声を無くした人形姫
私は声を持たなかった。私が発していながらその歌声は私のものではなかった。
私は誰かの歌をそのまま模倣することでしか歌えなかった。
自分の声で歌おうとしても声が震えてしまい音程が定まらないのだ。
歌うことは好きなのに自分の声で歌おうとすると酷く音痴になってしまう。
物真似して歌うと周囲は酷く驚き賞賛してくれるが、しかしそれは私の求めるものではない。
私の歌はただの模倣品にすぎないのだ。
そんな私を先生は歌手として育ててくれた。
私はvoiceless-song booth、通称vsb専用のガイドボーカルの仕事とアルバイトでレッスン料を捻出し、
有名な養成所のボイスレッスンに週末だけ通っていたが、上記の理由で劣等生であった。
あまりに成長しないので退会を勧められたが、その時偶々訪れていた世間で話題の新鋭作曲・編曲家であり
音楽プロデューサーでもあるビスカム=デセィヴに「自分が企画している新プロジェクトに参加しないか」と何故か声をかけられ、
以後ビス先生の下でレッスンを受けながらレコーディングをするようになっていった。
最初はこれまでのレッスン同様に音程が安定せず、ビス先生に対して申し訳ない気持ちと自分に対する情けなさや腹立たしさでレッスンが辛かった。
大好きな歌から逃げ出したくもなった。何故歌えないのか自分でも分からなかったのだ。
心因性のものかもしれないとビス先生が勧めてくれた病院でカウンセリングを受けたが、原因は掴めなかった。
それでもビス先生は辛抱強く直接指導をしてくれた。
他の歌手の真似をすれば声が出るのだから器質的問題はない、しかも色々な声質で広い音域の声を出せる君の声帯は非常に柔軟で素晴らしいものだと励ましてくれた。
その言葉と先生を信じ信頼していくにつれ次第に私の地の声は伸びていったのだ。
そうして漸く自分の歌声を手に入れた私はデビューした。
先生のプロデュースによりそれぞれの曲で声を変え、歌い方やパフォーマンスも変えた。
その曲に最適な私を選択しプロデュースする先生はやはり天才としか言いようがなく、
世間では別の人間が歌っているのではないかというゴースト説やグループ説、
または機械によって音声を変えているのではないかという噂も立ち、音楽番組ではきっと口パクだろうなどという説などが流れたが生放送やライブによって真実が認められ、
巷ではカメレオン歌手という喜んでいいのか悪いのか微妙な肩書きがつけられる程度に認知される存在となったのである。
人生の恩人とも言えるビス先生に対する敬愛の念が愛情に変わるのに多くの時間は要さなかった。
愛念はすぐに彼にも伝わったようでいつしか私達は恋人となった。
音楽を愛する私達は仲間であり師弟でもあったが、愛を交わした二人が紡いだ曲はそれまで以上に素晴らしい出来となった。
私達の仲を勘ぐる者たちも出始め、雑誌記者の目を掻い潜り仕事以外での逢瀬を重ねた。
そんなある日のこと、10年近く親交のなかった幼馴染が突然私の家にやってきた。
彼の友人とは到底思えない顰め面で締まった体格の男達数人を連れて。
国家治安委員会の下にある公安庁の職員であるという幼馴染エイド=イースは私に身分証と一枚の書類を提示する。
その書類には逮捕状という言葉と私の名前、そして“反逆罪被疑事件につき逮捕状を請求する”と書かれていた。
訳が分からず茫然と佇む私に錠がかけられる。エイドに問い質すがこちらの質問は無視されてビス先生の所在を聞かれた。
23時を回った頃だったので彼はまだスタジオでミキシングをしていると思ってそう言ったが、
彼らには信じてもらえなかったのか他の場所で心当たりを聞かれた。
変に隠し事をした方が心証が悪いと思い、私は素直にこれまで二人で行ったことのあるバーやレストランの名を挙げる。
すると一人の男が外へ出て行った。どうやら車の無線機で本部か他の職員に連絡をするらしい。
外から微かに先程挙げた店の名前らしき単語が耳に入る。
恐らく大柄な男達の後ろにいて見えなかったのだろう、いつの間にか増えていた公安庁の女性が無言で私に腰縄をつけた。
