――月や太陽は自らの美しさに気付かない。
故に美しいものを求めて空を彷徨い続ける。まるで我々人間のように。
聖天星はそんな星々を遠くから見つめる。
それは神がこの世のいきものを見守っているかのごとく――

 寝る前に祖父が話してくれた物語。
とても優しくてとても悲しい物語に思えたのは何故だろう。
永遠に彷徨い続ける星々が人間だとしたら、人間も永遠に求めるものを手に入れられないのだろうか。
それは不幸なことなのだろうか、幸せなことなのだろうか。
只、今ふと思ったのは、自分のやろうとしていることは星が空を廻ることと、とてもよく似ている。

――AHD1982.2.9 /天候:晴天/父・セージ死去(45歳)/記録者:




「サニー、足元気をつけなさいよ」
「大丈夫大丈夫!お姉ちゃんったらホントに心配性なんだから」

 妹は久しぶりに水量の多い川を見て嬉しそうに声を上げると、ザブザブと入って行き水を両手ですくって空に撒き始める。
太陽の光が反射して空中には沢山の光の粒が。

「心配性って……サニーの運動神経の悪さはかなりのものなんだから仕方ないじゃないの」

 本人に言うと怒るのでは彼女に聞こえないようにブツブツとひとりごちた。
そうして楽しそうに川で水遊びをする妹を見つめて物思いにふける。

 ――森に囲まれた川など、ここ以外もうこの大陸にはないかもしれない。
サウスランドは広大で自然が多く資源も豊富にあった為、それらをめぐって昔から争いが絶えなかったと亡くなった祖父がいつも言っていたのを思い出す。
そして戦乱により自然が減少し始め、遂にはそんな人間たちに失望したサウスランドの守護神は
祖父の生まれる約10年ほど前に消失し、いっそう大陸の砂漠化が進んだらしい。
 そんな大陸の全貌を知りたいと思った祖父は、未だ誰も成し得ていないサウスランドの地図を作ることにしたのだった。
そしてその遺志を父が継ぎ、父亡き後は自分たちが――

「きゃあ」

 サニーの声に慌てて振り向く。
見ると彼女は足を滑らせたのか川に尻餅をついていた。

「もう…だから気をつけろって言ったのに」

 そうして、彼女の元へ駆け寄ろうとしたその時――

「――っ痛!」

 通りすがりにあった木の枝で腕を切ってしまったようだ。
これまで木など生えていない所で生活してきたものだから知識としては知っていても、感覚的な理解が追いついていかないようで、
木の枝がこんなにも硬いものだとかしなるものだとは思っていなかった。

「怪我をしたの?」
、大丈夫か?」

 それまで木の枝を拾っていたヒースがやって来た。
野営の準備をしていたアストランティアも駆けてくる。

「ちょっと切っただけなのに、二人とも心配し過ぎよ。
 私よりもサニーのところに行ってあげなよ」

 この二人はいつも妹の面倒をよく見てくれるので、多分、二人とも彼女に好意を持っているのだとは考えている。
アストランティアは見栄っ張りで口は悪いし、ヒースも基本的に面倒くさがり屋でクールなのに薬師と呼ぶと怒ったりするよく分からないところがあるが、
それぞれ表現の仕方は違えども、とても優しい青年だ。
この二人なら妹を任せられるなとは親のような気持ちでいつも妹と彼らのやり取りを見ていたのだった。

「ってかサニーの奴、転んでずぶ濡れになったら更に高揚して楽しそうだぜ?
 心配する必要ないんじゃね」
「――ということ。君の傷の手当てが優先だ」
「分かったわよ……」

 こんな傷、唾でもつけておけば治るのにと思ったものの、二人から挟まれるように傷口を見つめられては仕方がないとは諦めのため息をついた。
そうしてヒースに連れられてアストランティアの用意していた野営用のテントに行き、治療を受ける。

「……アスト、邪魔だよ」

 その様子をじっと見つめていたアストランティアに向かってポツリとヒースが呟く。

「見てるだけなんだから邪魔してねぇだろ」

 食ってかかるように言葉を吐くアストランティア。

「見てても傷は良くならないよ」
「んなっ……いいじゃねーかよ!
 こいつすぐ怪我するし、気になるんだよ」
「折角と二人きりになれると思ったのにな」
「なんだと!?」

 もうこんなやり取りにも慣れてしまった。
すぐに頭に血が上るアストランティアを面白がってヒースはいつも軽口を叩くのである。
多分、ヒースなりの可愛がり方なのだと思う。
アストランティアはサニーと同い年でヒースより3つ年が下だから弟のように感じているのではないだろうか。
そういう自分は彼より1つ年下ではあるが、このメンバーのリーダーのような扱いを受けているけれども。

