第14話 血と狂気が襲う時、誰が最後の一撃を放つのか
裕は無言で目の前の砂を掴んでポケットの中に入れた。
そしてゆっくりと地下へと降りる階段へと向かう。
ヒタヒタと水滴が滴る音が聞こえるが、彼女の耳には届いていなかった。
ただ今はアゲハへの想いと、この言いようもない虚無感の扱い方が分からずに足の赴くまま、先へと進んでいた。
――救えるものなら、サルサラも救いたいと思っていた。
でも、今はそんなことはどうでもいい。とにかく、じっとしていられない。
最後の段を降りて部屋に足を踏み入れた裕の前に、クリスタルの中に眠るサルサラと、
もう1人、その傍らで佇んでいるサルサラの分身が現れる。
「…来たね、裕」
分身の方のサルサラが不敵な笑みを浮かべて数歩、裕の方へ歩み寄る。
「結界、張りに来たんでしょ?」
「…」
裕は頷きもせずにただ彼の赤い瞳を見つめた。
「そんな力のない状態で来るなんて…死にに来たの?」
――それは一瞬だった。
サルサラの目が大きく開いたかと思うと、一気に何かに身体を持ち上げられて壁に激しく叩きつけられた。
「っっ……っごほっ…くぅっ」
受身も防御も何もしておらず、無防備な状態で叩きつけられた裕は壁からずるずると床に落ち、口から血を吐き出す。
ドロッとした生温い鉄の味のする液体が口の中に広がり、咽へと流れ込んだ。
「っっ…んぁっ…ぁっ…ごほっっ…!!」
咽に纏わりつく感覚が気持ち悪い。
裕は四つん這いになったまま、物凄い勢いで咳き込む。
「…ふふん。やっとボクが復活する時が来たようだね」
サルサラは見下すように冷たく笑う。
暗い邪気の中で浮かび上がる白い顔と髪が不気味さを更に演出していた。
静かな空間にポタポタと裕の血の滴る音が響く。
「結局、イロハもアゲハも役立たずだったなぁ」
「っ!!」
その言葉に生気を失っていた彼女の目が大きく開いた。
「アゲハなんてボクを裏切ったしね。本当に不良品だったよ、アレは」
「っ!!!」
気がつくと裕はパシッとサルサラの左頬を引っ叩いていた。
「…そんなに腹立たしい?あんな砂の塊に同情したわけ? ――裕、君にはホント呆れたよ。
感情的で利用しやすいと思ってたけど、君は今までの巫女以下だね。
感情や思考のない人形よりも、感情的過ぎる君はずっと愚かで醜い」
「貴方に何がわかるっていうの!? ――アゲハくんは貴方よりずっと人間らしかった。
純粋無垢な人だったわ!! それを……不良品だなんて…っ!」
「…ふん、だからそんなドロドロした人間臭い感情が嫌いなんだよ、ボクは。
――大人しく、ボクに靡けばよかったものを」
ツカツカと歩み寄り、サルサラは裕を蹴飛ばして地に倒すと、髪を掴んで引っ張り上げた。
裕はそんな彼を睨みつけるように見据える。
「貴方だって……憎しみや恨みっていう人間のドロドロした所を持ってるくせに」
「何だって!?」
グイっとサルサラが彼女の顎を掴む。
「ボクを汚らしい人間と同じにしないでよね」
そう言うと裕の胸に蹴りを入れて、彼は背を向けて歩き出す。
「…全部、消えればいいのさ。汚い下卑た人間なんて」
俯いて彼は呟いた。
「――そしてボクにその穢れた魂を差し出すがいいっ!」
サルサラが叫んだ次の瞬間、ゴオオっと地鳴りがしたかと思うと、裕の周りの床から黒い手のような物が現れた。
咄嗟に横に転がってそれを避ける。
「せいぜい逃げ回ればいいよ。今の君にはボクの邪気を浄化することなんてできやしないんだから」
「っ!!」
「でも、普通に邪気で殺しても面白くないから、人間らしく殺してあげる。
…巫女といえども、普通の物質的な攻撃を受ければ――死ぬ、よね?」
ドクン…と裕の心臓は鈍い音を立てる。
呼吸は未だに整わず乱れている彼女の背中に冷たい汗が流れた。
「…これ、なーんだ?」
そう言ってサルサラが取り出したのは1本の棒手裏剣だった。
「…」
「イロハのものさ。これで君を殺したら、彼女はきっと喜ぶだろうね」
「――っ」
裕はイロハにつけられた傷口を押さえる。
「巫女の従姉の武器で巫女が死ぬって…最高の気分だね」
「…貴方は…ホントに――」
アゲハの命を救って欲しいなどと頼める状況ではない。
もう、サルサラには裕を殺すことしか頭にないのだ。
そんな彼の姿にアゲハに対して抱いていた同情にも似た想いがふっと胸を掠める。
「――っあぁ…っ!」
その時、裕の足を絡め取った邪気によって焼かれた皮膚がジュウッと音を上げた。
