ある春の日、両親が事故で亡くなった。
あまりにも突然だったので私はなかなか彼らの死を受け入れられず、葬儀の最中も握り締めた数珠を茫然と見つめていた。
両親にはもう二度と会えないのだと分かっていながら、どこか実感が湧かない。
だが、心や頭は機能していないのか思考することを身体が放棄してしまっている。
そんな虚無感から逃れる為にバタバタと初七日と保険や契約の手続きの変更等、また家の片付けなどの身辺整理を済ませて
一人暮らしをしていたマンションへと戻ってきた。
 住み慣れた自分の空間で落ち着いたのか、急に喪失感と深い悲しみに襲われる。
大切な人を失ってしまったのだから悲しくて当たり前ということは頭では認識しているつもりだった。
しかし心は理解できていなかったのだろう。したがってどんなに涙を流しても一向に気分は晴れることがなかった。
 それでも周りの世界は動いている。
生きる為、また逃避する為に周りの流れに身を任せる日々が始まり、時が経つにつれて感情の波も穏やかなものになって来た。
悲しみを我慢することはないのだと自分を少し甘やかし、両親のことや彼らの人生について思いを巡らせる。
そうやっていくうちに彼らの死を受け止められていた。
そして、私は死という存在自体をも自然と受け入れるようになっていた。
要するに時間が解決してくれたのである。

 昔、いや、つい最近まで私はとても人の感情に敏感で、良く言えば繊細、悪く言えば自意識過剰の被害妄想が激しい人間で、
あまり人との関わりをよしとせず、打ち合わせや納品以外では自宅でできる仕事をしていることもあって基本的に家から出ずに買い物も配達業者に頼み、
時々職場と家の往復をし、そのついでにコンビニに寄っておやつを買って帰るという閉鎖的な空間で生きていた。
 他人の何気ない一言や表情で傷ついたり、自分の不手際で相手に迷惑をかけた際はよく心の中で「私なんていなくなればいいのに」と唱えていたものだ。
それが両親が死んでから、不思議と肩の力が少し抜けた。
どんなに努力している人でも怠惰な人でも善人でも悪人でも、死は平等に訪れるのだと感覚的に分かったのだ。
だったら自分に死の瞬間が訪れるまではとりあえず生きていこうと思い始めたのである。
 もしかするとそれだけではなく、両親がいなくなったことで彼らの目を気にしなくて良くなり、
期待を背負う必要がなくなった為に妙なプレッシャーから解放されたということもあるのかもしれない。
だとすると、自分は両親を息苦しく思っていたわけで、なんだか少し申し訳なく思ってしまう。
 しかし、いい大人になって漸く人生を少し前向きに捉えられるようになったのだから少しは両親も安心しているかもしれないとまた自分を甘やかしつつ、
父が好きだった牛肉のみで作ったハンバーグとライ麦パン、母が好きだったひなげしの花を窓辺に飾る。
空を見上げると、窓の丁度真正面に月が輝いていた。今日は十六夜である。
こんな月の綺麗な夜は感傷的になってもよかろうとまたまた私は自分を甘やかし、両親と過ごした楽しかった過去を思い出し、少し泣いた。

「――お前が召喚した人間か? 望みは何だ?」

 感傷的な気分に割って入るかのように突然頭上から聞こえた声に、私はテレビをつけていたのかしらと振り返った。
だが、テレビの画面は黒いままだ。空耳かと結論付け再び月に目を向けようとすると、視界の上の方に男性用らしき黒革のパンツを身に付けた足が映っている。
 思わず私はゴキブリに遭遇してしまった時のように固まった。
一人暮らしをしている自分の部屋に誰かがいることもおかしいし、何よりその足はどう見ても宙に浮いている。
予測不能な事態に見舞われて混乱を通り越して寧ろ冷静になってしまった私は、
自分がさめざめと泣き暮らしていたのを気にして父親が化けて出たのではなかろうかとぼんやり考えてしまう程だった。
それだったら申し訳ないけれど、でも、もう一度会えるのは嬉しいなぁなどと自分でもどうかしていると思えるような思考を巡らせ始める。
ゴキブリのように何故そこにいる!?と瞬間移動したような機動力を今のところは宙に浮いた足は発揮していないので、少しこちらも安心しているのだ。
しかし、安心だと思った次の瞬間にその足は地に降りた。そして視界に身体が映り込む。