公安庁の車に載せられた私の隣に座ったエイドは「…何でだよ」と呟く。
私の方が嘆きたかった。反逆罪など全く身に覚えがない。これは何かの間違いに決まっている。
もしかしたらこれまで歌ってきた曲の中には暴力的な表現もあったのかもしれない。
世の中に悪態をつくような歌詞がないこともない。しかし反逆の意など全くないのは誰にでも分かる程度の内容だったと思う。
ビス先生なら証明してくれる筈だ。ここ数年は殆どの時間を彼と、そしてマイクと共に過ごしてきたのだ。
歌とビス先生が私の全てなのだと。
その後、私はビス先生が国家を脅かすテロリストであると知った。
私が誘われたプロジェクトは色々なジャンルの曲を歌える歌手を育てるものではなく国家転覆を目論む者達の隠れ蓑であったのだ。
先生は人の耳で聞き取り難い小さい音量や高い周波数、早い速度で国に対する暴動を想起させるような暴力的なフレーズや
ネガティブな文句を巧妙に私の曲にミキシングしていたらしい。
彼の所業や思惑すらも知らず利用されていただけの私は二日程で釈放された。
しかしながら未だ逃亡中のビス先生が接触してくる可能性があるとのことで公安庁からはマークされ続けている。
私が事件関係者だったことで幼馴染のエイドはこの事件からは外されてしまったようで逮捕されたあの日以来、会っていない。
事件発覚後、私のvoice cardはすぐに回収されたが回収を逃れたものはコレクターやファンによって高価で裏取引されているようで
世間には私に同情する者も多く、完全版としてベストアルバムを出すように勧めてくれた人もいたけれど私は再び声を無くしてしまった。
以前のように誰かを模倣して歌うことすらできなくなっていた。
そんな私は陰で人形と呼ばれていた。
相手を一ミリも疑わず言われるままに歌い、求められるままに生きた私は実に愚直だった。
私は最後まで彼に信用されなかったのか、それとも頭が悪過ぎて足手まといになると思われたのかは不明だが、先生は私を同志にすらしてくれなかった。
私に何も話さず、正確な住所も教えず、逃亡中の今だって彼は全く接触してこようとしない。
私は愚かだ。利用されていたと分かっても私はビス先生を待ち続けている。
もしもう一度会えたら私は何と言うだろうか。
「私を騙したの?」「許さない」「それでも貴方を愛してる」「私も連れて行って」――いいえ、と私は思う。
私はどこまでも人形だから自分の気持ちなんてきっと彼にぶつけられない。
だから私は恐らく何事もなかったかのように笑顔を向けて「お帰りなさい」と言うのだろう。
――音楽プロデューサー反逆事件の1年後、指名手配されていた逃亡中のビスカム=デセィヴは国家記念式典に火だるま状態で乱入しそのまま絶命したらしい。
「無関心は国や人をも殺す!懐手で生きる者共よ、無関心は大罪だ!!」と絶叫して息絶えたと聞いている。
その事件後すぐに私はエイドと再会した。
焼身自殺したビス先生とは反対に崖から海に身を投げようとしたところを地元住民に見つかり通報されてしまったのだ。
数回のカウンセリングを受けた後、持ち物もすべて整理し住んでいたマンションも解約して所持金も持たず行き場所のなかった私は
どこから情報を得たのか不明だが病院に現れたエイドに身柄を引き取られた。
彼は私が釈放された後に何か思うところがあって退職したそうで今は民間警備会社に勤めている。
同居しているものの彼は私に何も求めないが、ただ深酒をした際に苦しそうに私に謝ることがあるのだった。
彼は私から全てを奪ってしまったと悔いているようで、そんな彼の姿を見て私は薄らと思い出したことがある。
エイドは私の初恋の相手だった。幼い頃の私は彼も歌も大好きで、よく彼の前で歌を歌っていた。
しかしある日、将来の夢を聞かれて歌手と答えた私に彼は「お前には無理だよ。声も小さいしアルディラみたいな透き通った声じゃないと」とあっさり言い放ったのだった。
ちなみにアルディラとは当時絶大なる人気を誇っていた女性歌手である。
彼の言葉にショックを受けた私は以降彼の前で歌うのをやめ、また自分の声で歌えなくなった。