「手当て、ありがとう」
「暫くは濡らしたり汚したりしないようにした方がいいと思うよ」
「うん、気を付ける」
「……じゃあ、俺は暇になったしこの周辺探索してくるか」
「アストも心配してくれてありがとね」
「べっ…別に」

 そう言うとアストランティアはテントから走り去った。
口は悪いが分かりやすい義弟だと思いながらヒースにもう一度礼を言っても男性陣らのテントから出た。

「……じゃあ、サニーに着替えを持って行くかな」

 そう呟いて自分の荷物を漁る。
昼間は暑いが夜は急に冷え込むこともある為、サニーが風邪でも引いたら大変だと思ったのである。

「サニー、そろそろ川から上がって着替えなさい」
「はいはい」

 もう川遊びにも飽きたらしい妹は服の裾を絞りながらやって来た。
見事に上から下まで濡れている。

「これで拭いて。お姉ちゃんが隠してあげるから、服もここで着替えなさい」
「隠さなくても誰も見やしないわよ」
「まぁ、それもそうだけど」

 あの二人はコソコソ覗き見をするようなタイプではないか、と思ったが
周辺に誰かいないとも限らない為、大きな布でとりあえず彼女を隠してやる。

「……それにしても、腕怪我したの?」
「うん、ちょっと枝で切っただけなのにヒースもアストも大袈裟で」
「仕方ないよ。二人ともお姉ちゃんのこと好きなんだもん」
「そりゃホントの家族みたいに慕われてるのは嬉しいけどさ」
「……お姉ちゃんって…ホントに鈍感よね」

 着替えが終わったサニーはふぅと呆れたようなため息をついた。
そして脱いだ服をギュッと絞る。

、サニー! 森の奥で湯を出す泉見つけたぜ!
 皆で行ってみようぜ」

 アストランティアの大きな声が上の方から聞こえた。
姉妹は顔を見合わせて目を輝かせる。
 新しい発見が何よりの喜び。
これでまた日記に書くことが増える――そんなわくわくした気持ちではサニーと共に川を後にした。



 その後、森の奥で見つけたお湯の泉は、鉱物の反応があり飲料水には適さないけれども触れる分には人体に悪影響はないとヒースが判断した為、
早速身体が冷えているサニーが浸かることになったのだが、大変気持ちが良かったようで
たちにも勧めたので食事の後で交替に行くことになった。
そして、食事の片づけを終わらせたが一番最後に泉へ向かう。

「わ…凄い。皆が言ってた通り、ホントに温かい……」

 辺りを見回してサッと服を脱ぎ、大きな石の上に置いて泉に足をつけたは湯を手ですくった。
夜になると気温が急激に下がるのが当り前な土地で生活してきたが、この周囲は上着が不要なくらい暖かい。

「あー…気持ちいい。足の疲れも飛んでいきそう…」

 肩まで湯に浸かったが呟きながら空を見上げる。
泉のところだけ森に穴が開いていた。
光源は泉の岸辺に置いてある小さなランプだけ。
空の星が良く見えた。
中でも聖天星と呼ばれる星が北の空に一際青白く輝いている。
その横には聖遊星と呼ばれる赤い星が。
聖天星は移動しない星だと祖父が言っていた。
そして聖遊星や他の小さな星たちは時間と共に位置を変えると。
したがってたちは祖父の代から星の位置を目印にしてこの大陸を移動している。
二つの星の距離とその時間、影の長さ、方角などから自分たちが進んだ距離を導き出し、白い地図に記録していく毎日。
その記録した点を繋ぐと少しずつこの大陸の形というものが見えてくる。
点と線が日に日に増えていく地図を眺めるのがはとても好きだ。
 一方、サニーはよく難しい顔で地図と対面する。
右手を顎に当てじっと目を閉じている時は、彼女が頭の中で何かを考えている時だ。
運動神経が皆無ではあるが、昔から祖父の傍にいて子守唄代わりに色々な話を聞いていたサニーは小さな頃から頭がよく、
様々な時期の星の位置を暗記しており、想像力が豊かで計算が得意である。
 姉のはというと妹を守る為に身体を鍛え、父親から棒術を習ったので女ながらも戦闘要員であり、また皆の腹を満たす料理係でもあった。
サニーを産んだすぐ後に母親がなくなり、皆を引き連れ導いていた父親も失った今、
はこのメンバーの中で自分が母親と父親の役割を担っていかなければと思っている。
そんな彼女は、この温かい泉に身体が癒される思いがするのだった。