「――おい、聞いてるのか? 望みを言えよ。
 金か?権力か?究極の美貌か?」

 その詳細不明な身体から少々イラついたような声が発せられた。やはり自分に向けて発しているのだろうと私は思い、ゆっくり視線を上げていく。
黒いパンツなだけでなく中に着ているシャツも光沢はあるが真っ黒で、更に初夏だというのに暑そうなコードバンのコート!
背中には構造不明だが蝙蝠の羽のようなものがついているようで、顔は……少し顔色は悪いけれど血のように赤い瞳と少し癖のあるブラウンヘアーの美青年。
見るからに私の知り合いとは思えない出で立ちである彼が何故、突然目の前に現れたのか、そして飛んでいたのか。
謎というよりも不審極まりない。

「あの……どちら様ですか?」
「オレ様の名前はカデナ。偉大なる地獄の刑執行人のアラストール様の部下だ。
 多忙のオレ様を召喚したんだ、余程叶えたい願いがあるんだろう?」

 そう言うとカデナという男は出窓に備えていたものをちらりと見た。その顔は何故か不機嫌である。
一方、私はというとよく分からない単語に首を捻るのだった。

「あの申し訳ないのですが、私、アラストール様という方を存じ上げませんで……、
 それに召喚というのも……」
「はぁ!? お前、悪魔の中でも超お偉い方であるアラストール様を知らずに悪魔召喚を試したってのか?」
「悪魔召喚と言いますと……もしかして、貴方……悪魔なのですか?」

 私の言葉を聞き、目の前の男は眉間に皺を入れてため息をついた。
どうやら呆れ返った感情と苛立つ感情に同時に襲われたようである。
しかし悪魔に感情などあるのだろうか、などと未だに状況が分からずポツンと置いていかれているような状態の私はじっと彼を見つめることしかできない。

「お前なぁ、悪魔召喚だと知ってて実行したんじゃないのか?」
「そう言われましても、私は特に何も…。
 なのにどうして召喚できたのでしょうか? 悪魔召喚はどうやったらできるのですか?」
「――90日間負の感情を持ち続け、月齢16日の夜に生贄の血とパン、そしてケシの実、処女の血と涙を捧げる」
「え…?」

 そこまで言われても私はピンとこなかった。
完全に呆れた様子の彼は無愛想な表情で静かに口を開く。

「生贄はハンバーグ、パンはライ麦パン、ケシの実はないがこれはケシの花だから構わない。
 そして……」

 彼は私の絆創膏が貼られた左の人差し指に触れるとそっと唇を落とし、次にゆっくりと私の頬の涙の跡を拭った。
相手が悪魔でかつ理解不能な状況だというのに、美しい彼の挙動に不覚にも目を奪われてしまう。

「――つまりは夕方仕事先から届いた荷物の梱包を解く時に切ってしまった傷から滲んでいる血と、
 感傷に浸って流した涙で召喚の条件が成立してしまった…と」
「……お前、本当に何も知らなかったのか?」
「はい……。残念ながら奇跡的な偶然の一致によるもの…みたいです」
「ふ、ざ、け、る、な、よ」

 彼はそう言って私の頭を拳で挟み込むと、拳をこめかみにグリグリと押しつけた。
――痛い。痛過ぎる。
思いがけない痛みに私は「ふにゃああ」と普段出したことのない可笑しな悲鳴を上げる。
それが面白かったのか、彼は手を緩めて私を解放した。

「……まぁ、呼び出されたことは事実だ。とにかく願いを言えよ。叶えてやるから」
「と、言われましても……特に今は……。
 それに貴方が悪魔ということは、それなりの見返りも求められるということでは?」
「ああ、そうだ。
 お前のどんな願いも叶えてやる代わりに、お前が死んだら魂はオレが貰う。
 オレというか正しくは地獄行き決定ってことだな。オレはただ仲介料貰えるだけだが、悪い話じゃないだろ?」
「死んだら地獄行き決定ですか……。
 私は特に宗派はないのですが、でも生きものは死ぬと身体とかそれまで生きてきた時の柵とか、
 何もかもから解放されて皆幸せになれるというのが自論というか、そう思うことで納得していたのですが……。
 地獄があるのなら、死んでからも苦しむってことですよね? ……それはちょっと嫌だなぁ」
「……」