その部位は黒く火傷を負ったように爛れている。
「もっと声上げてよ。泣き喚いてもらわなきゃツマンナイでしょ」
サルサラはそう言うと指をパチンパチンと鳴らした。
すると続々と床から邪気が伸びてくる。
「…っ!?」
それを裕は必死に避けようとするが、次第に周りを囲まれ邪気に取り込まれてしまった。
アゲハくん、私…死ぬかもしれない。
邪気に飲み込まれて息もできず、肌を焼かれる痛みを感じながら
アゲハの願いも空しく、自分はあっけなく死んでしまうかもしれないと裕は呆然と思っていた。
しかし、次の瞬間、
『裕…生きろ……』
とアゲハの顔と声が目の前に浮かんできた。
…アゲハくん。
その名を呼ぶだけで、力が溢れてくるような気がした。
そして実際にその力は身体を取り囲んでいた邪気を浄化してしまった。
静かに立ち上がった裕の瞳には、以前のような強く輝く光が灯る。
それがサルサラには腹立たしいらしく、彼の顔に浮かんでいた笑みが消えた。
「…今度はその目を焼いてやる」
そう言うと、サルサラは右手に邪気を集め始めた。
あまりの邪気の強さに周囲が歪んで見える。
――次は今までの比じゃない。
防御?それとも回避するか…?
今の状態じゃ、防御したって完全には防げないし、きっと大きなダメージを受けてしまう。
でも、今の私には、もう何も怖いものはないから――
「これで終わりだよ。――死ね、裕っ!」
その言葉と同時に、サルサラの手からビームのように放たれる邪気。
それが蠢くようにこちらへ向かってくる。
そんな中、裕は静かに目を瞑り息を整えた。
今まで荒涼としていた心が穏やかになっていく。
『――裕』
静かな波ひとつない湖に、水が一滴落ちたようにアゲハの声が心に響いた。
いろいろな感情で濁っていた心が浄化されていくような感覚を覚える。
…そうだ。
私は人を守る為の巫女なんだ。
――今の私にはサルサラは救えない。
でも、皆の為に…消えてしまったアゲハくんの為にも、この世界をここで終わらせるわけにはいかないっ。
また、アゲハくんと出会う為にも――っ!
裕の心の中にあった曇りが消えた。
「――サルサラ、私は最後まで闘うわ」
そう小さく呟くと、裕は邪気の塊へ向かって走り出した。
スローモーションのように時間の流れを感じながら、裕は手を身体の前で交差して邪気の中を進んでいく。
「馬鹿だな。自分から焼かれに来るなん――っ!?」
『トン』
軽い音とともに、裕を包んでいた邪気は消え去った。
霊気で白く光る彼女の手がサルサラの胸に触れると、
その光は雷のようにバリバリとサルサラの周りに張りつき、その身の自由を奪っていく。
そして裕が行を切り、サルサラの左胸に手刀を突き刺すと、それに反応するように
その白い結界はギュウッとサルサラを締め付け、その邪気を吸収していった。
「…まさか………そんな………何故、ボクが…力のない巫女なんかに――」
サルサラは邪気を失い、形を留められなくなっていく。
「確固とした愛があれば、婚姻の儀なんかしなくたって力を得ることはできるわ。
…それが人間なのよ」
裕は静かに口を動かす。
そんな彼女を見ながら、サルサラはくそ、と悪態をついた。
しかし口角がゆっくりと上がる。
「…ふん。――ま、いいさ。どうせまた300年後にボクは目覚めるんだから」
それを見て裕は俯くが呟いた。
「…きっと。きっといつか……」
――貴方を救ってくれる人が現れる。
「…これで終わりよ、サルサラ。――眠って頂戴」
「ふんっ。――おやすみ、愚かな白巫女サン」
裕が手をサルサラの身体から引き抜くと、すぅっと彼は消えていった。
「…さよなら……もう1人の私………」
今回は内容がグロテスクですみませんでした。
こういう内容は表に置くべきではないのだろうかと思ったのですが、まぁ、年齢制限してるし…と思って。
やはり話し合ってチャンチャンと終わってもつまらないなぁと思ったもので
私にできるかぎりの戦闘をさせてみましたが…それでも描写力のなさを痛感します…。
アゲハは消えてしまいましたが、物語はもう少し続きます。
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました!!
次回をどうぞお楽しみに…!
吉永裕 (2006.5.11)
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