その代わりにアルディラや他の歌手を真似して歌うことを覚えたのだ。
空恥ずかしい話だ。ビス先生がカウンセラーまでつけてくれた私の歌えない原因は単なる失恋だったわけだ。
そしてビス先生を失った今の私もまた歌えない。昔から私は恋愛体質なのだろう。そのこともまた面目ない。
私はビス先生が軽蔑する人間そのままなのだ、と改めて自覚した。
恋愛と好きなことに明け暮れ、国政や自国の歴史などは政治家や研究者に任せればよいと思って考えようともしなかった。
国のことに興味すら持とうとしないことは国民としての権利を放棄することであり、それは国の崩壊を意味する。
ビス先生は国を脅かすテロリストではない。国の将来を案ずる愛国者だったのだ。
犯罪を犯したことでそれは単なるテロと呼ばれてしまったが、ビス先生が命をかけて訴えたかったことは今漸く私の胸に宿っている。
「エイド。私、ここを出るわ。今までありがとう」
「もしまた崖に行こうって言うなら引き止める」
「心配しないで。私、変わりたいの。
…いいえ、変わるわ」
ビス先生の遺志を継ぎたい――突如、私の内から湧き上がってきた思いだった。
勿論やり方は真似しないが、一つ一つ着実に人々に無関心は罪だということを知ってもらいたい。
それには自らが知ろうとする姿勢を持ち続け実際に学んでいかねばならないのだ。
そして得た知識と自論を分かりやすく自分の言葉で表現していきたい。
受け取り方は各人に任せことになるし、中には私の考えを受け入れられない人もいるだろう。
伝えたいことを正確に伝えるだけの技量もないかもしれない。それでも、私には歌しかないのだ。
最初はまともに声も出ないかもしれない。音程も安定しないかもしれない。
けれどそれを恐れてはビス先生に顔向けできない。
「俺はお前とあいつとの絆は本物だったと思う。
お前が大切だったから本格的に巻き込みたくなかったんじゃないかって」
エイドの家を出る日、彼は私の後ろ姿に向かって叫んだ。
私には私の出した結論があったが、これが彼の出した結論だった。それは彼の優しさが生み出したものだろう。
私への償いなどではなく純粋なる好意に因るものであると私は思いたい。彼は悔いるようなことなど何もしていないのだから。
「ありがとう、エイド」
そう言って出ていった私はその後二度とエイドに会うことはなかった。
彼はきっとどこかで歌を聴いてくれているだろう。もしかしたら未だに私には歌手は無理だと思っているのかもしれない。
けれど私は歌い続ける。内から湧き上がってくる思いを自分の言葉で紡ぎ曲に乗せていく過程は孤独で苦しくもあるが、今の私における喜びでもあるのだ。
復帰後は歌詞がストレート過ぎた為に公安庁から再びマークされるようになったが、自分の想いを表現することは人としては当然の権利であると私は思っている。
権利を振りかざして何をしてもいいというわけではないが、法令に抵触したり扇情目的でないのならよいのではないだろうかと思っている。
そしてその権利を所有する為に私は国民としての義務を懸命に果たしているつもりだ。
そんな私の姿に少しずつだが共感してくれる人たちも増え始めたようだ。
国や政治のことだけでなく周囲の人や環境においても関心を持って欲しい。
それは己を掘り下げ人生を豊かにするだけでなく新たな扉をも開く鍵となる。
「――そう、私は思うのです」
アンコール曲を歌い終わった後のステージ上で彼女は穏やかな表情で己を語った。
彼女が部屋を出ていき、再びマイクを取って歌い始めてから既に7年が経っていた。
デビューした当時の若葉に輝く滴のような爽やかで瑞々しい魅力は、上質なベルベット生地にも見える薔薇の花を思わせる程に艶めいたものへと変化していた。
しかしそれは下卑た妖艶さではなく、高潔さと意志の強さを感じさせるのだった。
未だに自分はビスカムのしたことは許されないし、彼は国民に絶望するのが早すぎたのだと思う。
けれど彼が命と引き換えに遺した言葉は彼女や自分の中に刻まれているし、彼女の歌を通して彼を知らない人々の中にも浸透していっている。