 私が彼の呼び出された意味を否定するようなことを言ってしまったからか、彼は黙ってしまった。
しかし、本当に今は特に叶えて欲しい願いもない。ましてや死んでから魂を差し出す程の願いなど今の私にはない。
確かに90日以上も負の感情を抱えて生きてきたにしても、両親の死は受け止められるようになっているし、
幸いなことに自分の好きな仕事に就けて続けられている。
 仕事は期限は勿論あるけれど基本的に自分のペースでできるし、自宅でできるから生活リズムにも合わせて取り組めて、
期限前以外はとても静かで平穏な日々を送れている。
 仕事以外にあまり思い当たるところがないのが寂しいところでもあるが、人づきあいも程々より少ないくらいで私には丁度いい。
人に会えば良くも悪くも感情に波が立つから。
嫌われたくない、かといって期待されすぎるのも困る、傷つけたくない、傷つきたくない――そんな感情で振り回されてしまう。
自分が考えている程、他人は意識などしていないだろうに、頭では分かっていても考え過ぎてしまう癖はなかなか治らない。
 その割には目の前のカデナという悪魔に対しては物怖じせずに話せていることは自覚している。
それというのも、突然現れるわ、私の考えも及ばないことを言い出すわで、こちらに考える暇を与えなかった為だろう。
深く考えずに話すとこんなにも自分は長々と話ができるのか、と少し驚いた。
 自分でも分かっている。考え過ぎは言葉を減らしてしまうということを。
言葉を発するタイミングが分からなかったり、相手の感情や思考を想像して返事をシミュレーションしたりすると、その分、会話の反応が遅くなるし、
予想と異なる反応を返された時に一気に混乱してしまうのだ。
 更に反応の遅さで相手が不快になっていないか心配になり、自分の意見を言うのは控えて聞き手に回るが、
自分の意見を言えない奴だと思われていないか不安になり……と悪循環。
傷つけたら謝り、傷ついたら相手にそう伝えればいいだけだと自分なりに前向きに考えてはみるものの、実行は難しかった。
 とはいえ、この癖を治して欲しいなんて願う程のものでもないし、
こちらが相手との距離感を測り間違えなければ深い関係になることもないので、この辺は現状維持でいいだろう。
……と、逃げているから治らないのかも、などと一通り思考が終了すると、目の前の悪魔がじっとこちらを見つめているのに気がついた。

「――オレ、お前が契約するまで地獄に帰らないからな。というか帰れないから」
「え…。そう言われましても……困りましたね……」
「とりあえず願い事を考えることだな。
 あ、そうだ。あまりにも長期化するようだったらオレが殺して無理矢理にでも地獄に連れて行く」
「そんなのあんまりです! 横暴!!」
「だったら何か願えよな」
「無理です」

 そんなやり取りを数十分していただろうか。
いい加減に喉が渇いてきたし足も疲れてきたと思い、ひとまず彼に背を向けて冷蔵庫へ飲み物を取りに行き、
彼の分の茶も用意して再びリビングへ戻ってくると、何故かもう一人増えている。
 しかも新たに加わった者はカデナとは正反対の真っ白な装いで、美しい白鳥のような大きな羽根が背中に生えていた。
その姿は自称悪魔のカデナと比較すると見るからに天使である。

「……あの…お友達ですか?」

 そう言うとその天使の装いをした青年は振り向いた。
カデナと同じブラウンだけれど真っ直ぐでサラサラな髪、アクアマリンのような透き通った瞳をしたその青年もまた美しかった。
細身の身体に白いムートンの上着とシガレットパンツ、襟がリボンになったタイカラーのシャツが似合っている。

「友達なんかじゃない」
「ボクたちは兄弟だよ〜」

 白い服の男は温かい日溜まりのような笑顔を向けた。
反対にカデナは不機嫌この上ない様子である。

「ご兄弟ですか? そちらの方、悪魔なのに?」
「うん、そうだよー。ボクは天使だけどね。死ぬ前は人間の兄弟だったんだ」
「おいルッチ! 余計なことを言うな」
「いいじゃん、兄さん。人間だった時の記憶があるのって結構珍しいらしいし。
 それに、こうしてまた会えるなんて思ってもなくて、ボク、嬉しいんだ!」

 そう言うと自称天使の弟はニコニコしながらカデナを抱きしめようとしたが、彼は伸ばされた手をペシッと払う。
そんなことをされても弟は兄との再会が余程嬉しいようで笑っていた。

