サルサラ もう一つの人形エンド −1−
―臨邪期まであと2日―
は気持ちを落ち着けようと風呂に入ることにした。
「ふぅ。気持ちも身体もさっぱりしたな」
そう言いながら部屋へ戻ると、天摩がドアの前で待っている。
「天摩…。どうしたの?」
「あ、ちゃん」
許婚がこうやって部屋に来るのは珍しい。
公平にする為に彼らはここへは来ていけないとウメ婆が言っていた。
――何かあったのだろうか?
「ウメ婆ちゃんから聞いたよ。誰からも精を受けてないんだって?」
「う…」
天摩が心配そうな表情でを見つめる。
「このままだったらちゃん、サルサラに吸収されちゃうよ?」
「…うん」
「うんって…!!」
勢いよく彼はの腕を掴んだ。
その表情はとても険しい。
「俺、そんなの嫌だ!」
「天摩…っ!?」
は部屋のドアに押し付けられる。
「…天摩…どうし――っ!?」
強引に重ねられた唇は湯上りの彼女とは反対にひんやりとしていた。
「んっ…!――っっ!!」
は身を捩じらせるが、両手を強く掴まれてドアに押し付けられているので全く身動きが取れない。
「っふ――っぁ!! ゃめ……天摩っ」
突然の彼の行動と息苦しさに混乱しているの目からはポロポロと涙が溢れ出した。
…助けてサルサラ。
彼女の頭にサルサラの顔が浮かぶ。
何故、敵に助けを求めるのか自分でもよくはわからないが、しかし確かに心の中で彼の名を呼んでいた。
「…ちゃん」
の涙に気づいた天摩が彼女の手首を解放する。
そうして痛々しい表情で俯いた。
「俺はちゃんが…好きなんだ。
ちゃんが幸せなら…俺は選ばれなくても構わないって。
そう、思ってたんだ。だけど…」
ダン、と彼は壁を叩く。
「このままちゃんが死んじゃうくらいなら、俺が強引にでも抱いてやるよ!」
「天摩!?」
顔を上げた天摩の目からは涙が零れていた。
きっと本当に、自分のことを想ってくれているんだろうとは察知し、その気づきは彼女の胸を苦しめる。
割り切る…つもりだった。
いつかは、これも皆の為だって。世界を救う為だって。
割り切って誰かの精を受けるつもりだった。
――だけど。
「ボクが君を穢すよ」
サルサラの顔が頭から消えない。
彼の意地悪な笑顔も、子どもの頃の誰も信じられない怯えた顔も、寒くて暗い封印の中で眠っている顔も。
――彼の全部が切なくて愛しい。
「ごめん、天摩。私は…貴方とは、できない」
そう言うとは泣きながら彼のみぞおちにありったけの霊気を込めて拳を打ちつけた。
「ちゃ…ん」
天摩は膝を落として、バタリと床に倒れ込む。
そんな彼を正視することができずには急いでドアを開け、部屋に入り鍵をかけた。
部屋に入ったを待っていたのは不機嫌そうな顔をしたサルサラだった。
「サルサ――」
「。君、男の臭いがするね」
彼は下から舐め回すように視線を上げ、目が合うとギロリと睨みつけた。
「…男と、寝た?」
「そんなことしてないよ!!」
は声を上げる。
どうしてこんなにも自分が必死なのか、完全には分からないつもりだったが薄々とは感じていた。
「…じゃあ、口から直接霊気を注がれたでしょ?」
「――っ…!!」
目から再び大量の涙がボロボロと零れ出す。
何だかとても悲しくて仕方がなかった。
自分を救おうとしてくれた天摩を拒絶してしまったこと。
それなのに、今、自分はどんなに――
「、ボクの力が欲しいかい?
君を犠牲にしてまで世界を救おうとしている連中を滅ぼす力が」
――力じゃない。
私が欲しいのは…サルサラ、自身。
……気づいてしまった。
どんなに今、自分がサルサラを欲しているか。
どうしようもなく溢れる想いに胸を締め付けられながら、は首を横に振る。
「力なんていらない。だけど、私は――」
「ボクの傍にいたい?」
「――ん…っ」
涙で喉を詰まらせながら頷くと、サルサラはそっと彼女の濡れた髪を指で梳いた。
「、君を今から穢すよ」
「…」
耳元で囁かれた言葉には目を閉じた。
もう、世界がどうなろうと、自分の心身がどうなろうと、構わない。
サルサラと1つになりたい。
彼に触れて欲しい。
彼を包んであげたい。
――私は、サルサラが好きだ。
「サルサラ様。その女はもしかして…」
神殿の地下に戻ってきた主にアゲハは尋ねる。
彼の腕には髪の長い少女が抱えられていた。
「あぁ、巫女だよ。…もう穢れたけどね」
そう言ってサルサラはクスクスと笑い、眠っている彼女の横顔を指でそっと撫でる。
「…じゃあ、サルサラ様の復活はもうすぐ…」
「そうだね。でも、もっと彼女に邪気を注入しないと」
――完全に身も心もボクの物になるまで。
「アゲハ、に近づくなよ。…彼女はボクの女だ」
「――はい」
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