「…う……」

 突如、ガサッという物音と共に、誰かの唸るような声が聞こえる。
は咄嗟に気配を消し、泉の水面が波立たないように息をひそめる。
ランプの明かりを消そうかと思ったが、野獣だった場合は火がある方が心強い為、そのままにしておくことにした。
何者かの気配がする薄暗い光の先の茂みを見つめる。
するとフラフラと誰かが近づいてくるのが微かに見えた。

「み……みず…」

 そう呟くとその者は地面に崩れ落ちた。
しかし意識はあるようでずりずりと虫が地べたを這うように泉の方に近づいてくる。
体格で男性であるらしいと分かったが、砂嵐でボロボロになったのであろう衣服、手足には無数の傷跡、そして震える手足。
見るからにその者は衰弱している。

「駄目よ!そんな身体でここの泉の水を飲んだらお腹を壊すわ!!」

 今にも泉に顔をつけて水をたらふく飲み込みそうな勢いの男には慌てて駆け寄った。
そして彼の上半身を起こして抱える。

「ここの水は飲み水には適さないのよ。水なら私のをあげるから」

 意識を失いそうな男に向かって大きな声で呼びかける。
すると彼は何度か眉間に皺を作り瞼を動かした後、ゆっくり目を開けた。

「……なんだ…女神がいるってことは……俺はもう死んだのか」
「女神? ちょっと、朦朧としてないで。まだ生きてるわよ、しっかりして!!」
「…あんた、女神じゃないのか……?
 白靄で包まれて…温かい後光も差してるし……それに、顔も…身体も……この世のものとは思えない程…綺麗だ」
「身体もって……」

 そこでは今の自分の状況を思い出す。
あまりに咄嗟のことで身に何も纏わず彼のところへやって来てしまったのだった。

「……っ」

 叫ぶタイミングを失ってしまい、は茫然自失状態である。
そんな彼女の腕の中で男は静かに意識を失っていた。



「アスト、ヒース、こっちに来て! サニーはそっちでお湯を沸かして!!」

 突然、泉の方から聞こえたの声に3人は驚くものの、言われた通りに行動する。
そして、アストランティアとヒースが彼女の元に駆け付けると、そこには意識を失った男が倒れていた。

「この人、急に倒れたのよ。凄く衰弱してるみたい。
 二人で彼を向こうに運んで。それからヒース、大きな外傷がないか診てあげて」
「だから僕は薬師じゃなくてただの薬屋なんだけどな」
「薬売りなら傷くらいは見れるでしょ」
「分かった分かった。ママンがそう言うなら従うよ」

 ヒースは面倒臭そうな顔をしたが、がジッと睨みつけると仕方なく男の傍に膝をついた。

「…っていうか、こいつなんでこんなところにいるんだよ。
 お前、何かされてないだろうな? 寧ろ何かしたか?」
「何もされてないし、してないわよ! フラフラやって来たと思ったらバタッと倒れちゃったんだから。
 さ、早く。アストは足の方を持って」
「仕方ねぇなぁ……」

 そうしてアストたちのテントに運び込まれる男にサニーは目をやる。

「お姉ちゃん、また変な男を拾っちゃったのね」
「そんな言い方ってないでしょ! 目の前で倒れた人を放っておけないじゃない。
 ――とにかく、身体を拭いて外傷の有無の確認と、本人が飲みたがってた水を飲ませてあげましょう」

 そう言って、とサニーは彼の着ているボロボロのマントのような布を破るように脱がす。
するとその下の洋服は赤黒いものがべっとりと付いていた。

「ひっ…これ、血じゃない……?」
「そうね……。でも、この人はそんなに重症には見えないけど……」

 顔を青ざめるサニーをよそに、は下の服をぺろりとめくってみる。
すると皮膚は傷ついていない。

「もしかして返り血とかじゃない? なに、こいつ殺人者?」
「……、お前とんでもない奴拾ってきやがったな」

ヒースとアストランティアは面倒なことが増えたという呆れた顔をしている。

「ちょっ…まだ返り血がどうか分かんないでしょ!?
 野獣と戦った後かもしれないし、まずはこの人を元気にして話を聞きましょうよ!」

――そんなこんなで、その日のの日記はいつもの倍のページになったのだった。



 ――次の日。
は昨夜と同じように綺麗な布に水をしみこませて男に与えていた。
するとピクピクと唇を動かした後、彼の瞼が開いていく。

「――あ…起きた? 大丈夫?」
「……ん…ここは…」
「ここはテントよ。私の仲間が使ってるテント」

 そう言うと、男は目だけゆっくりと動かして周囲を確認した。

「あんたは……?」
「私は。貴方、私の目の前で倒れたの。
 だから皆に手伝ってもらってここに連れてきたのよ。
 特に大きな怪我はしてないようだけど、どこか痛いところはない?」
「ああ……大丈夫だ」
「とっても衰弱してるみたいね。どのくらい飲まず食わずだったの?」
「わからない…だが……家を…バンサンドラを出奔したのは…7の日だった」
「嘘……一週間はかかるあの距離を3日かからずに来たっていうの?」
「――ちょっと。出奔って言葉の方が気になるんだけれど」

