夜乃護人
僕は分からない。自分がいつからここにいるのか、何故ここにいるのか。
けれどこのままずっと眠りたいと思う気持ちとは反対に「ここを離れてはいけない」と僕の心はざわめき、
お前に負けは許されないのだと言いたげに心臓が脈を打つ。
どうして僕は夜毎生まれる化け物たちと戦っているのだろうか。
いつからこの戦いが始まったのだろう。
それすらも思い出せない位には長い年月を過ごしている。
目的も分からないまま相手を殺し続け、逆に命を狙われて傷つき、
虫の息で明るい空を見上げていつしか気を失い、そして夜に目を覚ましてその日を生き延びる毎日だ。
そうやって長い時を生きている僕自身も化け物の一種なのかもしれない。
けれど剣を振るえる間は化け物とは一線を画する筈だと思いながら生きている。
そうでもしないと頭がおかしくなってしまいそうだから。
――ああ、また殺戮の夜が始まる。
木々の隙間から沈む夕日が目に入る。
鉛のように重かった身体が途端に軽くなり、身体の痛みも消える。
僕は腰にさした聖なる剣の存在を確かめ起き上がった。
洞窟の奥ではそろそろ化け物たちが生まれる頃だ。
今宵生まれた人に仇なす者たちを殲滅するのが僕の使命であり、
化け物たちをこの森の外へ出してはならないということが僕の持つ唯一の記憶と存在理由である。
僕は護る者であり、ここの門番。決してここを離れてはならない。
その意志が僕の命を繋ぎ、生きる気力となっている。
――でも、一体何を護っているのだろう?
武器の振るい方にももう慣れた。おどろおどろしい怨霊たちにも慣れてしまった。
何故この剣が聖なるものであるのかも分からないが、最初の頃は覚えていたのだろうか。
いつが最初だったのかすらもう記憶にないのだけれども。
耳をつんざく女の高い叫び声、爺の断末魔のような恐怖の嘆き、恨めしそうに呟く少年の声。
いつから僕は平気になったのだろうか。いつから何も感じなくなってしまったのだろうか。
ただ自分が死なないように相手を殲滅するだけの夜の仕事。夜の護人、それが僕。
けれど、僕がいなくなったとして一体誰が困るのだろうか?
漠然とではあるが数多の怨霊が外へ飛び出せば人間社会は混乱するだろうことは想像がつく。
僕が死にかけるくらいだ、普通の人間ならば殺されたり憑りつかれることもあるだろう。
しかしながら僕には本来関係のない話だ。
だって僕は元々はこの土地には存在しない筈の別大陸の魔物なのだから。
夜になると途端に治癒力が増し、細胞が活性化して再生力も強まるのはその為だ。
だから人間がどうなろうと、人間社会が破壊されようと僕自身には痛くも痒くもない筈なのに。
何故、記憶が擦り切れてしまうくらいの年月、僕はここを護っているのだろうか。
いつか僕は思い出せるのだろうか。もしくは気づけるのだろうか。
僕が命がけで護る存在のことを。
僕に名前を付けてくれた誰かのことを。
WEB拍手お礼画面に置いていたSSですのでいつ書いたか忘れてしまった為に今日の日付でまとめて更新しています。
きっかけの記憶はないけれど闘い続ける男性の話。
ちなみに男の名前はよるのもりひと。
『繋ぐ巫女』と関わりのある話です。
というわけでご覧になってくださったお客様、ありがとうございました!!!
吉永裕(2016.8.7)
次の話も見てみる メニューに戻る