「それにしても、なんでお前がこんなところにいるんだよ。
 こいつはまだ死ぬ予定はないだろ」
「うん。ボク、その子を迎えに来たわけじゃないよ。
 ――ボク、死んでからものんびりしてるから、目の前で人間が死んでもすぐ他の天使に仕事取られちゃって全然ノルマ達成できなくてさ。
 だから死にそうな子の傍に張り付くことにしたんだ〜。
 それで、この部屋の隣の男の子が丁度、そんな気配があったもんだから傍にいたんだけど、
 隣から異界のオーラを感じたからさ、様子を見に来たら兄さんがいて驚いちゃったよ」
「えっ!? お隣の方、死にそうなのですか…?」

 兄弟が話をしている最中だったが、私は思わず割り込んでしまった。
隣の人は春に引越してきたけれど自分が両親のことで不在にしていたり部屋に引きこもってばかりな生活を送っている為に顔もまだ合わせたことがないものの、
それでも隣人が死にそうだなどと聞いたら動揺せずにはいられない。

「うーん、なんていうか死にそうな気配は感じるんだけどね。でも、確実じゃないんだ。
 中にはね、予め死ぬことが決まってる人間っているんだよ。どうやっても逃れられない運命っていうやつ。可哀相だけどね。
 そういう人間ってボクのような存在は一目見ただけでもはっきり死ぬ気配が分かるんだ。
 でも、隣の子ははっきりしてない。死因も病気か事故か殺人か自殺かもよく分からない。でも、微かに死の可能性を感じる。
 もしかすると今後の生き方で死の運命から逃れられるかもしれないけど、逆に確実に死ぬこともあるってことだね」
「っていうか、確実に生きものはいつか死ぬだろ」
「もうっ兄さんたら! 人が真剣に話してるのに揚げ足取らないでよ!」
「……よかった。死なない運命もまだあるんだ」

 私はホッとして小さな声で呟いた。
知っている知らないに関わらず人が死んでしまうということは感覚的に嫌なものだ。
私もできることならこのまま平穏に暮らして年を重ね、最終的に老いて死ねたらいいのに、と思う。

「――というわけで、これから時々遊びに来るよ。兄さん、暫くいるんでしょ?
 そもそも何でこんなところにいるのか分からないけど。その子、今死んだとしても確実に天国行きだよ?」
「オレは呼び出されたんだよ。ってか、来るな。死んでまでお前に会いたくない。しかも天使だしな」
「酷いよ、兄さん〜」

 傍から見ると可愛らしいただの兄弟喧嘩であるが、この二人が――いや一位と一人もしくは一体といった方がいいのだろうか――ともあれ、天使と悪魔というのは本当らしく、
ありえないような偶然によってなんとも異質な空間になってしまったなぁと、私は改めてため息をついた。

「それで、もう私、お腹がすいてしまったのですけど……貴方がたは食事とかされるんですか?」
「別に食べなくても平気だ」
「ボク食べたいな〜! 久しぶりの下界の料理!」
「じゃあ取っておいたハンバーグを温め直しますから、少し待ってください」
「――おい、オレも食う」
「カデナさん食べるんですか?」
「……カデナって誰? 兄さん、地獄ではそう呼ばれてるの?」
「そうだよ」
「地獄では、ということは前は違う名前だったのですか?」
「うん、人間の頃はね――」
「言わなくていい! もう必要ない名前だ」
「……そんなものかなぁ。名前って大切なものだよ、きっと。
 あ、そう言えば名乗ってなかったね。ボクの名前はルチアーノだよ。よろしくね。
 君の名前は?」

そう言うとルチアーノは優しげな笑顔を向け、手を差し出した。

「私の名前は……です」

 普段しない握手しながらの挨拶に少し戸惑いながら私は答える。
不思議だけれど、ルチアーノの手の感触は人間そのものだった。
そういえば、カデナに触れられた時も感触があった。
昔から天使は人の姿で現れたという言い伝えがあったりや絵画に人間に近い姿で描かれることが多いけれど、実際に人間と同じような身体を持っているのだなと私は感心する。

「それにしても、お前は落ち着いてるよな。目の前に悪魔と天使が現れたっていうのに」
「ホント、そうだよね。もっと驚くものかと思ってたよ」
「いえ……驚くタイミングを逃したというか、驚きすぎて逆に落ち着いてしまったというか……。
 これでもかなり混乱していますから」

