水の魔物



 ある村にひとりの少年がいました。
その少年は「湖は魔物の巣だ」と聞いて育ちました。
というのも自分たちとは全く違う姿形をした生き物が森の奥にある深い湖から次々とやって来たからでした。
 そんな生き物たちを人々は恐れ、「水魔」と呼び、
岸に上がってきた水魔を追い返したり殺したりしていたのです。
 少年も村の風習に倣い、大人たちから水魔退治の方法を学びました。
そして齢18歳の成人の儀をする時には水魔討伐隊の隊長になる程の腕前になっていました。
 けれどその頃には水魔は村人を湖の中に引きずり込もうとするようになりました。
そこで村人たちは湖を埋め立てられないか、干上がらせることはできないか考え始めました。

 ある夜のこと、湖の見張りをしていた少年は誰かの泣き声を聞きました。
その声は微かではありましたがあまりにも悲しげなので、少年は声の主を探すことにしました。
知らず知らず湖の畔までやってきていた少年は、あっと思った時には湖に滑り落ちてしまったのでした。
不運なことにその場所は急激に深くなっており、鉄の装備を身に着けていた少年はどんどん深く沈んでいきました。

 意識を取り戻した少年は薄ぼんやりとした光の中にいました。
辺りは岩場のようであり、その岩に生えている苔のような海藻のようなものが光っているのに気づきました。
そして自分の体の周りが大きな泡で包まれていることにも。

「あなたは外の世界の人ですね?」

 突如声をかけられ、少年はびくりと身体を震わせました。
確かに自分は湖の底に落ちた。ならば水魔の縄張りに違いないと死ぬ覚悟を決めたのでした。
けれども襲われる様子はありませんでした。それどころか辺りには少女一人しかいなかったのです。

「あなたは湖の外の人ですか?」

 水中の岩場に腰かけ少女は再び少年に尋ねました。
少年は幻想的な光の中で衣類や髪を漂わせる彼女をとても美しいと思いました。
けれども水中で何事もなく過ごしていることは水魔に違いないと考え、警戒しながら頷きます。
そんな彼の答えに少女は涙を零しながら微笑んだのでした。

「ああ、良かった。漸く外の人が遊びに来てくれたのですね。
 ずっとずっと諦めずに待っていて良かった。
 これまで追い返されたり攻撃されたりしていましたが、漸くこちらの意思が伝わったのですね」

 その言葉に少年は驚愕しました。
少女はかなり友好的だったのです。
 戸惑いの表情を浮かべる少年に少女は昔話をしてくれました。
自分は幼い時に親に連れられてこの森へやってきた。
そして大きくて深いこの穴に落とされた。
恐らく自分が魔物の血を引いていたからだろう。
 その後、落とされた勢いでそのまま深い穴の底に転がり落ちてしまい、
誰にも気づかれず、誰からも助けられずに生きてきたのだと。
 そのうち独りでいることに耐え切れなくなり涙を流し続けた。
流した涙はかさを増し続けついには穴全体を満たし、いつの間にか湖のようになってしまった。
けれど水で満たされたことでいつでも外へ出られることに気が付いた。
それでも親からも蔑まれた自分が他の人に受け入れられるとは到底思えなかった。
だからこれからも湖の底で独りで生きていくことにした。

「でもとても寂しかった。誰かと話がしたかった。
 同じくらいの年齢の子と遊んでみたいと夢見てはそんなこと無理に決まっていると諦めていました」

 けれどもあまりにも寂しかったのだろう、そんな気持ちが分身を生み出した。
自分の心からの願いを叶える為に、分身たちは湖の外へと向かった。
誰か遊びに来てください、誰か私がここにいることを知ってください――という願いを胸に分身たちは陸へ上がった。

「あれは、化け物だった!
 人の姿をしていない、爛れたような皮膚と垂れ下がった髪の毛を持った化け物だった!!
 そんな化け物が湖に連れ込もうとしたら誰でも怖がるだろう!?
 第一、殺したら姿が消えた。あれが君の分身な筈はない!!
 僕らは好きで殺していたんじゃない。自分たちの身を守る為に攻撃したんだ…っ」