 丁度、薬草入りで水が多めのシャバシャバした芋粥を持ってきたヒースが一言。

「飲まず食わずで必死に逃げなきゃいけないような何かをしたの、君?」
「……」

 ヒースの言葉を聞いた男は沈黙する。
辺りには良い匂いとはいえない薬草の苦い香り。

「……まぁ今は突っ込んだ話はいいじゃない。とりあえず、体力回復しなきゃ。
 それから落ち着いて話をしても……」
「彼が猟奇殺人者とかだったらどうするの?」
「そしたら話とかする間もなく殺されてるでしょ」
「はいはい、分かった分かった。本当には甘いったら……」

 そう言ってヒースはに粥を手渡すと、テントから出て行った。
そんな彼の後姿を無言で男は見送る。

「……とにかく、まずは食べて元気になりましょ。
 それで、元気になってから貴方のこと、良かったら教えて?
 ヒース…あ、今の彼ね。彼はああ言うけど、彼だって全然自分のこと話さないんだから。
 私も妹も弟もそういうことあんまり気にしないし。話したかったら話して、って感じかな?
 だから気にせず貴方は体力回復に努めてね」
「……」

 にっこりと男に笑いかけると、男の表情が少し柔らかいものになる。

「――あ、名前。貴方の名前を教えてもらえるかな?」
「……キ……いや…、チェインだ」
「チェインね。
 じゃあ、チェイン。身体を少し起こせる?」
「ああ…」

 じわじわと腕に力を入れて、チェインは上半身を起こした。
少しやつれてはいるが、端整な顔立ちをしている。

「自分で食べれる? 無理そうなら私が手伝うけど」
「自分でできる」
「そう、じゃあ熱いから火傷しないようにね」
「ああ……」

 そうしてはチェインがゆっくりと匙を口に運ぶ様を眺める。
目の前で倒れた時は驚いたが、少し元気になって良かったと思った。

「――あ…チェインの髪、光に当たると金色に見える。
 朝日みたいで凄く綺麗ね」

 テントの小さな窓から差し込む光に照らされた彼の髪の毛を見ては微笑む。
そんな彼女にチェインは眩しそうに目を細めた。

「そういうあんたは……ブルーシルバーだな。
 ……水面に映る月みたいだ」

 は一瞬、呼吸を止めた。
これまで死人のような顔をして寝ていた彼が、美しい微笑みを向けたからである。

「――そんな風に言われたの、初めてだよ。
 ありがとう……」

 今度はチェインが息を止めた。

「……あんた、やっぱり女神様だ」
「え? 何か言った?」

 に聞き取れない程の小さな声で呟くと、チェインは穏やかに首を振って再び粥を口に運んだ。



「……なんか仲間、増えそうだね。
 ――あ、違うか。あんたにとってはライバルか」
「っ…この……サニー!」
「やれやれ……」

 そんなテントの中の二人を垣間見ていたサニーたちはこの後の展開は読めていた。
恐らく彼もメンバーの一員になるであろう。
そしてそれはがいることに因るということも、皆、分かっていた。









2月に見た夢なのに、書き終わったのが6月って……。
しかも、SSでは皆の設定を全て出すことができなかった為、番外編か連載で続きを書くことを前提として
結構、書きたかった部分を削除しました。
中途半端な終わり方なのはそのせいです。多分。

実際に夢で見たシーンは妹が川で遊んで転び、自分も怪我をして男たちに心配されるシーンだけ。
その時、夢では2人に告白されたので、SSでもそんな展開にしようと思ったのですが
後々、分岐小説にしたいなぁと思った為、その展開はやめにしました。
でも、逆ハーレムという夢の設定は引き継いでいます。
どう見ても最後に出てきたキャラが公式CPみたいな扱いになってますが^^;
いつか彼の素性や義弟や薬屋の過去とかも詳しく書けたらなぁと思っておりますが
いつになることやら……(;´▽`A``

……というわけで、かなりかいつまんで書いているので物語の時代も舞台もよく分らなかったと思いますが、
少しでも興味を持っていただけたら幸いです。
読んでくださったお客様、ありがとうございました!!!


吉永裕(2010.6.8)


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