ボクはとても怒ってる



 ある日、突然あいつは出て行ってしまった。何だよ、何も言わずに出て行くことないじゃないか!!
ご飯は用意してくれていたみたいだけど、こんなことは初めてだ。
 しかし太陽がもう一度昇って真上に来る頃ひょっこり帰ってきた。
…が、出迎えたボクの全身に違和感が走る。
見た目は変わってはいないようだが、匂いがいつもと違う気がするのだ。
へらへらとした顔で近づくあいつから少し距離をとる。普段は構ってもらいたいボクだけど、今のあいつはなんか嫌だ。
 色んな匂いが混ざっていて気持ちが悪い。今までどこに行っていたというのか。
職場ではないのは分かるが、昨日の行き先は何も知らない。
もしかすると中身が違うんじゃないだろうか。あいつの皮を被った何かが家にやってきたのかもしれない。
とても凶暴な奴だったらどうしよう。平和なこの家に捕食者がのうのうとした顔で上がり込もうとしている。

「どうしたの?もしかして怒ってる?」

 ボクが警戒する目線を向けているのに気づいてあいつは少し驚いているようだ。
いつもより大きめの荷物を玄関に放ったままボクに抱き付こうと両手を開いた。
正直今のあいつに抱きしめられるのは恐怖に近い。なので逃げることにする。
 ボクは構ってもらいたがり屋で、かくれんぼなんていう単調な遊びでも結構心から楽しめたりするけれど、
実はとても臆病なのだ。認めたくはないのだけれども。
だからひとまず中身のわからないあいつとは距離を置いておこう。
いつもの日当りのいい部屋に行ってリラックス、そしてリフレッシュしながらも
そこから見える寝室にいるあいつをそっと見張るのだ。
そうすればいつか尻尾を出すに違いない…。


 ――気が付くと窓の向こう側の色が変わっていた。微かに匂いが夜へと変わりつつある。
しまった、ついいつもの習慣で眠っていた。
 あいつは――と辺りを警戒すると全身ホカホカしていた。
何やらベロベロしたものを貼り付けて間抜けな顔をし、轟音を響かせ温風を撒き散らしながら毛を揺らしている。
その姿はいつものあいつだった。ボクは急にご機嫌になる。
 ゆっくり近づいてそっと背中に手を置いた。うん、いつもの匂い。
鼻を近づけて頬を寄せる。ようやく戻ってきたんだ。
音がうるさいけど、ちょっとだけ甘えてみる。
 あいつは嬉しそうに笑い、轟音装置を止めてボクの顔を両手で挟んだ。
優しく撫でる指にうっとりとしながらボクは目を瞑る。

「にゃーん」
「はいはい、どうしたの?漸く思い出したかぁ?
 正しくない諺だろうけど、猫は三日経ったら恩を忘れるって言うし」
「にゃあん!」
「ごめんって、馬鹿にしてるわけじゃないって。
 こっちだって好意的に出迎えてくれないから寂しかったんだよ〜」

 何か言い訳じみたようなことを言いながらあいつはボクを抱え上げる。
5秒くらいなら温かいし気持ちいいけど、それ以上はごめんだね。
 ボクは身を捻って逃げ出した。
うん、いつものあいつに戻ったならそれでいい。
 …そういえば何でボクは怒ってたんだっけ?
あいつの匂いに満たされた部屋で眠れる今はもうどうでもいいや。










これは寝た時に見る夢の方ではなく、夢想(空想)の方の夢です。
友人の結婚式に出る為、一泊二日で家を不在にした時のことを元にしております。
私は「帰宅したら飼い猫は物凄く喜んですりすりして出迎えてくれるだろうな」と思っていたら
実際はめちゃくちゃ警戒されて「誰・・・ですかね?」みたいな態度を取られてショックだったという出来事がありました。
恐らく猫にしてみたら普段と違う匂いをさせて装いもちょっと違いいつもと違う時間に帰宅する私は別人に思えたのかしら、と。
なのでこんな話を考えてみました。
もしかしたらただ拗ねていただけかもしれませんが。

名前変換が出てこないですが、楽しんでいただけたら幸いです。
最近ミステリ小説にはまっているので、最後に正体が分かるような書き方をしてみました。
それまでにピンとくるようには書いているつもりですけども。私には正真正銘のミステリは書けませんので…。
…というわけで、読んでくださったお客様、ありがとうございましたm(__)m


裕(2014.6.9)


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