「――貴方を、救いたい」
は彼の目を見つめてはっきりと言った。
「…っは!何を言うかと思えば……救いたいだって!?」
サルサラは一歩前に出る。
「そうよ。私、貴方を救いたい。 恨みや憎しみから解放してあげたい」
「…、君は……ボクに殺されたいの…?」
――それは一瞬だった。
サルサラの目が大きく開いたかと思うと、一気に何かに身体を持ち上げられ、壁に激しく叩きつけられたのだ。
「っっ……っごほっ…くぅっ」
受身も防御も何もしておらず無防備な状態で叩きつけられたは、壁からずるずると床に落ち、口から血を吐き出す。
ドロッとした生温い鉄の味のする液体が口の中に広がり、咽へと流れ込んだ。
「っっ…んぁっ…ぁっ…っ…!!」
咽に纏わりつく感覚が気持ち悪い。
は四つん這いになったまま、物凄い勢いで咳き込む。
そんな彼女を見つめて、サルサラは表情を曇らせた。
「――君には本当に……呆れたよ。 感情的で利用しやすいと思ってたけど…君は今までの巫女以下だね。
感情や思考のない人形よりも、感情的過ぎる君はずっと愚かだ…」
彼は言葉を濁らせながら俯く。
「…貴方に会う前は、ただ貴方の傍にいたい、そう思ってた。 でも、それは違うってわかったの。
貴方を本当に幸せにする為には、邪神の貴方を消すことが一番だって」
口元を拭いながらは立ち上がる。
「――ふ…ふふっ!……あはははっ!!」
いきなり彼は壁を殴りながら笑い始めた。
は黙ってそれを見つめる。
「君は本当に……本当に愚かだよ…!」
「…貴方から見たら愚かかもしれない。でも、私は引き下がれないの」
「ふん…。それなら、遠慮なく君をここで殺してあげるよ、」
俯いて彼は呟いた。
「――殺して君を手に入れる!」
叫んだ次の瞬間、ゴオオっと地鳴りがしたかと思うと、周りの床から黒い手のような物が現れた。
は逃げ場所を失い、地下室への階段を転がるように落ちていく。
「死にたくないなら頑張って逃げ回ることだね。……今の君にはボクの邪気を浄化することなんてできやしないんだから」
「っ!! ――っあぁ…っ!」
地下室に転げ落ちたに間髪入れず邪気が襲い掛かり、彼女の足を絡め取った。
絡め取られた皮膚がジュウっと痛々しい音を上げる。
その部位は黒く火傷を負ったように爛れた。
「…どう、これでもまだボクを救うつもり? ――逃げるなら今だよ」
サルサラはそう言うと指をパチンパチンと鳴らす。
すると続々と床から邪気が伸びてきた。
「…っ!?」
それをは必死に避けようとするが、すぐに周りを囲まれてしまう。
――サルサラは迷ってる。
本気で殺すつもりならとっくに殺されてる筈だ。
なのに邪気は私の周りを囲むだけで、襲い掛かってこない。
は邪気の炎の向こう側にいるサルサラを見つめる。
彼は…本当は救われたいんじゃないだろうか。
そして、それができるのは私しかいない。
の瞳が力強く輝いた瞬間、身体の周りを囲んでいた邪気が浄化された。
静かに立ち上がった彼女の瞳には、真っ直ぐサルサラが映っている。
それを見た彼はチッと舌打ちすると、首を振ってため息をついた。
「…、どうして君は逃げてくれないの? そんなにボクに殺されたいのか!?」
そう言うと、サルサラは右手に邪気を集め始める。
あまりの邪気の強さに周囲が歪んで見えた。
――物凄い濃度の濃い邪気がサルサラの手に集まってる。
あれをまともに食らったら、本当に死んでしまうかもしれない。
でも、それでも私は諦めるわけにはいかない。
だって、私は……私は――
「――。これで……終わりだっ!」
その言葉と同時に、サルサラの手からビームのように放たれる邪気。
それが蠢くようにこちらへ向かってくる。
そんな中、は静かに目を瞑り息を整えた。
今までしてきたサルサラとのやりとりが次々に浮かんでくる。
――私が貴方を救ってみせる。
貴方の痛みも、悲しみも、全部私が受け止めてあげるから。
サルサラ……っ!!
は邪気の塊に飲み込まれた。
邪気の激しい風と熱により彼女の皮膚はピシピシと弾け、赤い身が現れ、血が吹き出る。
その痛みに耐えながらは勢いに逆らい、手を身体の前で交差しながら邪気の中を進んでいく。
1歩前に進むごとに5箇所くらい皮膚が切れるが、そんなのもお構いなしに、ただ只管、はサルサラのもとへと向かっていた。
「な、何で…!? どうしてだよ、――っ!!」
サルサラは美しい身体に無数の傷ができてボロボロになっていく彼女の様を見ながら狂ったように叫んだ。
は何も言わずに前へと重い足を持ち上げる。
「どうして死のうとするんだよ!ボクなんかの為に…っ!!」
邪気を放出するのを止め、頭を抱えてサルサラは唸った。
そんな彼には声をかける。
「――貴方だからよ、サルサラ」
それはとても優しい声だった。
皮膚をズタズタに切り刻まれた人間が発すことのできる声ではなかった。
「私…貴方の悲しみも苦しみも…全部見たの。
――そんな貴方の心の痛みを……全部、私が理解することは無理かもしれな…い。
でもね、これからは私が傍にいるよ。
苦しい…時も悲しい時も、泣きたい時も…ずっと私がサルサラの傍にいるから。
一緒に、生きよう……ね?」
息を切らしながら、は前へ足を引きずるように動かした。
その度に焼かれた皮膚がバチンと弾けるように切れていく。
「く、来るな!!」
サルサラは数歩後ずさった。
しかしは静かに足を動かす。
すると太ももの皮膚が大きく破れ、その痛みでガクリとバランスを崩した。
「――止めろ、!もう止めてくれっ!!!」
神殿内に彼の悲痛な叫びが響く。
はそれでも止まらない。
サルサラの瞳は揺れ、その中には血まみれの彼女が映っていた。
堪らなくなった彼は両手で耳の辺りを押さえ小刻みに震えている。
「――サルサラ」
数分が経過しただろうか。
傷だらけのはようやく歩を止めた。
手を伸ばせばサルサラに届く所にまでやってきたのだ。
ゆっくり彼が顔を上げると、そこには聖母のような優しい表情をしたがいた。
「……私は諦めない。 だって私は――」
―― 貴 方 を 愛 し て い る か ら ――
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