 少年は焦っていました。
自分たちが化け物と思っていた水魔が目の前の健気で気の毒な少女の心が生み出したモノだったなんて信じたくなかったのです。
一方的に自分たちが魔物だと決めつけて攻撃し、あろうことか殺していたなんて。
見た目だけで判断した結果だなんて理性のある人間のすることではないと思ったのでした。
 その話を聞いた少女は悲しげに目を伏せました。
そしてごめんなさい、と謝ったのです。

「恐らく私から距離が離れてしまったせいで魔力が供給されなくなって姿を保てなくなったのだと思います。
 水の中ではほら……」

 そう言うと彼女は水中で息を吹きかけるようにして泡の塊を作りました。
その塊は次第に人の形となり、少女と同じ姿へとなったのです。

「ですが分身は言葉を操れないようです。
 ですので容姿がどうであれ、分かり合うことは難しかったでしょうね。
 あなたがたを怖がらせてしまいすみませんでした。
 すぐに地上へお戻しします」

 少女は少年に深々と頭を下げました。
彼女のそんな姿を目の当たりにして少年はますます分からなくなりました。
少女の言動が嘘だとは到底思えませんでした。
恐らく彼女が言ったことは全て事実で、自分たちは何年も見た目だけで相手が悪であると決めつけ迫害してきた。
これがこの村と湖の真実なのだろう、と。

「――僕たちは君に酷いことをしてきたんだね」
「知らなかったのなら仕方ありません。
 でも、あなたとこうしてお話しできましたから、もう暫くここで生きていけると思います。
 外の人と言葉を交わせたこと、私はきっとこれから先も忘れることはないでしょう。
 化け物も二度とあなたたちの前には現れない筈です」

 水面近くまで送ってくれた少女に何も言えず、少年は陸へと戻りました。
その後、少年は村人たちにもう水魔はいないことと自分は村から出て行くことを告げ、翌夜、少年は湖に飛び込みました。

 ――その後、少年は少女を湖から連れ出し、二人で遠い土地へ移り住みました。
魔物の血が流れていた少女は少年よりも長生きしましたが、それでも湖の外へ出てからずっと二人は幸せでした。


 そう話した少女は後ろの肖像画に描かれた女性とよく似ていた。
線の細さは儚げで美しくありながら凛とした瞳でこちらを見つめている。

「父が亡くなった時、母は酷く泣きました。そしてまた涙で湖を作ってしまった。
 けれどその湖は悲しみの詰まったものではなく、感謝と温かい思い出の詰まったものです。
 その湖は今では恋人たちの聖地となっているんですよ。
 そこを訪れた二人はずっと幸せに暮らせる、という言い伝えがあるんです。
 ――私は母よりは寿命が短いですが、人間よりは長い方です。
 なのでできる限りこの湖のことを伝え続けていきたいと思っています。
 人と魔物も分かり合えるということをもっと広く知ってもらいたいし、
 人と魔物と、人と魔物の子どもが当たり前のように一緒に生きていける世界になればいいと思っているから」



WEB拍手お礼画面に置いていたSSですのでいつ書いたか忘れてしまった為、今日の日付でまとめて更新します。

本当はこの設定でゲームを作りたかったんですよね。
ジャンルはシューティングかアクションで、
敵を倒せば倒す程敵の数が増えていき難易度が上がりまくる。
逆に敵を倒さずに進むとどんどん敵の数が減っていって…という感じで。
ボスの所まで来たら、実はボスは友達が欲しいだけだったのに
相手が攻撃するから「出て行って!」という気持ちで護衛の数を増やしただけだった。
主人公は無駄に護衛たちを殺した、みたいな倒すことで後味悪い感じのゲームを作りたかったんや…。
敵を殺さない場合は完全避けゲーになりますね。
でもどんどん難易度が下がるので本当にこの進み方で大丈夫なのか?と思い敵を倒したくなるけどそれが罠。
みたいなさ…。ゲームを作る才能があったらなぁ。

というわけでご覧になってくださったお客様、ありがとうございました!!!


吉永裕(2016.8.7)


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