※この話は名前変換はありません
不毛な会話
「――誰?」
「私はThanatosのメンバーで作詞担当のFaといいます」
「はあああ?」
「貴女はお手紙をくれたカチコさん?」
「そうだけど…ちょっと、中入って!!
――片付けの途中だからごちゃついてるけど…」
「はい、失礼します。あら、見事にThanatos関連商品ばかり…」
「…ねえ、ホントにThanatosのメンバーなわけ?」
「T以外の情報は非公開にしているので…Thanatosのメンバーという証明手段はこれだけです。
これだけでは証明すらもできないかもしれませんが。
“Thanatosの歌が私の全てだった。Thanatosの曲を聞きながらアルバムを胸に抱いて死にます。死んでもファンです”
――この手紙を手にできるのは所属事務所とThanatosだけ」
「まさかたくさん届くファンレターの一つ一つに目を通してるの?」
「勿論。基本的に貴女と同じような苦しみを抱えた方からの手紙が多いですよ。
生きるのが辛い、孤独、自分を愛せない、死んでしまいたい…そんな気持ちの時にThanatosの曲を聴いていますって」
「私みたいな手紙が他にも届いたらこうやって毎回会いに行くの?」
「今回は幸いにも住所がきちんと書かれていたのでお会いできました」
「ツアーの最中なのに良かったわけ?」
「はい、私は裏方の仕事しかしませんのでいなくてもそんなに問題はありません。
私の分の人員を割く必要はありますが、そこは所属事務所の社員さんにお願いできますので。
…そんなことよりも私の書いた詞が貴女の背中を押すかもしれないのだから、こちらを最優先にするのは当然のことよ」
「Thanatosの歌詞が理由なわけないじゃない。原因は別にあるんだから。
最後に少しでもいい気持ちで死にたかったからThanatosの曲やアルバムを用意してたの。
――でも、もし私の自殺が公になったりしたらThanatosに迷惑をかけてたかもね。
世の中には無責任に勝手な解釈をして偉そうに解説する初めて見るような肩書きのオッサンオバサンもいるし」
「世間の目なんかはどうでもいいことよ。それよりもファンが苦しんで死ぬのは嫌だわ。
…貴女も本当は生きていたかったのでしょう?生きたいのにどう生きていいか分からないから苦しんで、死を選ぼうとしたのよね?」
「分かんない…。でもこのまま生きるのはもう嫌だったの。
誰も頼れない、誰も見てくれない、私がいてもいなくても変わらないような世界を死んだように生きるのはもう嫌だったの」
「――ねえ、夜、眠れないんじゃない?」
「うん、寝ようとするけど次々に不安なことが頭に浮かんで、そのうち涙が止まらなくなって息が苦しくなって
このまま朝が来る前に消えてしまいたいって思うの」
「眠れないと余計に心が不安定になるから、睡眠薬だけでも貰いに病院に行った方がいいわ。
きちんと眠れたら心身ともに少し楽になる」
「頭がおかしいって思われると思う」
「頭じゃなくて、心が疲れて傷ついてるだけよ。
まともな医者を見つけ出すことすら難しいかもしれないけれど、まずはゆっくり眠ることが貴方には必要だと思う」
「変なの、作詞家なのにそんなアドバイスするんだ。もしかして、そういう経験があるの?」
「あるわよ。今は落ち着いたけどね。薬は決まった通りに飲めば全然怖くないし、眠ってしまえば夜も怖くない」
