第15話 男たちの戦い
静かに男たちは向かい合う。
「君、霊気なしでボクと戦う気?時間稼ぎにもならないよ?」
「…そうかもしれないね。でも、これが俺の仕事だから」
おちゃらけたサルサラとは対照的に冷静な葉月。
そうして葉月はホルダーから銃を抜く。
「遠距離がお望み?オッケー」
そう言うとニヤリと笑みを浮かべてサルサラは葉月から距離を取った。
…が救いたいと言ってたからどんな奴かと思ってたけど。
「――ホント、嫌な奴」
そう呟くと葉月はゆっくりと銃を構える。
「…ふん。もう1人のボクが何を言うの?」
銃を向けられたサルサラの言ったひと言に葉月は目を見開く。
「君も人間を怨んできたんでしょ?」
「黙れ!」
『パンッ』
ツーっとサルサラの左頬に赤い筋が流れ落ちていく。
にやりと笑うと彼は右手で血を拭い、親指をペロリと舐めた。
「ただの分身の割にはリアルに作ってるでしょ? …生身を傷つける気分はどうだい?気持ちいいでしょ」
「胸糞悪いんだけど。早く消えてくれない?」
そう言うと葉月はサルサラの左胸を狙い、銃を構える。
「ふーん…。正義の味方気取り?
思い出させてあげようか。君の胸の奥に眠る激しい感情を」
サルサラがそう言った瞬間、葉月は目の前に黒い靄がかかったような感覚がした。
そして冷静になろうと2、3回首を振るが、尚更黒い靄は広がり、彼の全身を飲み込める程の大きさになっていく。
「――君はボクだよ」
遠くからサルサラの声が聞こえてきた。
クスクス笑う声も聞こえる。
「その抑えた憎しみも哀しみも全部…ボクに見せてよ」
カッとサルサラの目が見開いた。
すると葉月の前にあった靄が一斉に彼の身体の中へ吸い込まれるように入っていく。
「――っ!」
葉月は抵抗しようとするが、すぐに意識を奪われ立ったまま首を垂らした。
熱いと思ったのは最初だけ。
あとは黒い邪気に身体の中を弄られているような感じだ。
葉月は暗い海の中に浮いているような感覚を覚える。
そして黒い藻のような手が自分を絡めとろうとして揺れているのがわかった。
「…黒い…手…?」
自分でもピクンと心の何かが反応するのがわかった。
その反応した部分を感知して、身体の中の邪気が移動する。
「――っ!!」
そうして邪気がその部分に掴みかかったかと思うと、一斉に過去の記憶が吹き出してきた。
熱いっ痛いっ・・・っ!!!
じりじりと背中を焼くような痛み。
棒で自分を殴りつけるその手はいつだって真っ黒だった。
光を遮り、覆い被さるように手を挙げたその母親の顔も、いつだって自分には暗く、時には鬼のようにも見えた。
いつだったか、自分が痛みと悲しみで泣き叫ぶと母親も泣き、殴る手に更に力を加えた。
力が怖かったわけじゃない。
母親のその涙を見た時から、俺は泣くことも叫ぶこともしなくなった。
――自分の存在が母を哀しませ、憎しみで心を狂わせてしまうのだ。
そういう失望感に気づいてしまったから。
『自分を愛してくれなかった母親が憎いでしょ?』
サルサラの声が微かに聞こえてくる。
『愛ではなく、暴力を与える母親を怨んだでしょ?』
その言葉は水に墨汁を垂らしたかのように、少しずつ心を汚し、その存在を拡げていく。
「憎んだことなんてない。俺は失望しただけ。 ――誰でもない、自分自身に」
『そして母親に』
「…」
『助けてくれない父親にも』
「……そう…かもしれない…」
葉月がそう呟くと、足をぎゅうっと何かに掴まれた。
それは先程見えた、海の底から伸ばされた黒い手だった。
するとその手から更に黒くて汚い感情が注ぎ込まれていく。
『怨んだっていいんだよ。憎んだっていいんだよ』
囁くようなサルサラの声が耳元で何度も何度も響く。
その声に伴って、葉月の首もグラグラと揺れ始めた。
――オレハ…ニクイノカ?
目を瞑ると昔の母親の顔が浮かんだ。
父親の顔は黒く塗りつぶされてはっきりと浮かんでは来ない。
きっと父親と向かい合ったことがないからだ。
自分が生まれてから、父親は家に寄り付かなくなった。
愛する人に呪い持ちの子どもを宿させてしまったという思いと、
周りからの嫌がらせを受けたくないという思いがそうさせたのかもしれない。
ウメ婆さんに聞いた話では、家の外に女をつくるような人ではないそうだから。
…それが余計に母親を苦しめたのだろう。
今では何となくわかる。
彼女は……淋しがりやだったから。
葉月は本当に特別ルートです。
このままでは葉月だけ話が増えてしまいそうです。
それにしても、葉月は「境遇と口調がサルサラに似てる」という設定にしたのですが、
その設定のせいで口調がどっちがどっちなのか分からないという困難な状況が発生しました。
本当にわかりにくくてすみません。
でも
サルサラ→あえての無邪気口調
葉月→嫌味・高飛車口調。
みたいな感じでご理解願います。
そう、大変申し訳ないですがまだまだサルサラとアゲハルートは再開できそうにありません。
本当にそのキャラたちって次の1話で終わりそうなんですもの…。
やはり終わりは揃えたいので…彼らを心待ちにしている方には本当に申し訳ありませんとしか…m(_ _)m
…というわけで、できるだけ早くこの『destin』を完結させたいと思っているので
もう少しの間、温かく見守ってください^^
それでは、ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました!!
吉永裕 (2006.4.10)
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