 それでもやはり私の落ち着き様は常軌を逸しているかもしれない。
普通ならばもっと取り乱したり、受け入れられずに拒絶したりするものだろうが、
私がこんなにも簡単に受け入れてしまえたのは、もしかすると童話作家という職業だからだろうか。
 何はともあれ、奇跡的な偶然により悪魔と天使に出会ってしまったことは事実である。
いつまでカデナがここに居座るのかは不明だが、どうしても願いが浮かばない場合はさすがに元の世界へと帰っていくのではなかろうか。
ルチアーノも隣の人が死ぬか死なないことが分かったら帰っていくだろう。
ともあれ、当分の間、平穏な日々とは無縁になってしまいそうだ。

「……ともかく。私の部屋ですから私の決めたルールには従ってくださいね?」
「このオレ様がそんなものに従うと思ってるのか?」
「従ってもらいます。でなきゃ帰りたまえ!」
「うっ」

 私は咄嗟に十字架のペンダントトップがついたネックレスをカデナに突き付けた。
十字架には悪魔払いの効果があったような気がした為だ。
すると安物のアクセサリーだが効果があったようで、少しカデナは怯んでいる。

「部屋のものは勝手に触らないでください。特に仕事部屋のものは絶対に!」
「心配しなくても、基本的に下界の物には関わっちゃいけないことになってるから」
「……私とは充分に関わっていますけど」
「お前は召喚者だからいいんだよ」
「一応ね、ボクたちの世界の決まりではどうしても下界の物とか人と接触する場合は人間を模すことになってるんだよ」
「つまりは一時的に人間の姿になる…と?」
「そうそう。さっき君と握手した時も完全ではないけど人間を模してたんだよ。そしたら問題なく触れられるんだ。……こんな風にね」

 そう言うと、ルチアーノは私の前でくるっと回った。
その後、ニコッと笑って見せた彼からは背中の羽と天使の輪がなくなっていた。先程握手した時とは違い、完全に人間の姿になってしまったようだ。
そして私の用意したカップを持ち一口紅茶を飲む。
その挙動はとても見好い。美しい人は何をやっても様になると私は思った。
すると目が合ったルチアーノはくすっと微笑み手を伸ばして私の頬にそっと触れる。

「ん、温かい。未だに愛しいよ、人の温もりは」
「……は、はぁ…」
「こら、むやみに触んじゃねーよ。オレの獲物だぞ」

 ルチアーノから小動物のように頭の撫でられていた私を取り上げるようにカデナが間に割って入った。
彼も既に背中の羽根を消し人間の姿になっている。

「…おい、オレはあんな味気ないパンは嫌いだからな」
「はあ。私もあれはお供え用に買っただけで常食というわけではないですよ、好きですが。
 じゃあご飯でいいですね?」
「うん、いいよー」
「お前が答えんな!」

 そんな二人のやり取りが何だか新鮮で無意識に頬が緩んだ。
人と関わることを苦手としていたけれど、心のどこかでこんな騒がしいやり取りに憧れていたのかもしれない。
…それでも騒音問題を起こすわけにはいかないので、程々にしてほしいけれど。

「……それでは、これから宜しくお願いします…というのも変ですけど……まあ、乾杯」
「…せいぜい早めに願いを見つけてくれよな」
「はあ…」
「ボクも暫く隣の子の様子を見にちょくちょく来るから宜しく!」
「はあ…正直ルチアーノさんの仕事が成立しない方を願ってしまいますけど」
「ええ、そんなあ。ボクも下っ端で辛いんだよぉ」
「悪魔も天使もあんまり変わらねえな」

 それぞれの思惑が交差しながら私たちは食事をする。
家族以外と食事をしたのはいつぶりだろうか。
人と食事をするのが苦手で編集者や出版社の方々に誘われた時は断っていたけれど、いざ食事してみると楽しいかもしれない。
 これまで私は先に頭で考え過ぎて結局行動に移せなかったが、彼らのように突然やってきて巻き込まれてしまうと案外楽しんでしまう私は
もしかすると自分で考えているよりもずっと楽天家なのだろうか。
 不安は少しあるけれど、でも、何故だか浮き浮きするような気持ちがする。
カデナとルチアーノは今後私にどんな影響を与えるのだろうか。








これはもう2011年の秋に見た夢だったんですけどね…もう更新日の日付にしました。
本当はこれで連載を考えていたのですが(攻略対象3人)、うちのファンタジー世界観と合わないのでやめました。
あと、一応それぞれのルートのラストは考えていたのですが、その間の恋愛部分を書けなくて。

……というわけで、いつものように中途半端なSSになりましたが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
読んでくださったお客様、ありがとうございました!!


裕(2013.5.5)



次のも見てみる      メニューに戻る