「――ホントにThanatosの歌詞、書いてるんだね」
「そうよ。だから大体いつも同じような世界観になってしまうの。もっとバリエーションを増やさないといけないんだけどね」
「それでもアナタの言葉はいつも胸に刺さる。多分、同じような経験してるのかなって思ってた。
でも、Tしか見ないから彼が作詞作曲してるのかと思ってたよ」
「あの人は綺麗な言葉しか書けないの。純粋だから。でも曲はあの人が作っているわよ」
「もしかして、付き合ってる?」
「いいえ、恋人ではないわね。体の関係を持った仕事のパートナー、かな」
「最低じゃん」
「ごめんなさいね、夢がないでしょう。
でもね、残念ながら私はダメ男が好きなのよ。
ごめんな、って泣きそうな顔で言いながら腰を振るあの人が愛しく思えるのよ、末期よね。
――あの人は誰かのモノにはなれないって自覚してるの。結局、本気になれずに相手を傷付けることになるから。
それなのに誘われると断れないし相手の期待を裏切れないからすぐに色んな人と懇ろになっちゃうのよ。
それでも相手のいいところをちゃんと見つけて、それなりに皆を愛するの。ある一定の段階までね。
もしかしたらその方が性質が悪いかもしれないわね…。遊びなら遊びって態度の方が相手がのめり込まなくて済むかもしれないのに。
…そう考えるとあの人も病んでいるのかもしれないわ。私と同じで親から真っ当な愛し方を教えてもらえなかったんでしょう。
私は愛する人に必要とされるなら何でも差し出してしまう臆病者で、あの人は本気になるのを恐れて結局誰も愛し抜けない臆病者」
「不毛な関係ね」
「そう。けれど、そういう歪んだ愛を育ててるからこそ詞が生まれるのよ。
世の中に溢れる歌って悲恋か片思いの歌が多いでしょう?」
「確かに。だとしたら不毛ってわけでもないのかな」
「とは言え、人にはお勧めできない生き方だわ。
――ある時、ふっと客観的な自分がいるのよ。詞を書くことで自分の恥を晒してどうするのかってね。
そんな時、Thanatosの曲に共感している人の中で同じような経験をしてる人は早く目を覚ましてほしいと思う。
Thanatosの曲はフィクションとして楽しんでもらえたらいいの。
自分とは全く違う世界のモノ、もしくは自分が置いてきたおもちゃ箱の底に眠っている過去の思い出。
そのくらいの距離感でいいのよ。現時点で泥沼にはまってる人が聴く曲じゃない――って」
「でも、辛い時に聴くとホッとするの。私は独りじゃないんだって。他にも同じように思ってる人がいるんだって思えるから」
「そうやって思ってもらえるのは嬉しいけれどね、いつかはThanatosの曲を忘れるくらいになってほしい。
いつまでもずるずる腐りかけた関係を続けてる私が言えることじゃないけど」
「…ねえ、いつから夜が平気になった?」
「詞を書き始めてからかな。それから人目は気にならなくなったよ。本気で私が好きなら周りがどう思おうと何と言おうと構わないって思えたの。
心の底から夢中になれるものがあってそれに全力を注いでいたら、そんな全力で何かに取り組める自分のことも少しずつ好きになっていったわ。
あとは色々考えるのをやめた。例えば、人から不快なことを言われたとする。
それまでは寝る前にもやもやとそのことを考えたり、どう対処すれば最善だったのかを考えたりもしてた。
でも、今はしない。だって嫌いな人の為に脳や心の容量と時間を使うのは勿体ないでしょう?
