「、大丈夫か?」
ヒョイとアゲハが顔を覗き込んだ。
は慌てて彼から離れる。
「…何だよ。あんたがうんうん魘されてるからここまで来てやったのに」
そう言うアゲハには胸の痛みを感じた。
どう見ても人間そのものだ。
人のこと心配したり、拗ねて不貞腐れたり…。
そんな彼を消してはいけないと思った。
彼をどうにかして一人の人間として生まれ変わらせてあげたい。
心に浮かんだ切実な願い。
でも今の私には…結界を張る力すらない――はギュッと布団を握り締める。
ついに明日は結界を張る日。
しかし自分は一度も許婚の精を受けていない。
ウメ婆の言うことが正しければ、私はサルサラに吸収されてしまうことになる。
アゲハくんのことをあーだこーだ考えてる場合じゃないっていうのに。
そう思いながらは窓の外を眺めるアゲハの横顔を見つめた。
「…ねぇ、どっか行こうか?」
「おうっ!」
それまでの膨れ面はどこへ行ったのか、アゲハは嬉しそうに笑顔を向ける。
はそれを見て哀しそうに笑った。
何も知らないから…余計に不憫に思える。
はその日、町の色々な所にアゲハを連れて行った。
本屋や駄菓子屋、ゲームセンターや喫茶店。
駄菓子屋にある子ども用のカエルのおもちゃが気に入って何度も何度も遊んだり、
飛び出る絵本に声を出して反応したり、喫茶店で目の前に置かれたパフェに目を輝かせたり。
そんな子どものような彼を見つめるは笑顔であったが、チクチクと胸を刺すような痛みは増すばかりだった。
「は色んなトコ、知ってるんだな!」
1日の最後に2人は初めて会った海にやって来ていた。
「楽しかったでしょ?」
「…楽しい…って何だよ」
そうして表情を曇らせたアゲハをいたたまれない気持ちでは見つめる。
自分に感情があることもわからずに…明日になったら彼も消されてしまうのだろうか。
彼は私を監視する為に作られたようなものだ。
私の存在がなくなれば、サルサラにとって彼の役割は終わる…?
そのことが尚更を苦しめた。
私のせいで勝手に作られて、壊されるなんて…っ。
は堪え切れず溢れた涙を見せないようにアゲハに背を向けて口を押さえる。
「…?」
アゲハはが自分に背を向けていることに気づくと、彼女の前へと回って顔を覗き込んだ。
「…また泣いてんのか?あんた、泣き虫だな」
目の前のアゲハは困ったような表情を浮かべてふぅ、と溜息をついて苦笑する。
「…アゲハくんは…どうなるの?」
「あん?」
邪気で作られたというのに、無邪気過ぎる彼に耐えられずには気になっていた言葉を漏らした。
「もし、私が明日サルサラに吸収されたら…アゲハくんはどうなるの?」
「…あんた、吸収されるつもりなのかよ」
自分を見上げる彼女に圧倒されたようにアゲハは数歩後ずさった。
「私のことはどうでもいいから、アゲハくんのこと教えてよ!」
は触れない程度に彼との距離を縮める。
「あんたがいなくなったらオレも用なしだろ。 だからオレも消えちまうんじゃねーの?」
「何でっ…っ!! ――何でそんなに他人事なの!? 私のことは心配するくせに!」
はグッと両手を握り締めて叫んだ。
何故アゲハはこんなにも自分のことに無関心なのか。
それが哀しくて、腹立たしくて仕方がない。
「タニンゴトとかシンパイとか言われてもよくわかんねぇけど。
でも、あんただって自分が消えちまうってのにオレのシンパイしてるんじゃねーか? だから泣いてるんだろ?」
キョトンとしながら自分を見つめ返すアゲハには涙が止まらない。
「…ぅ…っ…」
「…そんなに泣くなよ」
アゲハはどうしたらいいのかわからずうろたえている。
「…私の命をあげれたらいいのに…っ…」
「…」
その言葉にアゲハはがどれほど自分を思ってくれているのかを理解した。
この巫女は…何か変だ。
どうしてこんなにも人の為に泣くのだろう。
しかし只、今はこの巫女を抱き締めてやりたかった。
抱いて泣きたいだけ泣かせてやりたかった。
なのに…。
息もできないくらい抱き締めたくて仕方ないのに、自分はその女に触れることもできないなんて。
アゲハの拳がプルプルと震える。
もし自分が崩れてもが動じない人間だったら、とっくにこの胸に抱き寄せているのに。
グッと思いを押さえてアゲハは彼女に一歩近寄る。
「――。ありがとな」
触れない程度の所まで近づくと、アゲハはの耳元まですっと身体を屈めた。
自然と彼の口からその言葉が零れていた。
とても温かく優しい言葉だった。
は驚き俯いていた顔をパッと上げると、アゲハは穏やかに笑って後ずさる。
「、あんたは死んじゃいけねぇ」
「…アゲハくん」
「もう、サルサラ様には近づくな。どうせサルサラ様は復活する。
今のあんたじゃ結界は張れねぇよ。吸収されるだけだ」
「でも…っ!」
自分の方へ近づこうとするに手を出して制止し、アゲハは数回首を横に振る。
「…頼むから…オレの為にも生きてくれ」
「――アゲハくんっ!!」
哀しそうに微笑むとアゲハはの前から姿を消した。
「…自分だけ逃げるなんてできないよ…」
は口を押さえながらも嗚咽を漏らす。
どうせ消えるのなら、自分の命をあげてもいい。
どうせサルサラが復活して世が乱れるなら、サルサラに恥を忍んでアゲハの命乞いをしたって構わない。
何もせずに自分は生き延びるなんて、それだけはできない。
アゲハの哀しそうな笑顔がの頭に焼き付いて放れなかった。
この間、ちゃんと日数を計算してみたんですよ。
そしたらあと3日くらいあるだろうと思っていたらあと1日しかないことが判明し、焦りまくった私です。
ところで、まだ登場して間がないアゲハですが、
VDのアンケートで結構人気…!?ということに驚きました。(まぁ、投票数自体が少ないのですが。)
私の書き方がアゲハひいきになっているのかもしれませんが、結構こういうキャラって皆さん好きなのでしょうか。
謎も何もないキャラなんですけど…。
おかげで物凄く書きやすいです。
さぁ、ボチボチ決戦になりますが、果たして1話で終わるか、自分でもまだよくわかりません。
でもどれもベストな終わり方にしたいと思います。たとえそれがベタでも、無理矢理でも…っ!!
温かい目でどうか見守ってください。
それでは、ここまで読んでくださってありがとうございました!!
吉永裕 (2006.2.19)
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