摩を包んでいた邪気は消え去った。
霊気でオレンジ色に眩く光る拳がサルサラの腹に食い込み、彼の口から血が吐かれる。
「…ま、まさか………ボクが…人間なんかに――」
「…人間ってね、意外なトコで力出すもんなんだよ。特に愛とかが絡むとね。
――君には、わかんないかもしれないけど」
サルサラの耳元で天摩は静かに口を動かす。
彼の肩越しにサルサラはの唱える最後の言葉を聞いていた。
「――呪――」
すると辺りの邪気が次第に薄れていく。
「…ふん。――まぁ、いい。どうせまた300年後にボクは目覚めるんだから」
その薄れゆく笑顔を見て天摩は呟いた。
「…眠りなよ、深く、ね」
「ふん。――おやすみ、愚かな人間ども」
天摩が右手をすっと下ろすと、静かな部屋にサルサラの倒れる音が響いた。
やっと更新できました!
今回は内容がグロテスクですみませんでした。
こういう内容は表に置くべきではないのだろうかと思ったのですが、まぁ、年齢制限してるし…と思って。
やはり話し合ってチャンチャンと終わってもつまらないなぁと思ったもので
私にできるかぎりの戦闘をさせてみましたが…それでも描写力のなさを痛感します…。
さて、天摩はここでも主人公のことばっかりですね…。
あまりにヘタレすぎて恰好悪いなぁ…。
もっと恰好いい姿を書きたかったのに…天摩ファンの方、本当にすみません。
…というわけで、もう少し物語は続きますが、今後もどうぞ宜しくお願いします。
それでは、ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました!!
吉永裕 (2006.5.11)
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