中には盲目的なファンもいて彼女が自分の頭で考えろと再三呼び掛けても彼女の言葉をそのまま鵜呑みにする者もいるようだが、それ以上に彼女の意図を汲み取る人々がいる。
己や世間と闘う為に旗を掲げた彼女を俺は見守ることしかできない。
俺はまだ何事にも興味を持てる程に気持ちの余裕がなく彼女の言葉を実行に移せていない。
したがって彼女の隣に並ぶことも戸惑われる俺には彼女の思想が正しいという判断はできないのだ。
だが、ライブの間だけでも思いの丈を彼女が叫べるように俺は背中で守り続けることに決めた。
何者にも支配されない空間で心の底から歌ってほしい。
彼女はもう人形ではないのだから。
これも二年くらい前に見た夢だったのですが仕上げるのにこんなに経ってしまいました(;´▽`A``
夢で見た部分は物真似がうまくガイドボーカルの仕事をしているヒロインと幼馴染と歌の先生の三角関係の部分でした。
なんだか実際の名称をそのまま使うとファンタジー世界の世界観が壊れそうだったので私が勝手に作った造語ばかりです。
(voiceless-song booth→カラオケボックス、国家治安委員会→国家公安委員会、公安庁→警察庁、voice card→CDまたは音楽データみたいな感じです)分かりにくくてすみません。
とはいえ、ファンタジー世界の癖に英語やら何やら入りまじっとるがな!と思う方もいらっしゃると思いますが
このサイトの設定として(ブログにも書いたことがあるのですが)、
このサイトはファンタジー世界(リグレス)と繋がる場所でありデータ保管所という位置づけなので、皆様に分かりやすいニュアンスを演出する為日本語や他の言語で書いているだけで
ファンタジー世界ではその土地で言語も違うし、また現実(私らのいる世界)ではピアノと呼ばれる楽器と同じ楽器がファンタジー世界で存在しても、向こうではピアノって呼んでいるわけではない。
でも読んでいる方が分かりやすいように共通認識としてピアノという単語を選んで使っている、という設定があるのです。
とはいえ、CDとかカラオケボックスとかはさすがに雰囲気壊す単語かなと思って今回は造語にしました。
あと国家運営関係とか法関係とかもそのまま同じ名前を使うと内容も全て現実のものと同じと受け取られる可能性があり、
個人の想像する組織や法にファンタジー世界に合わないこともあるので私が勝手につくりあげました。なので粗が目立つんですけどね^^;
……というわけですが、人の真似をしないと音程が安定せずに歌えないというのは私自身のコンプレックスでもあります。
アーティストの歌い方や声を全て丸暗記してそのまま放出しないと音程がぶれるという悲しい音楽性のなさです。
でも真似するのは上手いらしく(どうしても合わない声質の方もいますが)一人デュエットとかやれます^^;コーラス部や重なった部分は無理ですが。
なので親しい人としかカラオケには行きたくありません。まあ今は行く機会もそんなにないですが。
だけど普通の喋る声とかは真似できないんですよね^^;歌の中に出てくる語りとかは似せれるんですが普通に喋ると全然似てないっていう。
やはり私が歌をまるごと暗記しているだけということなのでしょう。
…なんて私のコンプレックスまで長々と書いてしまい失礼いたしました。
てか名前変換ない〜(苦笑)元々WEB拍手お礼画面用に書いていたのですが、長くなってしまったのでこっちに回しました。
この話は夢をヒントにして作ったものですが、自分のコンプレックスを見つめ直したかったということと
去年から私のモットーとなっている“無関心は罪”というテーマを盛り込みました。
いつも以上に押しつけがましい内容となってしまいましたが少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
読んでくださったお客様、ありがとうございましたヽ(*´∀`)ノ
裕(2014.3.1)
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