テンシとアクマのいる世界
天界は人間界を照らして恵みをもたらし、人間の生命エネルギーが天界を支え、
人間の影からアクマは生まれ影に潜む。
アクマは人間の度を超えた欲望により覚醒してその人間の魂を乗っ取り、
姿を化け物へと変えて破壊衝動のままに暴れ回る。
テンシは人間界をアクマの手から守るために人間界へと赴き、
その歌声でアクマの力を弱め、アクマ化した者たちからアクマを排除する。
「ここは…」
鉛のように重くなった身体と背中の羽根を気怠げに動かして私はベッドから身体を起こした。
いつの間に家に帰ってきたのだろう。
――と、いうよりも家に戻れる筈がなかった。
昨日はアクマ排除の後、力を使いすぎてふらふらな状態で自宅まで戻っている途中に
近所に住んでいるおばあさんのアクマ化が始まっているのを目撃した。
普段は穏やかな彼女だが、今は息子夫婦に対して酷く怒っているようだった。
彼らの間で何かトラブルがあり、彼女の感情が大きく振れてしまったためにアクマが覚醒したのだ。
私は立ち尽くす彼らとその子どもの前に咄嗟に飛び出し、人間に擬態していた姿を解除して沈静の歌を捧げた。
テンシの歌には悪魔の力を抑える効果がある。
化け物に変態前のアクマ化初期ならば歌うだけでアクマを排除することが出来る。
「あ、あ、おばあちゃん…」
アクマが取り除かれ目の前でばたりと倒れた祖母を孫である少年が呆然と見つめている。
彼の両親も同じように口をあんぐりと空けたまま佇んでいる。
「おねえちゃん、おばあちゃんは…どうなるの…?」
少年は私の方を向いて零れるような瞳で尋ねる。
「一度、アクマに取り憑かれた魂は酷く傷つき、元の状態に戻るのは難しいと言われています。
記憶障害が起こったり、生気を失って廃人状態になったり…。
保護療養施設にすぐに連絡してください」
そう言って私はその場を後にした。
人間に擬態して人間の社会に溶け込み、人々と実際に触れ合いながら人々を守ってきた。
そちらの方がよりアクマ化に気づきやすいし、何より人を守りたいと切に思えるからだ。
しかし、今日は人の前でテンシの姿になってしまった。
気に入っていたこの地区での暮らしは今日で終わり。
次はどこへ行こうか…、それより先に、力を回復しなければ人間にも擬態できない――
――そうだ、私は逃げ込んだ路地で意識を失った。
ではここはどこだ?
「――目が覚めたか。力は…まだ完全に戻ってはいないか」
声のする方に振り向くと、そこには長身細身で褐色の肌を持った黒髪の青年が立っていた。
彼の存在に違和感を覚える。
「貴方は…」
「俺はダテンシだ。テンシと同じように具現化能力はあるが肝心の歌を失っている」
「ダテンシ…」
「ああ。昔、信じていた奴に裏切られてな。情けないがアクマ化しかかった」
「そうでしたか…。
貴方は人間界で暮らしているのですか?」
「ああ。昨日、丁度弱っているアンタを見かけてな。
アンタの家も分からなかったし意識を失ってたんで家に連れてきた」
「それはありがとうございました。
おかげで力も完全に戻りつつありますし、助かりました」
ダテンシとは、テンシである者が宿主を失ったアクマに取り憑かれた後、完全にアクマ化する前に
アクマを自らの精神力で退けたり、外部からの力で排除させることに成功した者を言う。
ダテンシはテンシと同じように具現化能力は使えるけれど、肝心の歌声の力を失う。
見た目もテンシが全体的に色素が薄いのに対して、ダテンシは髪や瞳が黒くなり肌も褐色となる。
天界はダテンシも人間と同じで保護の対象としているが、そんな天界は居心地が悪いらしく
ダテンシとなった者は人間界で暮らすことが多いという。
「――あの、私の名前はと申します。
貴方のお名前を伺っても?」
「…ホープ」
「ホープさん。良いお名前ですね」
「皮肉か?アクマに取り憑かれた存在なのに」
「先程お聞きした通り、それなりの理由があったのでしょう。
でも、貴方はアクマにはならなかった。
ダテンシとなっても意思を持って生きていけるというのは素晴らしいことです」
「…あんたは教師かシスターか何かやってたのか?
それともただ単に人が好すぎるのか」
「私も擬態してずっと人間の世界で生きてきましたから、
彼らの持つ情というものを理解できてきたのかもしれませんね。
…それに貴方も、今後大切にしたい誰かができて、守りたい人が出来たら。
慈悲と慈愛の心に満たされたら、テンシに戻れるかもしれません」
「はっ、本当にお人好しだな。それに楽観的だ」
「そうかもしれません」
私は力を取り戻したのを確信し、ホープの前で人間に擬態してみせる。
今いる地域に多い人間の特徴を平均化したような容姿だ。
「あの、ホープさん。助けていただいたお礼に何かお返ししたいのですが…、
貴方は力も使えるし食事も排泄も必要でないから家事を代行することもできませんし。
何か私にできることがあったら言ってください」
私の申し出を聞き、彼は何もない部屋を見回した後、暫く考えてこう言った。
「もしよければ、あんたについて行って良いか」
「私にですか?それは別にいいですけど…あのう、昨日私、人前で擬態を解除してしまったので
今日から別の土地に移動しようと思っていて…。
部屋探しから始まるけど、それでもいいですか?」
「ああ。俺もこの場所には長く居すぎた」
「それでは、これからよろしくお願いします。ホープ!」
「ああ。よろしく、」
慣れ親しんだ人々や居住地との別れの日、まさかの新たな出会いがあった。
ダテンシであることと名前しか知らない相手・ホープという青年を同居人として、
私の人間界を守る日々がまた別の土地で始まる。
今日見た夢を今日すぐに書けて嬉しい!
といってもほぼあらすじ的なものになってしまったのですが。
細やかな設定は後から考えましたが、この話そのままの夢の内容です。
夢ではちゃんとアクマを倒して、はぁはぁ言いながら近所まで帰ってきた時におばあちゃんが発狂して歌って…という感じでした。
ホープは実はヒロインがアクマを倒しているところからずっと見ていて、こいつ無茶しやがると心配になって
人間を守るヒロインを守ろうと同行を申し出たという裏設定でした。
ホープは今はダテンシですが、ヒロインと一緒にいるうちに傷ついた魂が癒やされ、
きっとヒロインがピンチのいざという時にテンシに舞い戻り、もの凄い美声の歌声で守ってくれる筈。
(目覚めた時からcv:緑○光さんのイメージでしたw)
凄く気に入っている設定なのですが、拙宅のファンタジー世界の世界観と合わなくて悲しい。
ちなみに、テンシは本来の天使とは違う存在で、聖なる者とか天の使いとかではなく、人間とは別の種族というような感じ。
何でもできるチート的能力(イメージを具現化できる能力)をもっているけれど、人間と同じような生活をしています。
おなかもへらないし排泄もしないアイドル的存在だけどw
ご飯を食べると力の回復が早まったりはします。
基本、テンシは人間界を守る役割を持っているけれど、人間界で力を悪用したりするテンシを取り締まる機関とか、
学校とか、なんなら人間たちへの祈りを捧げる教会まであります。
アクマは妖怪とかお化けとかそんなイメージ。
…という感じで、また独自の設定もりもりにしてしまいましたが、
ここまで読んでくださった皆様、ありがごうございました!
吉永裕(2018.9.9)
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