1.、戻る。
「…久しぶりだなぁ、ジッカラート」
1人の少女が町の入り口に佇む。
「。よく戻ってきた」
「ウメばぁちゃん。ただいま」
すっと老婆が現れた。
巫女姿のウメ婆は今でも現役で仕事をしており、この町の長の役割を担っている。
「皆、屋敷で待っておる、急ぐぞ」
そう言うと彼女はさっさと行ってしまう。
は慌ててついて行き、2人は町で一番大きな屋敷へ向かった。
「ただいま〜」
「おかえり!」
「お帰りなさい」
「おっ帰ってきたな」
「…無事に帰ってきたみたいだね」
玄関には4人の男が立っていた。
「あれ、皆。どうしたの?っていうか何でうちにいるわけ?」
「まぁ、まずは中に入れ。話はそれからじゃ」
ウメ婆に腕を引っ張られ、は居間へ連れて行かれる。
「…、お前をジッカラートに戻した理由は知っておるな?」
静かな口調で言いながらウメ婆は全員分の茶を入れていく。
「まぁね。臨邪期まであと10日だからでしょ?」
は入れてもらった茶に手を伸ばして答える。
サルサラと自分との関係、臨邪期のことは子どもの頃から聞いていた。
その臨邪期という日の為に毎日を自分は修行に費やしてきたのだ。
「そうじゃ。来るべき時に備えて、お前にはさらに力を増大してもらわねばならぬ」
「…そんなこと言っても、具体的にはどうやって?」
は男たちの顔を見る。
彼らがここにいるのは、もしや自分に関わることなのだろうか。
「お前は破邪の力を持つ一族の直系であり、この度の臨邪期においては白の巫女として先陣を切る者。
しかし、まだお前は未熟じゃ」
「…」
「そこでお前の霊力を倍以上に高める為に、破邪の力を受け継ぐ4人の許婚の中から1人を選び婿にする儀・婚姻の契を結ぶのじゃ」
ウメ婆の言葉を聞いてもピンと来ない。
以前から婚姻の儀のことは聞いていた。許婚がいることも。
しかし、内容はよく知らないのだ。
「婚姻の儀って結局何なの?」
「お前の霊力を短期間で増やす為の儀式じゃ。 じゃが、その為には許婚から精を吸収しなければならない」
「精…?」
「左様。性交渉の時に放たれる男のせ――」
『ブッ!!』
思わずは飲んでいた茶を噴出す。
「な、なんてこと言うのよ、ばぁちゃん!!」
「仕方なかろう。昔から代々受け継がれている儀式じゃ」
「…ってことは、この10日間で…」
「男に抱かれれば抱かれるほど、お前の力が強くなるということだよ」
窓辺に腰掛けている葉月が静かに言った。
「…チャイラに戻る〜!!」
は涙目で首を振っている。
「では、このままの力でサルサラの元へ行くか?」
「…」
ウメ婆は重い視線をに向けた。
「今のお前の力では結界を張るどころか、その前にサルサラの邪気に負け、闇に飲み込まれてしまうじゃろう」
「…」
その言葉には俯く。
「…な……いや、何でもない」
“ナンデ ワタシガ コンナコト シナキャ イケナイノ?”
“ナンデ ワタシナノ?”
今まで何度も思ってきたこと。しかし、絶対に口に出してはならないこと。
自分はこの国の平穏を守る唯一無二の存在。
そういう運命を背負って生まれてきた者。
多くの人たちの命を守る為なら、私なんて――
“ワタシハ ケッカイヲ ハルタメダケニ ウマレテキタノダカラ”
自分にそう言い聞かせ、はウメ婆の方を向き直した。
「その婚姻の儀の相手は今すぐに決めるの?」
「いや、婚姻の儀そのものは結界を張る当日に行う。 しかしそれまでにこの4人の中から伴侶を決め、精を受けるのじゃ」
「…わかったよ」
は諦めたような表情で力なく答える。
するとウメはその場にいた男4人をの元へ呼んだ。
「まぁ、お前も知っているじゃろうが、一応紹介しておくぞ?
お前は5年間、隣の国のチャイラに行っておったからの。 記憶も薄れておるかもしれん」
そうしてまずは優しそうな青年が呼ばれる。
「おす」
やってきた青年は爽やかで大人っぽい笑顔を向けた。
「久しぶり、伊吹兄」
「お前も知っての通り、伊吹はお前の従兄で刀を媒介とした霊力の使い手じゃ。お前の2つ年上の19歳」
伊吹とは暫く会っていないがすぐにわかった。子どもの頃と変わらない温かい笑顔で迎えてくれてホッとする。
彼は昔、よく遊んでくれた面倒見の良いお兄ちゃんで、優しい人なのである。
「お久しぶり…です」
次にやってきた青年は少し頬を赤くして照れた様子で自分よりも幼く見える。
しかし、どこかで見たことがあるような気がして、記憶の中を辿ってみた。
「…わ!? 君、真織!? 成長したねぇ…」
「よくわかったの。真織とは4歳の時以来会っておらんじゃろうに。
まぁよい。真織は主に札を媒介とした陰陽術の使い手でお前の1つ年下の16歳じゃ」
真織はが2歳から2年間道場に通っていたときの同門だ。
体術の道場だったから、よく身体に痣をつくって泣いていた。
自分によく懐いていたのを覚えている。
「久しぶり〜☆」
無邪気で人懐っこい彼の笑顔にこちらも笑みがこぼれた。
「天摩。久しぶりだね」
「天摩とは3年ぶりかの?天摩は体術の使い手じゃ。
お前とはチャイラで2年間、一緒に修行をしたから能力・実力共にわかっておろうがな。お前と同い年の17歳じゃ」
天摩はとても明るい人。どんなにキツイ修行をしていてもヘラヘラ笑っていた。
努力家でそれを人に見せない奴だが、女性には弱かったのを記憶している。
「…おかえり、」
懐かしく見慣れた顔に思わずホッとする。
「…ただいま、葉月」
「葉月はお前が最も知っておる男じゃな。
葉月も伊吹らと同じく破邪の力を持つ一族の子孫じゃが、霊力や攻撃力を封印され弱小の体質になるという、男にのみ遺伝し発現する呪いを
サルサラから受けている為、戦いには向かぬがキレ者じゃ。 この町の統治は葉月に一任しておる。 現在、18歳」
葉月とはが3歳の時から修行でチャイラへ発った12歳までの約9年間、同居した。
今でもの家に住んでいる。
葉月は呪いを持つ為、母親から酷い扱いを受けていた。
それでウメ婆が親元から引き離したのだ。
は物心つく頃には両親がいなかった。
だからウメ婆と2人で暮らしていた所に葉月が来てくれてとても嬉しかったのを覚えている。
「この4人が許婚じゃ。この4人の中から選ぶが良い」
「…彼らには拒否権はないの?」
「一応、拒否権はある。じゃが、この4人は望んでお前の許婚になった。 もし選ばれたとしても、異論はなかろう」
「…そ、そう」
…ということは、皆、婚姻の相手が私でもいいということなのだろうか。
でも昔、天摩が「男は好きじゃなくても〜」みたいなことを言っていた気もするのだけど…。
…ともかく、こうなったら腹をくくるしかない。
せめて、この10日間で身体を交える人のことを少しでも好きになれたら、まだ、救いはあるのに…。
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