だから一切考えないことにしたの。それが良かったみたい。
そんな思考に慣れてくると、自分に関してもくよくよ考えないようになったの。
頭の中で色々と考えて不安になるなんて時間の無駄だ、って。
早く頭を空っぽにして、好きなことにエネルギーと時間を使おうって思えるようになったわ」
「強いんだね。おかしな恋愛してるってのに」
「ね。自分でもここ最近強かになってきたなと思うよ。年を重ねると図太くなるのかもしれないわね」
「年って…今何歳なの?」
「それは秘密です」
「私と殆ど変わんないじゃん」
「見た目はそうかもね」
「…私、もうちょっと生きてみようかな」
「そう思ってくれたなら良かった」
「なんか違う感覚でThanatosの曲を聞けそうな気がしたから」
「いつか過去に置いてきた感情のように思えるようになればいいわね」
「その時は黒歴史を掘り返すような落ち着かない気分になりそう」
「そうなったら独りの夜の怖さを卒業できたってことよ、きっと」
「うん。…ありがとう、わざわざ会いに来てくれて」
「いいえ、思い止まってくれてこちらこそありがとう」
「ねえ、また同じような手紙が届いたらその子のところにも行くの?」
「何百人も同じ日同じ時に被ったりしていない限りは行くと思う。
皆が大切なファンだし…過去の私だから。
じゃあ、さようなら」
「さよなら、Fa。ありがとう」
「あ、貴女は自分を大切にしなきゃだめだよ。変な男に捕まらないように、捕まえないように、ね」
「気をつけるよ」
******
「何で死なせなかったんだ?」
「大切なファンだもの」
「俺たちは死神なのに。今月のノルマ、どうするんだ」
「またネズミを追いかけ回せばいいんじゃない」
「俺、下水道の中に入るのもう嫌なんだんだけど」
「それでも生きたいのに生き方が分からなくて苦しんでる人を刈るわけにはいかないわ」
「それは、そうだけど。
――ごめん、俺のせいで」
「またそれ?もういいって言ってるでしょう。それに最初に死を選んだのは私だし。
貴方が“俺の曲に合う詞を書けるのはお前しかいないから”って言って後を追ってくれた気持ちは嬉しかったから。
…でも、馬鹿ね。相棒を無くしたくらいで絶望して後を追って死んじゃうなんて」
「だって、お前がいなかったら俺は…」
「――それにしても、丁度、貴方が死にたてほやほやの時に死神協会がスカウトしてくれてよかったわよね。
願いを叶えてやる代わりに魂を集めてこい、だなんて。
おかげで私まで生身っぽい身体をもらえて、下界で夢だったバンドデビューできたし」
「最初は新手の詐欺だと思ったけどな。死んでるのに詐偽を疑うのも変だけど」
「…そんな私たちの作った曲で人が死ぬのはやっぱり嫌だわ。
あの子だけじゃない、今にも死にそうな内容の手紙はまだ沢山あるし…
もしかしたら私の言葉が背中を押してしまっているのかもしれないって思うといてもたってもいられなくなるの。
きっと私たちが厳しくノルマのことを言われないのは私たちの曲を聞いて死んだ人がカウントされているからだと思う。
認めたくはないけど…」
「Thanatosが有名になればなるほど犠牲者もまた増える、か」
「悲しいね。こんなことを言いたいが為に貴方は歌ってるんじゃないのにね」
「だったら過去のことなんか思い出して書くなよ」
「過去のことしか書けないじゃない。だって私たちの時間はもう止まってしまったんだもの。明るい未来なんてないわ」
「俺が傍にいるだろ、これから先ずっと」
「それはそれで苦痛になる未来しか見えないわ。さすがに好きな曲でも何度もリピートして聴いていたら飽きるでしょう」
「既に飽きてるだろ、お前は」
「下界と比べて時間の概念がないからか刺激がないものね、この世界は。
かと言って不安定な生身状態で下界をうろうろするわけにもいかないし。
――貴方も残念ね、言い寄られる回数が減ったんだもの」
「最近は断ってるんだよ」
「あら、どうして?」
「もう二度とお前を夜独りにしないって決めたから」
「…馬鹿ね。ここには夜もないし、昼間にいつだって逢引はできるでしょうに」
「何で話を逸らすんだよ。俺は本気だぞ。お前が死んでるのを見た時、漸く気付いたんだ」
「……本当に馬鹿ね。私たちがハッピーエンドになったらThanatosの曲はもう生まれやしないわ。
そうしたらもう音楽活動は続けられない。貴方が魂を売ってまで求めた願いが消えてしまう」
「俺は別に是が非でも音楽を続けたいなんて願ってない。何があってもお前と一緒にいたいって願ったんだ」
「…わお。束縛する男は嫌われるわよ」
「それはそれで新しい歌詞が書けるだろ」
「どうかしらね」
WEB拍手お礼画面に置いていたSS…と呼べない代物ですが、こちらに移動。
まったく実りのないダラダラ会話する様子を描きたくなったのでした。
会話文だけというのも難しいですね。
ここまで読んでくださりありがごうございました!
どうぞこれからもR⇔R を宜しくお願い致しますm(__)m
吉永裕(2018.5.27)
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